帰りみち
その後、教室へ戻った僕らは副担任の天野先生に今後の話を聞いた。
『しばらくは緊急の用件がある場合以外、夜の外出を自粛すること。またやむを得ず外に出る時には必ず複数人で出歩くように』
これが学校側と警察の出した対策であった。
「何しろ、犯人は凶悪犯に違いないのです!何かあってからでは遅いのです!」
天野先生は早口でまくしたて、ホームルームは終わった-
言いようのない無力感を覚えながら、僕は帰りゆくクラスメイトを教室の窓から眺めていた。陽はまだ高く、セミの鳴き声がやかましい。
「……まだ帰らないの?」
振り返るとクラスメイトの小林さんがそこに立っていた。
小林さんは今年に入って都内から転校してきたが、付き合いの短さもあり、何を考えているのか表情からでは読み取りにくい子だった。
「まだ外が暑そうだからね。しばらくして涼しくなってから帰るよ」
「アキラくんジジ臭いわ」
「よく言われる。君だけに」
「そんな暑いところをアキラくんは私にひとりで帰れ、って言うの?」
「……」
「……」
なぜかジッと見つめられる。彼女の言葉は無茶苦茶だったが、なぜかそのままひとりで帰らせるという選択肢は使えなくなってしまった。意外と僕の性格を理解しているのかもしれない。いや、僕がわかりやすいだけか。
(だが正直、参った。本当はひとりでこっそりとあの場所に……)
「早く帰りましょう」
「……わかった、一緒に帰ろうか」
僕はしぶしぶ彼女を家まで送ることにした。
炎天下のなか、まだらに舗装された道を歩くこと20分、勉強や学校生活、家族構成といった当たり障りのない会話をぼつぼつと話したが、僕はずっと空返事だったのだが、
「アキラくん、悪いことは言わないわ。今日は***に行ってはだめよ」
それは不意に僕の耳に届いた。
「……へ? 今なんて?」
僕は急速に脳の表面が熱くなるのを感じた。本能が警鐘をならす。
『ここが運命の分岐点なのだ』と。
僕が上の空だったことに、少しふてくされつつ彼女は言った。
「……あの墓に行かないで、お願いだから」
心臓を射抜かれたらこんな感触なのか、と考えてしまうほどの衝撃が走った。
(なぜ小林さんは僕が墓に行くと思ったのだろう。はっきり言って図星だ。
だってそうだろう、凶悪事件があり犯人も見つかっていないというのに、好き好んで現場に行く一般人なんていないだろう?それなのになぜ彼女はわかったのだ?
僕がこっそりとあの墓まで行こうとしていたことに。
……あれ?違う、……ちがう! 違和感はそこじゃない!
なぜ僕は墓になんか行こうと考えているのだ!?!?
いつからだ、いつから僕は墓に行かなければならないと考えだしたのだ……??
わからない、わからない、わからない-)
「着いたわよ?」
再び彼女の言葉に目が醒める。どうやら家に着いたみたいだ。
「……って僕の家じゃん!」
なんとベタな。
「そうみたいね。じゃあ私はこれで」
と言葉を残すと小林さんは先の道を歩いてゆく。
(このまま彼女を帰していいのか?)
疑問が心を震わせ、乾いた口を破裂させるように僕は叫んだ。
「まっ、待って!」
……
「何? 私の家まで付きまとうつもり?」
しかし彼女はいつも通り。こっちのことなどお構いなしのマイペースだった。
何も言えずに呆けている僕。
だが彼女はゆっくりと空を見上げ、息を吸いこみ、
「アキラくん…… またね!」
彼女は、今までみたことのない笑顔で手を振った。
その表情は僕に太陽めがけ凛と輝くヒマワリを思い起こさせたのだった-