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浮揚

 

「やっぱり真っ直ぐ帰ったほうが良かったんじゃねぇの?昼休みから顔色ずっと悪いじゃん。」

「大丈夫だって言ってるだろ。それより早く食べないと冷めるってば。」


 そう言って目の前にあるトレイの上のハンバーガーの包みに手をかけた。

 それに倣ってしぶしぶ清水も目の前のポテトに手を伸ばした。


 僕と清水は放課後、街のファーストフード店に来ていた。


 昼休み以降、僕は自分でも感じるほど体調がいいとはいえなかった。

 本当なら清水の言うとおり、帰ってゆっくり体を休めるのが一番いいのだとは思うが、一人になって瞼を閉じるとあの映像がフラッシュバックしては消える。

 とても心が落ち着くような状態じゃなかった。


 そして一番落ち着かないのはずっと視界を遮るように輝くなにか。

 ここまで続くとそろそろこの視界に慣れてしまいそうだけど、眼の奥が疲れっぱなしだ。


 だから何かで気分転換したかったのだ。

 何かに集中していれば忘れることができるかもしれないし・・・・・・。


「てか気分転換にハンバーガーってどうなんだ?もっと他に遊ぶところもあったのに。」


 清水は1つ目のハンバーガーを平らげて2つ目のハンバーガーに手を伸ばした。

 ここは今朝の事件現場から近い。

 そのせいでいつもは学生で賑わっているのが今日はまばらにしか客がいない。

 そのわずかにいる客の間でも話題は事件で持ちきりだった。


「・・・・・・でさ、死体は見つかんないしー、犯人も殺し方も全然わかってないんだってー」

「それ、マジ怖くね?」

「今朝あたしの彼氏が見たらしーけど、現場超グロかったらしーじゃん」

「あたし見たー!超グログロ。血とかバーってなっててさー・・・・・・」

「えーなにそれ、何やったらそーなんのー」


 声の大きさを気にしない派手な女子たちの声はよく響く。

 おおよそ飲食店で話すような話題じゃない。


 少し気分を害しながらも僕はまだあたたかいハンバーガー口に運ぶ。


「いいんだよ、僕ここの新作バーガー食べたかったし。」

「とか言って先週もハンバーガー食べたばっかりじゃん。」

「あれはハンバーガーの無料引換券もらったから・・・・・・。」

「だからって先週だけで4回も食べたんだぞ?もうさすがに飽きねぇの?」

「まぁ、それなりに・・・・・・。」


 確かにこの紙包は見飽きつつある。


「ほんと清水は食生活不健康すぎだろ。だから体調も崩すんだよ。」

「う、うるさいな。自炊すると面倒なんだよ。」


 目の前にバーガーの包みを山盛りにしてる奴が言うセリフか。

 そして僕の3倍は軽く食べてるくせに太らないってどういうことだ。


「ったく、いいよな清水は。どうせ毎日家で美味しい手料理食べてるんだろ?」

「まぁね、ウチの母さん料理うまいからな。毎日食べても全っ然飽きない。」

「このマザコン。」

「それほどでもー」

「褒めてないし」


 陽だまりの笑顔が腹立たしくて、持っていたシェイクを一気に吸い上げた。


 ファーストフードやコンビニの弁当よりも家で作った料理のほうが美味しいし、健康的だとわかっている。

 でも自炊となると面倒になって、結局は店で買える手軽なものになってしまうのだ。


(そういえば最後に手料理食べたのっていつだっけ?)


 お湯を注いで出来上がるインスタントラーメンはカウントしないとして最後に台所を使ったのはいつだっただろうか。

 先週、清水と一緒にハンバーガーを食べたのは4回だったけど、それ以外の日も実は夕食は全部ハンバーガーだったりする。

 一昨日はさすがに料理をつくろうと決意して学校帰りにスーパーに立ち寄ったが、値下がりになってた幕の内弁当の誘惑に負けた。

 それから昨日は・・・・・・。


 ズキッ


「ッ・・・・・・。」


 思い出そうとした瞬間、鋭い痛みが脳裏走って視界が明滅した。

 痛みに体が硬直して、持っていたコップが手をすり抜けて床に落ちてシェイクが床に落ちる。

 けれどそんな事を気にする余裕はなかった。


 あまりの痛みに僕は頭を抱えてその場に倒れこんだ。


(痛い、痛い、痛い。)


 鼓動に合わせて脈打つように響くその痛みは昨日のことを思い出そうとするとどんどん大きくなる。

 まるで思い出してはいけないと警告するように。


 視界の端で血の気の引いた清水が顔を覗きこんでいるのが見える。

 何か言ってるみたいだけど、あまりの痛みでよく聞き取れない。


(くそ、なんだよ一体・・・・・・!)


 痛みの中でノイズ混じりにあの映像が過ぎる。


 ビルで縁取られた四角い夜空。

 冷たいアスファルト。

 溢れ出る赤。

 失われる感覚。

 飛び交う怒声。

 何かが壊れる音。

 月光を受けて輝く人影。


 その向こうに何かが見えそうな気がする。


 ズキンッ ズキンッ ズキンッ


 霧のように消えてしまいそうなそれを掴もうとすると、痛みはいよいよ激しいものになる。

 痛みで意識が飛んでしまいそうだ。

 そのそばで清水がしきりに何か言っている。


(おもい・・・・・・だすな・・・?)


 どういうことだ。

 思い出すなって・・・・・・。


 頭が割れそうな痛みの中で視界に床にぶちまけられたシェイクが映る。

 形ある物が溶けて、崩れて、引き裂かれて、原型を留めることができずに転がる光景。

 その中に僕は立っていた。


 そこはいつも見慣れた駐車場―――


(そうだ、思い出した。)


 途端、霧が晴れるように記憶が鮮やかになり、頭痛は嘘のように消えた。

 あの光景は昨日のものだ。

 どうして忘れていたんだろう。


 僕は昨日の夜、あの現場―――事件の現場にいたのだ。

 まだ断片的にしか思い出せないけれど、僕はあの場所であの人を見て、そして・・・・・・。


 僕は自分のワイシャツを掴んで震える指でボタンを外した。

 そこには胸から腹にかけて大きな傷跡があった。


「なんだよ・・・・・・なんだよ、これッ・・・」


 断片的にしか思い出せない。

 でも、僕はあの場所で見たんだ。

 月光を受けて輝く彼女―――寶井さんを。

 そして何かに体を貫かれて息絶えた、はずだったんだ。


「どうして、生きてるんだよ・・・・・・!」


 その時、視界の輝きが一点に集まった。

 惹かれるように輝きを追う。

 そこには寶井さんの姿があった。


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