3-A
ドアを開けたその瞬間、僕と佐藤君は刺された。
それは肉体的にではなく、精神的に。
クラスメイトから向けられた数十の視線は鋭く、この身を射抜かれるようだった。
しかしそのほとんどが恐怖による防衛反応であることは何となく感じることができた。
「お…はよう」
「……」「……」「……ん」
普段だったらあいさつの一つもしない僕だが、張りつめた異様な空気に耐えきれなくなって声をかけた。少し、声色がらしくなかったかもしれない。
僕たちを含め、みなが得体のしれない不安の霧に包まれているようだった。
「ねえねえ、柴田くん」
席に着いた僕の後ろから、はっきりとした声がした。
僕にメールを送ってくれた田中さんだった。
「門のところ、すごい人だかりだったね。大丈夫だった?」
「大丈夫。僕と佐藤君は裏門から入ったから」
田中さんは周りのことなどお構いなしに話かけてきた。
そして僕の答えに意表をつかれたのか、彼女は目を丸くし、
「なるほど、その手があった!
いや~裏門に気付くなんて、意外と柴田くんって悪さ慣れしているのかな?」
といつもの調子で適当に話を膨らませようとする。
「自己フォローしておくと、裏に回ろうって言ったのは佐藤君ね」
僕といえばすっかりと彼女のペースに乗せられてしまっていたが、悪い気はしなかった。
田中さんはそのリスみたいな顔をニヤリとつくり変えて、
「じゃあ悪の親玉は佐藤くんで、柴田くんは連れ去られたヒロインだ!」
「そしたら田中さんは赤い帽子をかぶった配管工の人だな」
「……性別にはツッコまないのね」
彼女はそう言うと、何が可笑しいのかフフフと笑いだした。
僕も彼女のその笑顔につられて、思わず顔がくだけた。
「ほらほら、もっと笑顔でリラックス!
柴田くんが怖い顔したままだったら、みんなも緊張しちゃうでしょ?」
「ど~いうこと!?」
突然のフリに、僕は思わず声のボリュームを上げてしまった。
するとさっきまで静かだった教室でプッという堪え切れない笑い声が所々で漏れた。
田中さんはチラっと教室を見渡して、
「(どう、こうやるのよ)」と言わんばかりにキメ顔で僕を見つめる。
確かに教室内の張りつめた空気は壊れ、あちこちでいつも通りの会話が聞こえはじめた。
(さすが田中さん、みんなに慕われるだけある)と僕は思ったが、キメ顔をし続ける彼女を見て、絶対に口に出すものかと強く心に誓った。