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処刑と審問・リナの策謀

 体が水から出て、再び呼吸ができると同時に、もう聞きなれてしまった声が聞こえた。

「ねえリナ、今からでも私につかない? あなたならいくらでも良い身分にしてあげるわよ?」

 ようやく体が地面に密着した。背中で感じる緑の反発が心地いい。

「……酒血肉鈴、あの二人をまとめてそう呼ぶことにするわ」

「え?」

 玲子はよく酒を飲んでいた。研究室で酒盛りとは、大した根性だ。

「何もないわ。私も残念だけど、あなたに協力しようとは思わない」

「……そう。じゃ、ボルドフ、連れて行きなさい」

 レイフェスはそっぽを向いてどこかへと去っていく。

 そして、憎き髭面が私の腕を掴んだ。

 やはり、腹心なのだろう。

 この顔を私は絶対に忘れない、そして名前もだ。

 復讐は近いうちに必ず。



 そして、私はスイートのところへ連れてこられた。

 周りにいる人間の貧相な顔付きといったら、全員が死刑宣告でもされたようだ。

 恐らくは死刑宣告を受けた者の集い、悲愴感溢れる集団だ。

 多くの裸の男が囲む中、たまにミャクリの配給が行われている。

「ということで、私も死ぬことになったわ」

 そんな中で、私は冗談を言ってみた。

 スイートはぽかんと赤い目をまん丸くしている。

「あのねぇ……どうするつもりなの?」

「どーもこーもないねー。でも約束はとりつけたわ」

「約束? なんの?」

「あなたよりも私が先に処刑される約束」

「それでどうすんの……」

「秘密」

 正直に言えば、こちらも成功するかどうか分からない、疎漏な計画しかない。

 だが迅速なレイフェスの策の前でも、最低限成功の可能性は秘めている。

「ともかく、いつでも走り出せるようにしておきなさい。私が死んだとしても、それ以上の何かが起きたとしてもね」

 たとえ私が急に全身にロープを巻いて目玉が飛び出ても、と言っても理解できないだろう。

 私は静かに祈る。

 なんとかスイートだけでも逃げられるように。

「いやね、別に逃げるだけならできるんだよ?」

 スイートはあっけらかんとそんなことを言った。

「はい?」

「私だって魔法使いだからね。ここから逃げるだけなら余裕だよ?」

「……マジ?」

「大マジだよ! でもね、大手の商売相手がいなくなるのを避けるために待ってたの。それなのにリナときたら……はぁ、私だってあなたを助ける余裕は流石にないよ?」

 この行商人は、自分の命と商売相手を測りにかけていたのか、呆れるというか、苦労した分、損した気分だ。

「私も自分で逃げる余裕ならあるつもりだけど……先に言えっての」

「あはは! ごめんごめん。まあ折角だから、最後の晩餐とでも洒落こもうよ」

 そう、スイートはミャクリをぱくっと食べた。

 ……、そもそもは教皇とこの国の政治形態に文句があって起こした行動だが。

 このスイートのだらしない顔を見ていると、やる気が非常に削がれる。

「最後の晩餐ねぇ、処刑される私はさしづめ神の子かしら?」

「なんのこと? ま、なんでもいいけど。死ぬ前に言いたいことはある?」

