幕間 【ユリウスの憂鬱】 中編
ユリウスの災難から憂鬱にタイトル変更しました。
後編のつもりだったのも長くなったので2話に分けました。
今回の時間軸は「爆発しました」辺りです。
実はユリウスにとってこれは大事件でした。
「ユリウス副隊長!隊長がまだ来ないんです!」
「あー…またかよ」
朝、駐屯所に顔を出したとたん聞こえてきた、若い隊員の泣きそうな声にユリウスはうんざりと肩を落とす。
隊長が王都へ行くのを嫌がるのは毎度の事だが、今日は月に一度の定例会議がある。前回レオリア様がいなかった為、今回は王から必ず来るように、と言われたとか言ってなかったか?
(またお嬢やマリア様との別れを惜しんでるのかよ!永遠の別れじゃあるまいに!)
イラついたユリウスは隊員に手をひらひらさせながら面倒くさそうに言う。
「そこにいる三人がかりで捕まえるか、最悪簀巻きにして連れて来い」
「無理ですよ!ただでさえ王都まで二刻はかかるんですよ!ぐずぐずしてたら、時間なんかあっという間に過ぎます!俺達じゃ、何だかんだと逃げられるに決まってます!」
「まったく、そこを巧く言いくるめればいいじゃねぇか」
「俺達下っぱがそんな事出来るわけないって解ってるくせに言わないで下さい!とにかく俺達は馬車を回して来ますので、ユリウス副隊長はレオリア隊長を連れて来て下さい!間に合わなくなりますから!!」
そう言われれば、ぐずぐずしている時間は惜しくなる。
隊長が遅れたとばっちりはこちらに向かうに決まっているのだから…
「あー、解ったよ。馬借りるぞ」
ユリウスはしぶしぶ返事をすると、隊員が連れてきた馬の鐙に足をかけ馬に跨ると、そのまま隊長の屋敷に向かった。
これから起こる事件に頭を悩ますことになるとも知らず…
ユリウスがマクレーン家屋敷に着いた時、いつもと様子が違っていた。
(心なしか屋敷の結界が乱れている…?)
ここマクレーン家は有名なからくり屋敷である。
それもマリア様の兄、国内きっての王国魔術師団室長でもあるヨーク様自らありとあらゆる防御の魔術が施されている。しかも有能な執事であるガレルは、実はヨーク様の師匠とも教育係とも言われる人である。彼がいてこの現状はおかしい。
「あ、おはようございますユリアス様」
「頼む!」
「へ?は、はい」
ユリウスはのんびり挨拶をする門番に馬を預けると、急いで玄関まで走る。
屋敷に近づくにつれ二階の部屋の内部に揺らぎがあるのを見つけた。
ユリウスが屋敷に入ると、バタバタと使用人達が走り回っていた。
ここマクレーン家の使用人達は、ほとんどが優れた魔力を持つ者達である。ここで働く条件は勘がよく、戦闘ができる上にマクレーン家に忠誠を誓える者である事。よこしまな考えや彼らに害を与えようとした者は屋敷にある魔石が反応し、ガレルやガレルの奥方であるシエンに伝わる。
それ以前に彼らはマクレーン一家が好きな者の集まりだ。屋敷内の異変に敏感で、即座に対処できるはずなのだ。
彼らもこの異常に気付いているのであろう。
ユリウスが誰か捕まえようと思って左右を見渡せば、階段をかけ降りるキャリーを見つけた。
「キャリー殿!この騒ぎは賊ですか?」
「ユリウス様!!」
キャリーに問いかけると、リリアナが隊長たちに怒って部屋に閉じこもってしまったという。
「リリアナ様が部屋に入ったのは間違いありません。ですがドアがびくともしないんです!」
内鍵をかけた位では部屋に閉じこもる事などできはしない。隊長がぶち破れば済む事だ。
しかしびくともしないという事は、魔術が作動しているという事。
「お嬢の護りが発動したのか?」
「いえ、賊ではないと思います。リリアナ様の部屋からは一人分の気配しかありませんから。でもリリアナ様は魔力を使った事はありません、こんな事、どうして…」
震えるキャリーにユリウスは思案する。とにかくリリアナの様子が解らないかぎり判断できない。
「落ち着いてくださいキャリー殿!お嬢の部屋へ外から入る事はできますか?」
「え、部屋?」
「そうです。」
ユリウスがキャリーの目をじっと見つめると、おどおどとしていた瞳が落ち着きを取り戻す。そしてはっとしたように目を見張ると、ユリアスに向かって叫んだ。
「リリアナ様の部屋の窓が開いている筈です!付いてきて下さい!」
「魔力が溢れている?」
木を伝ってリリアナの部屋に降り立ったユリウスは、部屋を覗き込み固まった。
部屋の中でリリアナは、手のひらに魔石を持ちながらもシーツをドアの取っ手にぐるぐる巻いたり、椅子を引きずったりとバリケードを作っていた。
(一体誰がそんな事を教えたんだ??)
