黎明Ⅰ
6/1 22:54 某所
ドブ臭い湿った道を一つの影がゆっくりと進んでいく。
光はなく、時々物音に驚いて走り回るネズミと進む足音以外には何もない。
けれど影は迷いなく進んでいく。
一歩、一歩確実に。
「よぉ、久しぶりだな」
闇の奥から反響して、野太い男の声が響いた。
影はその歩みを止める。
「騎士様のお仕事には慣れたか?」
ジャポ、ジャポ、と大きな質量を纏った足が水を切って近づいてくるのが聞こえる。
足元に届く水の波紋がどんどんと大きくなっていく。
影は波紋の元へと視線を向けた。
闇から現れたのは2メートルを優に超える隆々とした大男。
顔にはいくつもの傷跡があり、左目に至っては大きく抉られたような傷で塞がれている。
大男は黄ばんだ歯をニタニタさせて影へと迫る。
「寂しいじゃねぇか。上に上がったっきり全然音沙汰なしでよぉ。」
影は沈黙したまま動かない。
それを見て苛立ったように大男は更に迫る。
「まぁいいさ。ここ最近は"B.B."のチンピラどもの相手ばかりで飽き飽きしてたとこだ。」
大男が小さく何かを口走る。
途端、大きな地響きとともに何かが大男の手に握られた。
「お前、結構溜め込んでるらしいな。せっかくだからその首、ここに置いていきな・・・・・・!」
ヒュン、と風を斬る音がして影に向かって何かが振り下ろされた。
直後に水が大きく弾ける音と共に、コンクリートが砕け散る音が響く。
影があった場所には大きな穴が空き、その中心には大男の手に握られた斧が突き刺さっていた。
「相変わらず、ちょこまかと・・・・・・」
大男が視線を這わせると、影は斧の数歩先にさっきと変わらない姿で立っている。
「能力なんて使わなくても逃げ切れるって言いたいのか?」
影は肯定も否定もしない。
ただじっとその場から動かず、真っ直ぐに大男を見つめていた。
「舐めるのもいい加減にしろォォ!!」
先程よりも素早い動きで斧が振り上げられる。
依然として影は動かない。
大男は渾身の力を込めて斧を振り下ろした。
手応えはあった。
肉をえぐり、骨を砕いて押しつぶしながら引き裂く感触だ。
しかし、目の前にあるはずの斧と肉塊となっているはずの影はなかった。
「舐めてなどいないさ」
すぐ近くで声がして、ビクリと肩が跳ねる。
確かに数歩先にいたはずの影が今、足元に立っていたのだ。
音もなく、一瞬で。
「キミのような下種、出来れば触りたくもなかった・・・・・・けど」
影は重たげに何かを持ち上げた。
よく見慣れた形だ。
斬るよりも砕くことに特化した刃先にそれを支える柄。
そしてその柄を握る、節くれ立った俺の・・・・・・
「返すよ、これ」
影はそれを振り上げた。
大男が振り上げた時よりも速く、しなやかに。
一寸遅れて何かが砕ける鈍い音がしてそこら中にボタボタと何かが飛び散る。
続いてズズンと質量のあるものが倒れる音が響いて、水面に大きな波を作った。