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幕間 【トーマスが兄ばかになった理由】





俺の名はトーマス=マスカレード

 リリアナの兄である。

 妹は可愛い。

 それはもう目に入れても痛くないだろうと思うほど可愛い。



 最初妹が出来ると聞いた時、正直面白くなかった。

 それまで父様は暇を見つけては俺に剣の稽古をつけてくれていた。

 母様も学園に通いだした俺の話を、週末帰宅する度にいつも嬉しそうに聞いてくれていた。

 だが、子供が出来たと解った時からそれは無くなりつつあった。

 母様はつわりが酷いとかで、洗面所に走ったかと思ったら寝台に横になってて、いつも青白い顔をしているので血生臭い稽古やケンカや話す事は躊躇われた。

 父様はそんな母様に付きっきりになり、話す時間はほとんどないまま学園に戻る日々が続いた。


「でもそんなもんだぞ。兄弟が出来ていい事なんかないない」

 そう言ったのは級友のジェイことジェイリアス。彼の兄弟は多く、なんと兄が二人と弟と妹がひとりいる。帰宅すると主に弟妹の面倒を見るのはジェイリアスの役目らしい。

「自分の時間なんてなくなるし、泣いたりしたら『お兄ちゃんでしょ』しか言わないよ」

「そんなもんか…」

「そうだよ家なんて妹が三人いるけど、あいつら口だけは達者だし、何かあると泣けばいいと思ってるからな。一応女だから殴るわけにもいかないし。俺は出来るなら寮暮らしをずっと続けたいぜ」

 そう言ったのは魔術師候補のエディアンだ。


 ちなみに二人とも同い年で寮でも同室だ。

ジェイは貴族で、エディアンは平民だがこの学園にいる間は身分など関係なく、ましてや言いたい事を言い合えるほど俺達は気が合った。

 中には勿論平民だなんだと身分をかさに無理難題言う者はいるが、そういった者はとある上級生に〆られ驚くほど大人しくなるのだ。

 それが誰かとは聞かないほうがいいだろうとも言われている。

 なにせ、〆られた本人達が口を割らないのだ。謎は謎でいいだろう。(知らないほうが平和だしね)


 学園へは市民なら誰でも通うことができる。

 大体八歳から入園し、一般知識はもちろん騎士を目指す者は戦術や闘い方を、魔術師を目指すものは魔力の扱い方を、商人や農業を目指すものはその知識を等々。個人で希望するクラスを選べる。

 何をやりたいかなどすぐに自分で決められる者は少ない。

 とりあえず最初の一年目は一般常識を、二年目から興味のあるものを選択。三年目、四年目にやりたい事や自分に向いていると思うものを選択する。

 四年で卒業してからは、騎士になりたいものは騎士団に入る。ここで三年間は見習い期間が設けられ、自分に合わないと思ったもの、正騎士となる試験で落ちたものはどんどん辞めていくのだ。

 逆に魔術師になりたい者にも三年間師匠があてがわれる。そこで同じく勉強し弟子と認められればそのまま魔術師の道へ、無理だと判断されたら他の道を探さなければならない。

 ちなみに料理人や縫製・大工など技術職は弟子入りするか雇ってもらってから覚えるしかない。技術は宝だ。本人の努力とセンスと根性でしか上達することはないのだ。


 俺は特になりたいものはないけれど、父のように騎士になるんだろうなと漠然と思っていた。もちろん領地をいずれは継ぐ話が出るかもしれないが、両親は自由にしていいと言うので、とりあえず農業・商業・一般常識も併して勉強するつもりだ。

 残念ながら俺の魔力量はさほどないので、役に立ちそうなものをエディアンから教わっているところだ。

 魔術師の授業まで受けてる暇ないしね。


 そして数ヶ月後、リリアナは生まれた。

 生まれた時が丁度冬休みだったので、どれだけ母様が苦しんで子供を生むのかを俺は目のあたりにした。

 生まれたてのリリアナは小さくて壊れそうだった。あまりにも小さくてふにゃふにゃしていて一度抱っこした時も落としそうで怖かったので、俺はあまり近づけなかった。

 そしてリリアナは泣き虫だった。起きている間ずっと泣きわめくのだ。

 粗相したわけでもお腹がすいたからでもなく、ずっと泣き続けるリリアナは病気なんじゃないかと心配になった父様と母様は、何度も医者を呼んでいたけれど原因はわからなかった。

 それは一週間経っても二週間経っても変らなかった。


「どうして泣くの?何が嫌なの?教えてリリアナ…」

 母様はリリアナをあやしながら困った顔で問いかけるけど、うええんと泣くばかり。

「赤ん坊は泣くのと眠るのが仕事みたいなものだが、ちょっと泣きすぎだよな。自己防衛にも優れている はずだから何か嫌な気配がするのだろうか…」

「そうね、魔力を持つ者は不安定だといわれているわ。リリアナももしかしたら…ちょっと兄様を呼ぶわ!」

 父様の言葉に思いついたように母様の兄であるヨーク様こと伯父上を呼ぶために部屋を出て行った。

 ヨーク伯父上は魔術師でもあり、技術者でもある。この家をからくり屋敷にしたのも伯父らしい。なんとか屋敷の半分以上は攻略したが、あと半分はまだどう歩けばいいかわからない。

