陽炎が知ることはない。
夏のうだるような太陽光も感じることができないほど、僕(柴田アキラ)の心はあるひとつのことに囚われていた。
夏休みが始まって一週間が経ち、補習授業があるわけでもないのにこうして制服を着て
通い慣れた中学校への道を歩いている。
-ここ最近僕たちの間で望まれない噂が広まっていること。
そして昨日の朝刊に載ったある事件。とどめが今日の臨時集会。
すべてのカケラがまるで元はひとつのオブジェクトであったとしたら-
自分でも信じたくない疑惑がぐるぐると頭を廻り巡る。まるで自分の臓器を内側から撫でられるような不快感がまとわりつく。にじむ汗が気持ち悪い。
重い足どりで辿りついた校門には普段の学生生活と異質な光景が広がっていた。それは高そうなビデオカメラを肩に担ぐ男性や、抑え目な色のスーツを着てマイクを手にする女性など数十人もの大人たちが門の前で輪を作っているのであった。
どうやら彼ら報道陣は登校する学生や教職員を捕まえては、どこかのディスプレイで聞いたことがある質問をしているようだった。
「今回被害に遭った××君ってどんな人だったの?」
「何か事件に巻き込まれるようなトラブルがあったか知らないかな?」
……あぁ、やっぱり。
その光景は嫌でも僕に自覚を促した。
こんな田舎で、こんな身近なところで、事件が起きたのだということを。
呆然と僕は立ち尽くし、そこから先に進めなかった。
このまま帰ってしまおうとさえ思ったが、突然背中の方から声がしたので振り向いた。
「おい柴田。こっちは面倒だ。裏門から入ろうぜ」
声の主は同じ3年1組の佐藤君であった。
「わかった」
と短く返答する。本当は知っている顔を見つけホッとして少し泣きそうになったのだが、それを隠すように少しうつむいて足早に佐藤君と裏門へ向かった。
木造だった校舎を昨夏改築し、周囲の緑の木々に映える白い建物になったこの中学校。
その下駄箱から教室へ向かうまで僕たちは一言も話さなかった。元来僕たちは口数の多い関係ではなかったが、今日の佐藤君は眉間に皺を寄せ、いつになく近寄りがたい空気だった。
だがきっと僕も彼と同じような顔をしているのだろう。廊下は電灯がついておらず薄暗い。
「なあ柴田」
教室の手前でその沈黙を破ったのは佐藤君の方だった。
「お前のとこにも連絡来たか?」
「……うん。田中さんから送られてきた」
佐藤君の言いたいことは何となく分かった。それは僕の聞きたいことでもあったから。
「あの晩から、あの3人に会ったりしてないよな」
「会ってない。夏休みだから他の人ともあんまり会ってないけどね」
佐藤君はそうか、と呟くと僕の方を向き直り、
「柴田、最後にいいか?」
と少し引きつっているのをごまかした顔で息を継いだ。
「お前、もしかして何かし-」
「おーい、佐藤!柴田! 早く教室の中に入れ!!」
佐藤君の言葉を聞き切る前に、静寂の間を裂く声が響いた。
「……分ーったよ、ノリ先生」
体育教師の則元先生は廊下のずっと向こうにいたが、抵抗しても後が厄介なので、僕たちは素直に教室に入ることにした。
(しかし相変わらず異常な視力と声のデカさだな……)
とノリ先生のさっきの指導に苦笑いを浮かべつつ、ドアを開けた-