夏灯りの夜に
「Zzzzzzz~ Nnnnnnnnn~」
木の電柱に体を預け、わが姉は眠りこくっていた。
腕や足にはいつの間にか負った擦り傷。心なしか悩ましげなその寝顔。
(自転車では…帰れないよな)
「しゃーない、背負って行きますかね」
腹をくくって姉を持ち上げる。意外にも軽い体重が心苦しかった。
「姉さんしばらくジッとしていて。動いたら危ないからね」
そう呟いても彼女はくぅ、くぅと寝息しか返してくれない。
足元に気を付けながら薄暗い夜道を歩いてゆく。
家までの道のりはまだまだ長い。
グラガアアアアアアアアアアア!!!!
化け物の断末魔が先ほどの場所から聞こえた。
とっさに振り向いたところ、螺旋を描きながらつむじ風が吹きあれた。
身構えたが直撃する。しかしその感覚は不可思議なものだった。
人肌より少し暖かいくらいの空気に体が浮かびあがりそうに流され、産湯にひたされたように体全体にこびりついた邪悪の残り香が流れ出てゆく。
「これが蛇神様の力…」
提灯が1体、また1体と消えてゆくたび、風が町に吹き下りる。
(そうか。ばあちゃんの言っていた『ご先祖様の風』って、このことだったのか)
僕はようやくあの伝承の真実を知ることができたのであった……
ガシャ!ガシャガシャガシャガシャ!
蛇神様の放った最後の一撃を受けたヒトクチさんはまるで命が燃え尽きる直前の蝉のように暴れ、そして燃え上がった。
空に舞い上がる赤い提灯はまるで僕たちの帰りを導く送り火のよう。
夏の灯りは高く高く立ち昇り、夜空を焼き尽くすほどの血色に染め上げ、儚く散った-
「こんばんは、アキラくん?」
「…こんばんは。小林さん」
やっとのことで着いた終着点、愛するわが家の前。
やはりというか、さも当然のように彼女はそこに立っていた。
「私との約束を破っておいて、他の女といちゃつくなんてアキラくんは悪い人ね」
「お墓に行ったことは…ごめんなさい。でもこれは姉だから!」
「知っているわ」
バツが悪かった僕はしどろもどろに弁明するが、彼女はどこ吹く風でこう言った。
「でもあなたはわざと携帯電話を残してお墓まで行ったのでしょ?」
そう、彼女の言う通り。僕は墓へ向かう前に、敢えてスマホを姉の目につくようドアの外に置いた。そして僕がこんな時間に出ていったことを姉は不審に思い、僕の部屋に行きスマホを見つける。そのタイミングで小林さんから僕宛てに電話がかかってくる。
「そして君が電話越しに姉を助けてくれたんだね…」
僕は優しく小林さんに微笑む。彼女はやれやれといった表情で、
「私の能力のことを含め、すべてがあなたの思惑通りに進んだのが気にくわないわ」
と口を尖らせて、
「だけどこれは予想できないでしょ」と小林さんは言い放つと、まだ姉を背負っている僕を、グッと抱きしめたのであった。
「約束破った罰よ、バカ」
彼女の言葉とは裏腹に胸がいっぱいになるのはなぜだろう。
僕も思いきり彼女を抱きしめたい。
彼女に感謝と想いを伝えたい-!
「あっ」
僕は小さく声をあげる。
僕の両手は姉を支えるので精一杯のため、小林さんにぬいぐるみのように抱かれっぱなしでされるがままである。
「これが罰か~」
弱ったなという顔で僕が彼女を見つめると、赤くなった顔で照れてこう言った。
「バカ…」
【夏の灯りで照らされた僕たちの1日は、こうして幕を閉じたのであった-】




