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夏灯りの夜  作者: 気楽用
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夏の終わりのエピローグ②

姉が自分の部屋で寝ていることを確認し、僕たちは居間に腰を据えた。

「察しのいいあなたのことだから薄々感じていると思うけど、あなたのお姉さん、モエさんが今まで外に出られなかったのには理由があるわ」

彼女は僕の反応を気にしつつ、言葉を選びながら話を続けた。

「事の発端はモエさんが幼いころ、あなたと二人で白蛇様に出逢ったときだったの。そこであなたは白蛇様に見初められたのよ」

「蛇神様に気に入られたってこと?」

目を丸くする僕を見つめ、彼女はそっとうなずいた。

「そうよ。一般的に白蛇様に気に入られた者は財を手にしたり、異性に不自由しなくなったりと、幸運な人生を過ごせると言われているわ。」

「…でも僕は今のところ金持ちでもないし、恋人もできたことがないけどね」

少し自嘲気味に小林さんに言い返す。だが彼女の表情は真剣そのもので、

「けどあなたのお姉さんはすぐにそれを知ることになったはず。だから-」

「はいはい。ストップ、ストップ~」

その声に僕たちは驚いた。スヤスヤ寝ているはずの姉が音もなく僕の後に立っていたのだ。

「おはよう、アキラちゃん。小林さん」

「あれ?姉さんよく彼女が小林さんだって分かったね?」

「あんたがあちこちフラフラしている間に、命の恩人くらいには会っているわよ」

「別にフラフラ遊んでないからね!ホントに事情聴取されていたから!」

なぜかジトっとした眼でこちらを見てくる小林さんに弁明する。僕は無実だ。

「んふふ。まあそれは二人でゆっくり話し合っていただくとして、さっきの話なのだけど、やっぱり私の口からちゃんとアキラちゃんに話をしたいの。いいかしら?小林さん」

姉はゆっくりと斜め左のイスに腰掛け、彼女に投げかけた。

「そうね。私もそれが正しいと思うわ」

「うん…じゃあ話すね。あの日、初めて蛇神様に逢った日から、アキラちゃんにはご利益があったわ。けどその力はすぐにばれて、父やその友人たちはあなたを連れまわしてギャンブル三昧。やっと帰って来たと思ったら、どこかへ呑みに出かける。疲れきったあなたは幼稚園で寝て、帰ったらあちこち女の子のおうちに引っ張りだこ。夜になったらまた父とどこかへ。私とお母さんはアキラちゃんと碌に会えやしない。そんな日々が1月ほど続いたわ。

そんな不規則な生活をしていたからでしょうね。あなたはだんだん痩せてゆき、眼は虚ろになっていった。私は自分を呪ったわ!私はただアキラちゃんが白い蛇を見つけて嬉しそうだったから!私も嬉しくなって、家族の前で自慢げに言ってしまったから!

あなたの……私たちの日常を壊してしまった。私が!……壊してしまったの」

過去を告白した彼女はぼろぼろと涙をこぼす。胸が痛い。どうして僕は…覚えていないのだ。

小林さんが姉にハンカチを渡す。ありがと、と目尻をぬぐい話し続ける。

「でもその時の私、何て考えたと思う?…『アキラちゃんが誰かに取られてしまう。もう私を見てくれなくなっちゃう』って思ったの。ホント子供って残酷。自分の事しか考えない」

「だから白蛇様を殺そうなんて考えたのでしょ?」

……!?

「そうね。気付いた時には再びあの場所に立っていたわ。…でも出来なかった。

蛇神様は私の憎しみをも受け入れ、代償に私は神の依代になったのよ」

「…つまり姉ちゃんは蛇神様と同化した、ってこと?」

「それは少し違うわね。モエさんは白蛇様の住処。だから大量のエネルギーが必要となる。

もし半日外に遊びに行こうものなら、数日はダウンね」

「仕方ないわよ。全部自分のワガママのせいなのだから。それに蛇神様は私の話し相手にもなってくれたし、結構退屈しない人生だったわよ」

精一杯の強がった顔で彼女は言った。目尻に涙をためて、まあよく言ったものだ…

「なんでそんなバカなことを!子供の嫉妬心をいつまでも償い続けるなんて…!」

「アキラくん!女の子っていうのは、子供だって大きくなったって、いつだって本気だよ?本気で好きな人のことを守るのよ」

-それに、女の子の言葉をそのまま受け取っていたらダメよ?-

まっすぐに僕の眼を見つめて語りかける。僕は彼女の言葉によって曖昧に放置していた記憶の本棚がブチ撒けられるような感覚を覚えた。

引っ込み思案でおとなしかったけど、とても笑顔がかわいらしかった姉ちゃん。

僕にある昔の記憶はそれだけだ。今の人を食ったようなふてぶてしさの欠片もない。

僕は今日の今日までずっと考えていた。

いつからだ、姉が外に出られなくなったのは。

いつからだ、彼女が笑わなくなったのは。

いつからだ、僕がこの人に興味を持たなくなってしまったのは。


今、ひとつの夏風が僕たちのなかを吹き抜けた。

風よ、どうか彼女が流してきた涙を遠く、遠くへ運んでくれないか。

どんなときでも優しさだけは変わらずに持ち続けていた彼女を僕は抱きしめた-


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