真昼に見る夢
家に辿り着いた僕を心配した顔で母が迎えてくれた。聞きたいことは色々あっただろうが、何も言わずに僕を台所に連れて行った。用意してくれた熱々のコーンポタージュは夏に不釣合いすぎて思わず笑ってしまったが、口にしてみると冷えていた心が芯から温まり、肩の力が抜けた。そして精神的にまだ少し張り詰めていたことが分かった。
「だいぶ顔色が戻ってきたわね。もう大丈夫!ふふふ」
「……うん」
「そうそうあっちゃん、帰ってきてからまだおばあちゃんに手を合わせてないでしょ?
ちゃんとご挨拶しておきなさいね」
「そうだったね。ちょっと行ってくる」
台所を後にした僕は仏壇の間まで行ったのだが、そこには先客がいた。
(姉ちゃんが外に出てくるなんて珍しいなぁ…)
僕がいぶかしげな眼で彼女を見ていると、
「何?私がここにいたら何か悪いっていうの?」
どうやらご機嫌はうるわしくないみたいだ。
「悪くはないけど、姉さんが自分の部屋から出るとこなんて久しぶりだから」
「失礼な弟。あんたが家にいない間は外に出ているわよ」
「……家の?」
「……部屋の」
そう言い残すと姉は座布団を空けて自分の部屋に戻っていった。
姉が引きこもりになってもう何年になるだろうか。母さんは体調が万全になるまでは、姉のペースで無理をさせたくないと考えている。最初は心配したり、励ましたり、熱くなってしまったこともあった僕だったが、今では母に従っている。そして姉が表に現れない状況が、柴田家の当り前の光景になってしまった。
……『ばあちゃん、アキラです。ただいま帰りました』
2本立てたロウソクの炎が揺らめき、線香の煙が鼻を刺激する。
僕は去年亡くなったばあちゃんやご先祖様に先日の事件を報告し、最後にいつも通り、家族の明日を祈るのであった」
階段をのぼり自分の部屋に行く途中、姉が僕を待っていた。少し伏せた顔で。
「ん?どうかした?……」
彼女は何度が言葉にするのをためらいつつも、じっと待つ僕に根負けし、話し始めた。
「あんた、ヒトクチさんって覚えてる?」
「あ、……うん。覚え…いや、今思い出したよ」
「私やっぱり今回の事件ってヒトクチさんが起こしたのだと思うの」
彼女の言葉を聞いた途端、僕は心にまとわりついていたモヤモヤの正体をようやく捉えることができた。
「お母さんに聞いた話だと、亡くなった中学生って夜のお墓にいたでしょう?
だったらまさにおばあちゃんのあの忠告通りじゃない?」
(そうだ、そうだよ。 3人もの男を足だけきれいに切り取るなんて!やっぱり人に起こせるものではないに決まっているではないか!)
するとどうだろう、気付けば夏の空に入道雲が浮かび上がるように、僕の記憶が心のプロジェクターにあの日の光景を鮮明に映し始めたのだった-