 このサバサバした性格、行商人というのはどうしてこう、人間味に欠けるのか。

「物騒なことは言わないで、死ぬわけじゃないし」

「それで本当に死んだら大笑いだけど、信じていいよね?」

 少し心配そうなスイートの横顔を、私は苛立たしげに睨んだ

 そんな最後の言葉があってたまるか。

 私は、私は――



 審問もなく、私はその場所に連れてこられていた。

 後ろの男は私が暴れないようにと手枷と太く長い釘を持っていた。

 これで縛り、足に突き刺すのだ。

 それを三叉を持った教皇が、不安そうに見ていた。

「……猊下」

 木製の手枷をつけられる。後ろで組まされた手はもはや抵抗することも、助けを求めることもできない。

 教皇は無言で、ただ怯えたような目で私を見ている。

 スイートは私を信じているかのように、睨むように強い目で私を見つめている。

 そんな中で、レイフェスだけが悲しそうに私を見ていた。

 教皇がいるにもかかわらず、彼女は私の耳元にまで寄った。

「本当に惜しいわ、リナ。あなたくらい賢い人、退屈しのぎにはなるんだけど」

「……そう」

 ボルドフが、私の足に釘を打った。

 この痛みは、今までの人生の中で最も、表すことすらできない。

 両足を一気に貫通した。繋ぎ止められたそれをボルドフは強引に持ち上げ、十字架の高いところに打ち付けた。

「ッぁぁあああああああああああああああああ!!」

 声を押し殺そうとも思わない!

 我慢すれば唇は噛み切り歯を砕くとも知れないからだ!

 口を大きく開けて無様に叫ぶと同時に、そこに何かが突っ込まれた!

 硬く、少し鋭い長方形、ひんやりと冷たい。

「じゃあ、約束は果たしたわ」

 レイフェスが呟くと、教皇の弱弱しい声が何か聞こえた。

「リナ、余は――」

 彼の言葉に興味もあったが、それを聞こうとは思わなかった。

『リナ! もう行けるぞ!』

 声が聞こえてくるそれを、私は噛み砕かんばかりにむしゃぶりついた。

(もう遮二無二言ってられないわ! すぐに――変身よ)

 そして、私の体は光に包まれた。


 流石に誰もが言葉を失っていた。

 その間に私は動く指で十字架を掴み、思い切り捻って、釘を軸に回転した。

 手枷が邪魔だが、指の力だけで私自身の体を動かせるほどの力はあるのだ。

 足首がぶちぶちと音を立てる。勢いよく回転した私の体の重みに耐えきれなかったのだろうか。

 痛みの覚悟はしたつもりだった、だが食い縛った口から血が零れる。

 回転の勢いで釘も多少は緩んだが、無理に引き抜こうとすれば足の方が千切れてしまう。

 変身で力が増したと言えど、手枷はこの世界の住人すら封じる強靭なもの、破壊はできない。

 だができることはある。

「走れぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!!」

 耐えていた痛みが言葉になったかのように、私は絶叫した。

 私の言葉に気付いたスイートは呆然とした観衆の中、人をかき分けて移動を始めた。

 気付いた男達がレイフェスの命令を受けてスイートを追いかけ始め、命を懸けた追いかけっこが始まる。

 だが、レイフェスの気がスイートの方へ向くことの方が重要だ。

(時間止めるわ。十秒くらい!)