 からくり屋敷と言っても、部屋に入るときにある合図をしなければドアが開かないとか、無理矢理通れば玄関や下手したら自警団の牢の中に移動するのだ。

 他にも二階の廊下の真ん中を歩いたら落とし穴に落ちるとか、(網にかかった状態で吊るされるので一階から丸見えだったり)

 自分の家で気が抜けないってどうかと思うが、慣れてしまえば楽しい。

(叔父上が来るのならぜひとも三階の一番端の部屋の攻略法を聞こう!)


 連絡して数時間後伯父上はやってきた。

 魔術師というのは黒を纏うと聞いているが、伯父上は上品な白いシャツと黒いズボン、黒いマントを羽織っている。背は丁度僕の倍くらい。

 身体もほどよく鍛えられており、弱弱しさを感じることはない。朗らかな性格で俺は伯父上と話をするのが好きだ

 出迎えた俺を抱きしめると、そのままぐしゃぐしゃと頭を撫でる。


「久しぶりだなトーマス」

「はい!お久しぶりです伯父上!」

「ははは元気だな。学園はどうだ?楽しくやってるか?」

「はい。同室のジェイリアスもエディアンも色々な事を知っているので吃驚する事が多いです。勉強くらいは負けないようにと必死ですよ」

「ははは、そうかそうか。いい友人に恵まれたな」

「はい!」

「お兄様!お久しぶりです」

 後ろから聞こえた母様の声に振り向くと、伯父はその体を喜ぶまま抱きしめた。


「おおマリア!久しぶりだな。そして姪っ子の誕生が心から嬉しいぞ!おめでとうマリア。よく頑張ったな!」

「ありがとう…お兄様」

「どうした?私に「会いたい」と連絡くれたので急いで駆けつけたのだが遅かったか?」

「違うんですお兄様…リリアナ、あ、娘の名前なのですが」

「リリアナか!可愛い名前だな。どっちに似ているんだマリアか?それともアイツか」

「もう!アイツなんて言わないで下さい。私の旦那様でトーマスの父なんですから…どちらかといえば私に似ているかと」

「そうかそうか!では会わせてくれるか?」

「……はい。あの、お兄様…気のせいなのかもしれないのですが…」

「ん?よくわからないが私が力になれる事なら何でもするよ?」

言いよどむ母様に何か感じたのか叔父上は安心しろというように母様に笑いかけた。

「お兄様…」

「さあ会わせておくれ。私の姪っ子に」





「これは……」

 眠っているリリアナを穴が開くほど見つめる伯父上。

(どうかな?やっぱり何かあるんだろうか…)

 眠っている時のリリアナは可愛いけれど、赤く目元は腫れたままだ。もうすぐ俺も休みが終わるのに、一度も笑った顔を見ないなんてどう考えもおかしいし。


「どうですお兄様?」

 心配になった母様がおそるおそる問いかけると、伯父上は満面の笑顔で振り向くとこう言った。


「めっちゃくちゃ美人だな!マリアの生まれた時も思ったがこの子は美人になるぞ!」


「ふええん」

「義兄様!リリアナが起きてしまったではないですか!」

「おお、悪い悪い。リリアナー。泣くな泣くな」

「もう!お兄様、真面目にしてください」

 思わず父様とリリアナを抱き上げた母様はきっ、と伯父上を睨む。もちろん俺もだ。

 やっとリリアナは泣き疲れて眠った所だったのに…しかも心配していた為に怒りは倍増だ。

「悪かったって。ほら、とりあえずこれを付けておけ」

「それは?」

 伯父上は右手首に嵌めていた腕輪を外すと、リリアナの手に持たせた。

「ちゃんとしたのは新しく作って贈るよ」

「では、やはりリリアナは…」

「うん、この子は魔力量が多いね。それで周囲に敏感になってるせいもあるだろう。自我をコントロールできる年になれば自然と落ち着くさ」

 そんなに心配しなくてもいいぞ、と伯父上は皆に笑いかける。


「でもまだ泣いているが…」

 抱き上げて背中をやさしく叩く父はまだ本当に大丈夫かと疑っている。

「子供は泣くものだ。それにこの子は銀を纏っている。銀は魔よけになるとも言われているだろう?大丈夫だ。変なものは近づけないよ」

「はい」

「いらないなら私が貰って帰るよ?」

「誰もそんな事は言ってません!!」

 神妙に頷く父様を見た伯父上はにやりと笑うとそんな事を言い出す。慌てる父様に大爆笑している。

 いつも思うが父上をからかう伯父上は楽しそうだ。

 すると大きな笑い声にびっくりしたのか、リリアナは泣くのを止めて目をぱちりと丸くしている。


 そんなリリアナを見て、俺はふと思った。

 …もしかしたら俺達は神経質すぎたのかもしれない。リリアナがいつ泣くか毎回びくびくしてたら、笑ってくれるはずないもんな。

 

