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リナの決意! 変える覚悟!

 処刑を済ませた教皇は、やはり明らかに疲弊していた。

「猊下は、生まれて何年ほど経ったのでしょうか?」

「なにをいきなり? ……すでにじゅうねんはたった」

 少し私を睨みながら彼は言う。年はこの世界でも上下関係に影響を及ぼすのだろう。

「いえ、少し聞きたくなっただけです。申し訳ございませんでした」

「そこまであやまらずともよい、それより、ナンジのコバナシ、つづきをいいか?」

「はい!」

 私に見せた笑顔は、今にも倒れてしまいそうなほど弱弱しいのに、それでも喜びを貪ろうと貪欲に輝いていた。

 続きを思い出しながら、沸々と怒りがこみ上げる。

 子供が馬鹿になるのは周りの大人が馬鹿だからなのだ。特にこんな空間ではそれが顕著だ。

 間違ったことを間違っていると言うだけでいい。それがどうしてできないのか。

 知っているさ、今は私もそれができていないから。けれど、初めは違ったはずだ。

 だから私が現状を壊す。たとえ今の教皇猊下が狂うことになろうとも、現状を全否定してやる。

 今まで信じていたものが全て否定される、それを彼が受け入れられるかどうかは知らない。それでもすると決めたのだ。

「では続きを……」

「ああ、まちのぞんでいた」



「……そうして、その山は富士の山と呼ばれるようになりました、とさ」

「……それではなしはおわりか?」

「はい」

「ふむ、てんくうからひとがやってきたところが、クライマックスだったな」

「そうですね」

 ここで教皇がどう反応するか、が私の気にするところだ。

「してリナ、きにくわんところがいくつかあった。さいごまではなさせようとおもったため、そのときはいわなんだが、やはりちゅういしなければならん」

 教皇のよたよたした喋り方は長くなると聞き取りづらい。だが内容は分かっている。

「教義に反することがありましたか?」

「ああ、そもそもイテキにまけをみとめるなどありえん」

 イテキ? 中国のいう格下の敵のことか、はたまた自らとは異の敵だろうか、まあどちらでもよい。

「しかし猊下、自分より強い相手を前にして、どうして倒せましょうか」

「リナ、かみのおんちょうにまもられているわれらが、てきにまけるわけなかろう」

「……そうですね」

 んなわけねーだろーが馬鹿野郎。という言葉は今は取っておく。

「それに、ひとがたけからうまれるわけ、なかろう」

「そうですね」

 貴方様の言う通りです。それはね。

「そしてさいごに、いそのかみのまろなのだが……」

「はい、なんでしょう」

 石上麻呂好きね。

「あれほどケンメイにドリョクしたものが、しぬわけがないのだ。かみのおんちょうがあるからな」

 神の恩寵って本当に便利な言葉だ。神がなんでもしてくれると思ったら大間違いよ? という言葉も今は取っておく。

「猊下、これは物語でございます。あまり突っ込まれると……」

「わかっておる。ほかのものにはなすとき、きをつけろ、というはなしだ」

 猊下はその辺り充分心得ているらしく、私を罰することもないらしい。

「それでリナ、ナンジのはなしはすべておわりか?」

「いえ、まだいくらでも話せます」

「タケトリモノガタリよりおもしろいか?」

「どれも面白いですよ」

「では、はなせ」

「はい。では今度は桃から生まれた男の話を……」

 いくらでも話そう。彼に自分で物事を考える力がつくまで、それもあと二日以内に。



「そうして、血濡れの桃丸は溢れる鬼どもの臓物と共に金銀財宝を奪い取り、国中で分け合いましたとさ……」

 教皇がこちらに向けている目は、疑念と怒りのものだ。

「リナよ、ヨをグロウするか?」

「はい? 何かお気に触りましたか?」

「ふざけるな! かようなザンギャクヒドウなものがたり、ヨのまえでかたるなど……」

「ですが、この国には教義も神もいなかったのです。ならばどうしましょう? ただ略奪され、破壊され続ける日々から解放されるには、戦わねばならなかったのですよ」

「それでも、それでもかみは……」

「猊下、落ち着いてください。これはあくまで物語です。おとぎ話ですよ」

 教皇は歯噛みしながら唸る。

 だが、徐々に表情は、弱弱しい子供の者へと変わっていった。

「……リナよ」

「はい?」

「ナンジはそとからやってきたのであったな」

 私は無言で頷く。

 すると教皇は思いもよらぬことを言った。

「このくには、へんか?」

「は、はい?」

「キミョウかと、キッカイかと聞いている」

 この国は変か? 奇妙か、奇怪かと。

 この国は普通ではないのかと、彼は聞いているのだ。

「つねづね、おもっておった。アクマなどほんとうにいるのか、と。シンゴクなどほんとうにあるのか、と。ヨがショケイしたものはみな、アクマにとりつかれていたのか? ヨにはそれがわからない」