『いきなりか!』

 時間が止まった中での運動量は極端に変わる。

 例えば空高くから落ちてきたブロックがあったとして、私は時間を止めればその勢いを簡単に殺すことができる。

 そもそも止まった時間の中でものを動かす原理というものを私は知らないが、この間ならば私は大体のものを自由に動かすことができるのだ。

 だが、足は千切る。

 血塗れの釘は丁度掴むことができる足場のように伸びている、柱よりも掴みやすい釘を掴み、私は鉄棒から降りるように、柱から着地する。

 既に五秒は経過しているが、あとは楽だ。

 上を向いて驚いている教皇に向かって、その細い首に舌を巻き付ける。

 カメレオンのように伸びる舌はあっという間に教皇の首を二周した。

 そして時は再び刻み始める。

「動くな!」

 舌を伸ばしたままの私の声はちゃんとレイフェスにも聞こえただろう。

 そして彼女は教皇の首に巻かれた私のグロテスクな分厚い舌を見て、忌々しく睨む。

「不届き者め……自分が何をしているか分かっているの?」

「そえはこっちの台詞(せいふ)よ! あなたは教皇をだぁしていう!!」

 手が使えないとはいえ、会話がしづらいのも問題ありだ。

 この状況で教皇を説得しようとは思わない、だがレイフェスの信頼を失墜させることができれば、あるいは。

「……リナ、なにがあったかすべてはなせ。ヨはナンジとタイトウなかいわをすることをやくそくする」

「猊下、生憎ですがそえはできません。彼奴(きゃつ)は人を騙して食う悪鬼です」

「……そうか」

 教皇は疲れたように息を吐いて、あっさりと私の舌を掴み、引き剥がした。

「……あ?」

 驚いてぐうの音も出なかった。

 子供だからと侮っていた。

「猊下! 皆の者、あの逆賊を捕えよ!!」

 水を得たレイフェスが嬉々として叫ぶ。

 だがそれは教皇が止めた。

「いかん! ヨははなすといっているのだ!」

 普段感情を露わにしない教皇の叫びは、レイフェスの言葉以上に皆を縛り付けた。

 教皇は、妙に冷めた目で私を見つめ直した。

「なんとまあ、おぞましきすがた。そうまでしてヨにしらしめたいシンジツとは?」

 静かに呟く教皇の姿はまるで今までと違って見えた。

「は、レイフェスは自分自身の利益のために、猊下を誑かし、この楽園を我が物としていました」

 白々しいほど正直に私は事実を話す。今の状況で誰が私の言葉を信じるだろうか、という不安もあるが、もう他に手立てがないのだ。願わくはスイートが逃げきれているように。

「ほう」

 教皇は同様にレイフェスを睨めつける。

「そんなこと真っ赤な嘘です! 大方、死にたくないがために苦し紛れを言っているのでしょう」

 レイフェスは当然のように吐き捨てた。予想通りと言えど、嘘吐きの言葉は聞いていて腹が立つ。

「ふむ、こまったことだ」

「何を悩む必要がありますか!? その女を早く処刑すれば……」

「さすれば、はなしがきけんではないか」

「聞く必要など……」

 大衆のざわつきが増していく。

「……猊下、これからどうするおつもりで?」

「さてな。ヨとてこんなことははじめてだ」

 教皇は、今度は悩ましげに息を吐いた。けどその後に、楽しそうに笑った。

「だが、あたらしいことをすると、こころがおどるな」

 暖かい笑顔だった。



 結局捕まったスイートと私は切株が並ぶ審問の席に呼び出された。

 全てが切った木をそのまま利用した、自然公園でも見られないような文化の欠片もない場所だが、椅子と机のような切株と丸太の配置は、地球の裁判所と酷似している。

 そこにはレイフェスとボルドフもいて、他にも見知らぬ奴らがいた。

 あと意外なことにシーナも同席していた。ただの小娘というよりも、他の人の意見を聞きながら解答している姿には権威が感じられた。

「きゅうきょ、みなにあつまってもらったのにはりゆうがある」

 教皇の言葉と同時に全員が黙る。顔は教皇の方に向いており、確かな権威があると分かる。

「このたび、じじょリナリーベルトのショケイにさいし、もんだいがおきた」

「はい、見ていましたよ。そもそも審問もなく処刑する時点で、今回は異例かと」

 シーナは涼しげに答える。大衆や席に座った重役達も、同様に頷いている。

「そも、今回は商人スイートの処刑であったはず。何故このような事態に?」

