リナ拾遺物語の開幕、リナよ語れ!
教皇から裁判の日程を聞き出し、レイフェスに一日仕事を変わってもらうことを願った後、私は面会に成功した。
面会といっても囚人達は常に見張られているだけで、拘束も禁固もされていない。
周りに集っている人たちも、私の目的の人物、スイートのようにしょげた顔をしているという共通点があるのみで、老若男女問わずだ。
「で、あんたはどーしてそんなことになっちゃったの? 慣れてるんでしょ、この国?」
大声でも小声でもなく、疑われない程度の普通の声をスイートに浴びせた。無論、非難は叩きつけている。
対するスイートは溜まらんと言った風に笑顔を向けた。だが明らかな疲れの色が見える。
「……いや、服を着てたら捕まっちゃって。私が来た時にこんなルールなかったのになぁ」
彼女は辛そうに笑い声を絞り出す。聞いていて、悲しくなる笑い声だ。
「残り三日で死ぬんだって、短い間だったけどありがとーねスイート。借金は踏み倒させてもらうわ」
「ブラン金貨さんびゃくまい!! 国によったら何人もの人を買える値段よ!? 私一人の命を助けたらチャラにしてあげるから! いい、約束を守らない人間は死ぬより辛い目に遭うのよ、だから借金は返しなさい、いいわね?」
そう言われても、三日以内に国の形を変えるよりも、三日以内に金貨三百枚集める方が簡単な気がする。
ここでスイートを捨てて行くのも手段の一つではないか。
だが国境越えは行商人のスイートの顔が役に立つし、事情を知らないため彼女の情報は重要だ。何より彼女がここで死ぬのは後味が悪い。
どの道、教皇を今のままにして出国するのも寝覚めが悪くなりそうだ。
私は誰よりも自由でいたい。元の世界では日本という小さな国から出て、各国を旅して、誰よりも自由だと実感していた。
この世界で私はどうだろうか。私が自由を実感するには、恐怖から逃れるには、ここで行動を起こさねばならない。
ならば起こすだけだ。
「スイート、一つだけ言っておくわ。あなたのためじゃなくて、私のためにするから」
「なんでもいいわよ、助かるなら」
スイートの元も子もない返事を聞いて、私は彼女を放って歩いた。
今日は二度来るとも知れない教皇とレイフェスの目から離れることができる日。
だから私は他の人から情報を得ることにした。
この原始的な状況でも確実に得られるだろう情報に検討はつけている。そこらにいる誰でも知っているはずだ。
一人の女、シーナと呼ばれる者に声をかけ、私はそれがある場所へと案内された。
ミャクリの木を切りぬいてできた本棚には、似たような分厚い本が多く並んでいる。
「ここが教典と教皇言語録の置場ね、ありがとう」
シーナはへらへらと笑いながら、また下らない神への言葉を吐いて立ち去った。
善行は神の存在の是非問わず良いことだと分かっているが、この国に関してのみ、私はそれを許さない。
右も左も分からないガキに人を殺させるような国に善などない。
ならただちに滅ぼさなければならない。
元の世界ならばここはそういう国だ、などと言ってさっさと亡命していただろう。
革命まがいの行動を起こすなど、この世界に来て私は少し大胆になったのかもしれない。
人として自分のことを知ることもしなければならないだろう。
敵を知り己を知らば百戦危うからず、という言葉に習って私もこの宗教を知ろうとした。
現状、この国は教典の内容を第一に、歴代教皇の言った言葉を第二の原則として憲法のようにして定めている。
なればこそ矛盾でも探し出せば幼い教皇と爆乳馬鹿女を言い負かして、スイートの処刑を遅らせることくらいはできると思った。
しかしどうも立派に噛みあっている。それこそまるで教皇の言葉が作られたかのように、だ。
そして同時に、教皇であったはずのハイエロファントという名前がここで見られなかった。
私は元の世界でハイエロファントと出会った。
彼は最も世俗的な教皇と自称していたし、スイート達からこの世界でもそのように言われていると聞いたのに、言語録には一切名前が載せられていない。
それが確信となり、この言語録が厳しい検閲にかかったことを理解した。
だが問題は山積みだ。どうやって検閲がかかった偽りの言語録であることを証明するべきか。