しかも扉を叩く音と共に「リリー!」「開けてリリー!」という家族の声に、リリアナは扉に向かって「誰も入れちゃだめだよー」と声をかけていた。
その度にリリアナの腕輪からふわりと魔力が立ち上る。そして手の中の魔石に吸い込まれ、扉の結界が強化されていく。
(おいおいおい!お嬢にはヨーク様の魔封じの腕輪があるはずだろう?!)
ヨーク様がリリアナの為に自らの魔力で魔石を作り上げ、また腕輪にまで術式をほどこしている物だ。
通常魔封じの腕輪は魔力が発覚された時に、魔法協会で誰でも貰えるものである。幼子は感情が制御できない為に、いつ爆発させどんな被害が出るかわからないからだ。
子供が魔術を習い始めるのが学園に入れる八つの歳からである。それまでに魔力暴走や魔術酔いなどで子供の成長に著しく影響するものなので、市民には無料で提供されるのである。
リリアナのしている物は、その中でも間違いなく最高級のものだ。
そこそこの魔力があるものでもあれならば十年は余裕で持つ筈だ。
その封じが破れかけている?
(冗談じゃあないぞ!!)
暢気にバリケードを作り上げているリリアナは、ムカつくことに鼻歌交じりで、魔石がちかちかと点滅している事に全く気付いてない。
それはリリアナが魔石に込められた力を引きずり出し、魔石の魔力の枯渇を示す印。
あれが壊れたら、今まで封じられてた魔力が一気にお嬢に戻ろうとするだろうし、そうなればお嬢の魔力は最悪暴走する。
(すげえなんて冷静に観察している場合じゃねぇ!!)
ユリアスは気配を消しリリアナの背に回りこむと、片手で慎重に魔石の嵌められた腕輪に手を添える。魔石に魔力を注ぎ込むと共に、リリアナの首根っこを掴み上げる。
「うええ???」
びっくりしてリリアナの手から転がり落ちた魔石は、その瞬間力を失くしたように「かしゃん」と音を立てて割れた。
こうしてリリアナに説教してなんとか隊長を連れ出す事に成功した。
馬車の中で俺は、落ち込んでいた隊長と坊ちゃんに事態の重さを申告する。
魔力の少ない二人は、リリアナのやった事がどれほどの事態かあまり理解していない。話すにつれ青くなっていく二人に詰め寄られ、ユリウスも真剣にリリアナの今後を考えるべきだと告げる。
ガレルから話がいくとは思うが、ヨーク様にも至急連絡を取り今後の話し合いが必要だろう。
「そうか……わかった」
考え込む隊長らとは裏腹に、馬車はがらがらと王都へと道を急ぐ。
(なんか面倒事が増えていくと思うのは気のせいじゃないよな……)