「……大丈夫ですか、猊下」

「わからぬ。リナからみて、ヨはダイジョウブか?」

 教皇は怯えも見せず、ただ確認するように尋ねた。

「この国の導主はあなたです、猊下。それは私に尋ねることではございません」

 普通じゃない、お前は異常だ、そう言うことは簡単だ。

 だがそうやって意見を押し付けても、教皇の中にはやはり違和感や疑問が残る。

 その不安の芽はいずれ私への疑念になり、国は同じ道へ向かうかもしれない。

 やるならば彼自身が自分の過ちに気付くことだ。

 簡単なことではない、けれどうまく行く可能性もでてきた。

 彼は元々悩んでいたのだ。

 外の世界を知らず洗脳同然に生きてきた彼が、自分の行為に疑問を持つなど奇跡と呼ぶにふさわしい。

 奇跡を起こすまであと二日、何か計画を立てなければ無謀だろう。

 制度に反発しながらも、最後に悲劇を送る物語を彼に送ろう。

 寓話とは素敵なものだ。

 どんな場所、どんな状況、時に人ではなく、ウサギとカメだったり、アリとキリギリスであったりしても、我々に生きる上で大切なことを教える。

 教皇のように話を信じる者には、特に効果的だろう。

「……リナ、ヨのなやみをかいけつするコバナシはないのか?」

「では一つ、昔あるところに……」

 話を始めた途端に、ぱん、と拍手の音が聞こえた。

「リナ、そこまで」

 目をやればレイフェスが立っていた。

「猊下もお疲れでしょう? そろそろお休みになられてはどうかと」

 教皇は口ごもるように返事し、頷いた。

「あら、猊下は物語をご所望ですが」

「無理をさせてはならないもの。それよりもリナ、あなたに話があるんだけど……」

 ちらりと、教皇を見てから私はレイフェスに向き直る。

「猊下を一人にしても大丈夫?」

「大丈夫よ。この場所で猊下を傷つけられる人はいません」

 そんなことないと思うが、レイフェスがそう言う以上反論は難しい。

「分かりました、では猊下、失礼します」

「うむ」

 静かに呟いて、教皇は横になった。また寝るのだろう。

 それだけ見送ると、レイフェスが歩き出したので私もそれについていった。



 大木を切りぬいてできた本棚、切株で出来た机と椅子。

 ちょっと前もいたこの楽園の図書館に、レイフェスは腰を落ち着けた。

「あなたも座って、リナ」

「ええ、それで話って?」

「猊下のことよ」

 むしろレイフェスが教皇のこと以外で私に何かあるなら、それを聞きたいくらいだ。

「で?」

「いえ、あなたと一緒にいてから処刑の後も起きている様子だから、凄いと思って」

「特別なことはしてないわよ。最初に売り込んだ通り物語を話しているだけ」

「物語ねえ」

 レイフェスはしたり顔でほくそ笑む。私の真意を見抜いているかのように、だ。

「私はね、今のままでもいいと思っているのよ。給料は良いし、出たくなればこの空間から出ることもできる。けどなにより猊下は今、私の言うことを従順に聞いてくれている」

 耳元にレイフェスの生暖かい息が当たる。案の定腹黒女だった。

「だからリナ、あんまりずる賢いことは考えないでね?」

 急に離れたレイフェスは若作りしたような笑顔を見せた。

「ずる賢いことなど何も。ただ教義に従い、正しく生きているのみです」