頭を悩ませているところに、見覚えのある胸が飛び込んできた。
「リナ、ここにいたのね」
「レイフェス、どーして?」
「もうそろそろ仕事しないと給料がもらえないわよ?」
既にそれほど時間が経ったのだろうか。確かに積み上がった本の量は膨大だ。
「あら、全部読んだの?」
「私のために、お疲れの猊下を一人喋らせることなんて、私にはできませんもの」
レイフェスは意外そうな顔をしてみせた。これで少しでも私に信頼を積み立ててくれればよいのだが。
「それで猊下は何処に?」
「案内しましょう」
訪れたのは、ミャクリの木を通り過ぎた、処刑場の近くの木の元だった。
静かに動かず眠っている姿を見て、すぐに察した。
「また処刑を?」
「ええ。一日に何人もの悪人が捕まる。それを神獄へ送るためには早急に対処しなければならないのよ」
神獄、先ほど教典で読んだ名前だ。
何でもこの世で悪に染まった人間を神々が働く懲罰房に送ることで改心させるそうだ。
そのためにこの世で不浄とされる血肉を減らす必要がある。あの残虐な処刑の理由はそれだ。
「神の元へ送る神聖な儀式を猊下自らなさっているのですね」
「ええ、その通りよリナリーベルト。こればかりは他の人がしてはいけない」
「……他の人っていうと、猊下が人であるかのようですね。神の子でしょう?」
するとレイフェスは少し驚いたような顔をした後、ふっと微笑んだ。
「……リナリーベルト、あなた、他国から来たのになりきっているのね。そんなに肩肘張らなくてもいいのよ」
「というと?」
もう少しとぼける必要があるだろうが、既にレイフェスはその気になっているらしい。
「宗教はあくまで宗教。道徳や倫理の礎たるものでなくてはならない。今が少し歪んでいることは誰もが分かっているわ」
そこまで言われれば、私も多少は本音を語ろうか。
しかし昔のソビエトではこれだけ誘い込みながらも、誘導された通りに総書記を侮辱したら秘密警察に捕まって処刑、なんて話もある。どこまで乗るべきか。
レイフェスの事情が分からない以上、私もこの国の信徒然としなければならない。
「郷に入っては郷に従え、という言葉が私の故郷にあります。あなたの言う歪みがこの国の尋常ならば、私はそれを尋常として受け入れましょう」
「随分と敬虔ね。あなたの国の宗教はそんなにもいいのかしら? ねえ、私はあなたともっと本音で語り合いたいのだけれど」
レイフェスは私に一歩近づいた。その不穏な空気と、羨ましいような憎いような胸が目に入ってどうにも冷静に対処しづらい。
「……私、どうにも大人びた雰囲気の女性が苦手で」
「あら嬉しいこと言ってくれるじゃない。まあ、それはまたの機会でいいわ。それじゃ、世間知らずのおチビちゃんをよろしく」
レイフェスは軽く手を振ってそこから去った。
本義を忘れ歪なまま継続する国、こういう国は元の世界にも数多くあった。
大抵が独裁政権で、国のトップが膨大な軍事力を有し、国民を力で支配しているのだ。
そういった国は外部からの干渉でも、国民の革命からでも壊れるのが決まりだが、どちらに頼るべきか。
なんにせよ三日以内にどちらかが、勝手に起こると望むわけにはいかない。
この三日間で私が変えなければならないのだ。
木にもたれかかって眠る教皇は、体ができていないのに強制労働に従事させられて、死んだように眠る子供たちと同じだ。
子供だから情けをかけるわけじゃない。
私は何も知らない愚か者は嘲られて、利用されても仕方ないと思う。
だがそんな何も知らない、善良な愚か者を、利用するだけ利用して、悪の努力を働く汚い大人が嫌いなのだ。
かつての戦いで、星奈を利用した私が言えたことじゃない。私こそ恥知らずかもしれない。
それでも、一泡吹かせてやろうではないか。
教皇に寄り添い眠っているうちに、私は目を覚ました。
「リナ、ナンジはねぼすけだな」
「猊下、おはようございます」
欠伸を噛み殺しながら、私は周りを見た。
「どれくらいの時間が経ったのでしょうか?」
「しらぬ」
スイートの処刑のことを考えると時間の把握は必須だ。体感時間としてはスイートが連れてこられて、読書と今の睡眠で丸一日といったところだろう。
あと二日、明日と明後日で教皇の気持ちを変える。
果たしてそんなことが可能だろうか?