 と、一人の老人が呟くと、それを皮切りに何人かが似たようなことを言い始める。

「処刑は厳正なるもの、我らの意見なしに執り行うのはやめていただきたいですな」

「実に」

 偉そうな言葉にも苛立ちを覚える、がレイフェスが困っていく様を見るのは気分が良い。

「ねえリナ、あんたなにしたらこんな大事が起こせるの?」

「知らないわよ。こっちは足からまだ血がだらだら出てるんだから、休ませて」

 治癒魔法の使い手がいるとは聞いているが、私の処刑を執り行うかどうかがまだ決まっていないために治療はされていない。

 もっとも、変身も解けているが、千切ってから変身したので傷は和らいでいた。

 後は話すべきことを話し、休むだけだ。

「ではレイフェスよ、この件に関して言うことはあるか?」

 偉そうな老人が言うと、レイフェスは毅然として向き直った。

「はい。今回、私がこの暴挙と呼ぶべき処刑を進言したのには理由があります」

 後はどちらの口がうまいかが勝負の鍵になろう。

「かのリナリーベルトは猊下の侍女でありながら、猊下をアウロラの教えに反し、貶めるような物語を説話として教えたのです」

「ほお、それはどのような?」

 老人が教皇に話を振ると、教皇は首を傾げた。

「そのようなものはなかったが」

「なっ!? しかし猊下は憤慨なさっていたではないですか!? ふざけるな、と」

 レイフェスは目に見えて驚き、次々と弁明の言葉を放るが、猊下はどこ吹く風と涼しげに答えた。

「たしかに『鍛錬に努め清く善行を成』したものが、ムイにみすてられしぬはなしもあった。だがそれは、アウロラの教えがなかったからだ」

「と、言いますと?」

 老人の確認に、教皇はしみじみと呟く。

「アウロラの教えをせかいじゅうにひろげる、そうしなければすくわれぬひとびとがいる。それをリナはおしえてくれたのだ」

 レイフェスの顔色がどんどん青ざめていく。だから審問もなしに処刑するなと皆が言っているのだ。

 頭に昇った血は足元から流れていき、冴えた頭と澄んだ気持ちで私は清々しい気分に浸る。

「……ではレイフェスの先走り、ということですな?」

 教皇は頷くが、同時にレイフェスが立ち上がった。

「お待ちください、それは……」

「なんですか?」

 視線が集まると同時に、レイフェスは言葉を詰まらせた。

 だがすぐに、狼狽した姿は隠して、再び一手を放つ。

「……彼女は神聖なる十字架の元、私をこの楽園を所有物にし、教皇を誑かしていると言いました。かの神聖な場所で嘘を吐いたのです。その浅い信心を持つ者はいずれにせよ処刑されねばなりません」

「ふむ、それも然り」

 偉そうな老人は、明らかに苦し紛れと思われるレイフェスの言葉に、あっさりと頷いた。

「……はい?」

 つい呟くと、爺は答える。

「今は汝の処刑の有無についての審問。レイフェスの処理は後だ」

 冷たい言葉にレイフェスの顔はさっと青ざめる。だが青ざめたいのはこっちだ。

「言葉の真偽は言った汝にしか分からぬ。リナリーベルト、先の言葉は真実か、嘘か?」

「私は嘘など吐いておりません! 確かにレイフェスは自らの欲のためにこの楽園を利用しておりました!」

「戯言を! 私の行為は全て教皇猊下に善かれと思ってのこと! むしろリナリーベルト、あなたこそ説話の解釈を猊下が良い方に受け取っただけで、猊下の考えを変えるつもりだったのでは!?」

 そりゃその通り! だが嘘を吐いているレイフェスに言われるのは鼻持ちならん!

「私はそもそも、レイフェス本人の口から聞いたのです。他国から来た私に対しここの教えが奇妙であるとか、猊下を利用しているなどと……」

「それ以上はアウロラ教国千年の歴史を貶めるもの! 口を閉じろリナリーベルト!」

「あなたの考えこそがここの品位を下げているのよ、レイフェス!」

「双方、鎮まれ」

 老い耄れの静かな言葉は、私とレイフェスの体温を下げるのに充分だった。

「ではリナリーベルトの言葉が真実であるかどうか、知る術が必要であるな?」

「どうするおつもりで?」

 シーナが間髪入れずに尋ねると、一番偉そうな老人は乾いた瞳をボルドフとスイートに向けた。

「そのために二人を呼んだのだ」

 くつくつと、枯れた笑い声が耳に残った。


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