「あら、それをずるいと言うのよ。どうせあなたも金欲しさで働いているんでしょ? だったら深入りしない方が安全だと思うけど……?」

 金欲しさ、そんなものバイトの志望動機でしか聞きたくない言葉だ。

 働く理由が金と言うのは学生だけにしろ。せめてその金で何をするか言え。浅ましい人間だと思われる。

「レイフェス、一つだけ言っておくわ。私には借金が山ほどあるの。四の五の言ってられないから長く働く気はある、それは事実よ」

「なぁんだ、良かった」

 すんなり信じると、レイフェスは小気味よいステップでどこかへと去っていく。

 のんびりケツを振る愚かな姿に私は鼻で笑う。

 長く働く気なんてないっての。この楽園、たとえスイートが処刑されずとも三日といなかっただろう。

「あらら、ずるそうな顔しているわよ」

 突然の声に振り向くと、傍にシーナが立っていた。

 彼女は桃色の髪を低いところで二つに纏めた、まだ二十にもなっていない少女だ。相変わらずの黒い瞳と人見知りしないあどけない態度が可愛らしい。

「ずるそうな顔? してましたか?」

「ええ、騙されちゃってばっかみたーい、みたいな顔」

「何が言いたいの?」

 私は間髪入れず、茶化して言うシーナに対して鋭く切り返した。

 するとシーナも真剣な、以前には見せなかった鋭い瞳を返してきた。

「乗るよ。あなたの計画」

 ……全く、驚かされることばかりだ。

「計画なんて立ててないんだけれど? 何が言いたいかって尋ねたの分かってる?」

「教皇をどうこうするんでしょ? レイフェスを手玉にとって、今教皇に変化を促している。私もずっとここで言語録について調べてたんだけど、あなたに賭けたいの」

「そんなこと、言われても……」

「お爺ちゃんが、処刑されちゃうの……」

 切迫した顔をしていたシーナは、不意に泣きそうな顔になった。

「お爺ちゃん、元々の教皇の人に仕えていて、今の教皇に反目してて、今までずっと閉じこもっていたんだけど、生きているだけで厄介だからって……」

 泣き出しそうな彼女の肩を掴んで、私は怒鳴った。

「だから! そんなこと言われても仕方がないって言ってるでしょ!!」

 立ち上がったはずみに、私はいっきに彼女の顔に近づいて、そっと言う。

「私に任せて、見てなさい」

 そして、突き放すように彼女をおして、私は怒ったように足音を大きくしてレイフェスが去った方向へと向かった。

 シーナは呆然と座り込んでいた。あれだけ見れば、私が急に怒って驚いたと思うだろう。

「待って!」

 ところが、彼女は走ってきた。

 背中から押し倒すようにぶつかってきた時、彼女は同じように私に行った。

「教皇は魔力の壁で守られているわ、攻撃は何も受け付けない」

 そのまま私は彼女に押し倒される。

 面倒だなぁ、と思いながら私は彼女をはねのけて、さっきのように叫んだ。

「私には関係ないわ! 放っといて!」

 これだけ言えば、分かるだろう。

 しかしシーナはこんなところに来て物理的に教皇をどうにかしようと思っていたのだろうか。愚かしいことこの上ない。

 善人同士、話し合いで解決することができるものだ。特に、賢い者と愚か者ならば大体それで片が付く。

 賢い者の方の有利に。

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