かつて星奈はスターと共に戦った時、邪悪な敵の老人を魔法のような力で改心させたという。
だがハングドマンを取られた私には、この身一つしかない。ビキニしかない。
「リナ、ミャクリをたべよう」
「はい、猊下」
昨日の教皇は何をしていたかを私は思い出す。
ミャクリを食べて処刑、その後にまた処刑。
殺して寝て、殺して寝て。
銃を持ち、人を殺した後で遊びの話をする少年達だって見た。だがその方がまだ自由がある。
したくもないことをさせられて、それに束縛されて、何が教皇か!
「猊下、その前に一つ小話でもどうでしょう?」
「なに、コバナシだと?」
「ええ、私の故郷に伝わる昔話です」
「ふむ、しょくじをとりながらにしよう。教皇言語録にもある」
確か会食だの友好だの言っていた人がいるのは私も覚えている。しかし、関係あるのだろうか?
それはともかく、私は前と同じようにミャクリをもってきて、それを一粒食べて早速口を開いた。
「ではこれは、竹の中から現れた少女のお話ですが……」
「ふふ、こどもだましだな」
教皇は大人びた雰囲気を作り出して、子供を馬鹿にするように笑った。
本当に愚かだ! これだから馬鹿ガキというものは可愛らしくも憎たらしい!
日本という国で生まれた最古の物語! いつできたかもわからないながら、理不尽な結末は今でも読み継がれている歴代最強の作品だ!
外国に行く時は自分が日本人であると証明するために古文で竹取物語や源氏物語を諳んじるくらいのスキルが必要だ。特に私の竹取物語は本来の竹取物語以上にエンターテインメントに富み、多くの子供たちからの人気を勝ち誇っている。
「では始めましょう。昔々、竹を切る仕事をしているお爺さんが住んでいました……」
さあ、目眩く竹取ストーリーに溺れるがいい……。
「『掴んだ! 俺は手に入れたぞ!! これこそがツバクラメの子安貝だ!!』 そう麻呂は叫ぶと同時に足元の枝は脆く、折れた。虚空に浮かぶ体は重力に引かれ、麻呂は空を見上げ、天に手を伸ばしたまま……その身を大地に落とした」
「ま、まろは!? いそのかみのまろはどうなったのだ!?」
「……石上麻呂はその時に、落命したのです」
「そ、そんな……いしづくりのみこのときはヨをわらわせたではないか……」
「猊下、これは我が国に伝わるおとぎ話なのです。私が作った物語ではありません……」
「う、ううう……いそのかみのまろ、ムネンだろう……」
教皇は今にも泣きそうな雰囲気だ。よしよし、子供はこれくらい無邪気な方がいい。しかし、これだと石上麻呂が掴んだのが燕の糞だったなんて言ったら、泣くを通り越して怒り狂いそうだ。
「『麻呂、しっかりしろ麻呂!』付き人達は強く頭をうち、目を開け体を動かすことすらできない麻呂に駆け寄りました。『これが、これがツバクラメの子安貝だ……』麻呂の最期の一言を聞き終わると、付き人はその手を開きましたが……それはツバクラメのただの糞でした」
「そんなっ!?」
「けれど付き人達は口ぐちに言うのです。『ああ、麻呂、確かに子安貝だぞ……』付き人達は、彼の命が既に尽きそうなことを知っていたのです」
「わああああ! わあああああああああ!」
あーもう、可愛い奴め。
そんな和やかな空気を、レイフェスがぶち壊した。
「猊下、処刑の時間が……」
感情を取り乱した様子の教皇を見てレイフェスも少し驚いているようだったが、教皇の表情は一変に変わったのを見て、また表情を戻した。
私が気になるのは、今の教皇の顔の変わり方だ。
前はただ虚ろに作業に従事したのに、今は明確な恐怖と怯えが表情に浮かんでいる。
そして彼は一度、私の方を見た。
「……猊下がしっかりと義務を果たされたなら、続きを話しましょう」
まだ、まだ彼を止めるわけにはいかない。
「……うむ、しかとまっておれ」
その重い足取りに私はついていく。
苦しそうな表情から私は目を背けた。そして、どうしてか謝りたい気持ちが胸の中をこみあげてきた。