 俺はリリアナの側に行くと、「リリ-」と呼んだ。

 そしてリリアナの目を見ながらにっこりと笑う。


「大丈夫だよリリー。父様たちは仲良しだから」

 リリアナはじっと俺の顔を見る。するとほにゃっと笑った。

「まあ」

 初めて笑ったリリアナはめちゃくちゃ可愛かった。ほっぺたピンク色にして笑う顔はまるで天使だ!

「リリアナが笑ったわ!!」

「「なにっ!?」」

 思わず母様が喜色の声を上げると、あわてて父様と伯父上も駆けつける。

 するとリリアナはまた薄い眉毛を八の字にする、やばい!


「父様、伯父上もう少し静かに。リリーが驚いているではないですか」

「すまん」

「む。悪い」

 しゅんとする大人二人を横目に俺はリリアナに話しかける。

「怖くないからねリリー。笑って」

 そうして話しかけているとある事に気が付いた。俺がリリーと呼ぶと笑ってくれるが、リリアナと呼ぶとやっぱり眉が八の字になる


「……もしかして名前が気に入らないのかな?」

「そんな、可愛い名前だと思うけど」

「そうだな。見ている限りリリーと呼んだ時の方が嬉しそうだ。どうだ?名前を変えるか?」

 俺の疑問に父様はまさかと言い、伯父上は改名を進めてきた。もちろん諌めるのは母様だ。


「そこまでしなくても…リリーは愛称でいいんじゃないかしら?大きくなればそこまで気にしないと思うわ」

「…それもそうだな。よし!今日からリリーと呼ぶぞ!だからもっと笑っておくれ」

「だから父様は声が大きすぎるんです!」

 リリーと呼ばれて笑っていたリリアナは、父様の声に驚いて泣きそうな顔になる。ぎゅっと俺の手を掴むリリーに安心させるように笑いかけると俺は父様を睨む。

 父様は俺に怒られえて呆然としながらも、肩を落として「すまん」と謝った。

 俺が父様に対して怒ったりしたのも初めてだ。でも後悔はない。

 そんな俺達に母様と伯父上は笑い。いつしかみんな笑ってた。リリアナだけはきょとんとしていたけど、泣かなくなっただけでもう十分だ。


 こうしてリリアナを可愛がるようになった俺は、とことんリリアナを甘やかし、勉強もリリアナの側で行い、父様との稽古の時もリリアナの姿が見える所で行うようになり、あげく学園を通いにしてくれと父様と母様に頼み込むまでとなった。

 通いにして欲しいと頼み込んだのは、次の長期休暇まで忙しくて帰れなくて久々に会ったリリアナに忘れられていた事が原因だ。

リリーの一番が母様なのはわかるが、二番目がメイドのキャリー、三番目が執事のガレル…というように。久々に帰った俺達に対してリリーは無反応だったのだ。

 そして衝撃的だったのは、はいはいを始めたリリーに皆が声をかけるけど、俺と父様の声には見向きもしなかった為である。

 父様も悔し涙を流しながらガレルを睨んでいたからね。

「絶対に頻繁に帰れるようにしてやる…」と決意を新たにしていたから何とかするだろう。

 俺もその時は一緒に連れて帰ってもらうつもりだよ。父様の働く場所から学院は近いからね!




 ちなみにリリアナの最初に言った言葉は『にぃに』だ。

 可愛すぎて悶え死ぬかと思った。

 大きくなるにつれてリリアナは叔父上の言った通り美少女に成長している。

 そんなリリアナに「にいさまだいすき」と言われた日は、出来ない事はないと思うほど何でも上手くいく。

 父様ともよく喧嘩(?)する事になった。もちろん理由はリリアナの抱っこはどちらがするかで。

 他愛ないやりとりだけど昔よりもっと父様と仲良くなった気がする。

 俺の進路も決まった。一刻も早く領主の仕事を母様から譲りうける事、父様みたいに騎士になったら何ヶ月もリリアナに会えなくなるからだ。

 そう告げると、父様と母様は顔を見合わせてこう指摘した。


「正騎士になるとリリアナが目を輝かせてカッコいい!と言ってくれるぞ! 俺みたいにな!」

「それにリリアナは魔力が多いから魔術師になる可能性が高いわ。いいの? リリアナがそのまま魔術師になったらそれこそ家に帰らなくなるわよ?」


 それを聞いた俺はまたころりと進路を騎士に戻すんだけどね。


 とにもかくにもリリアナは可愛い。

 何か困ったことがあったらいつでも言って。俺が一番リリーの味方だからね。

 可哀そうだけど王妃様が関心持っていると知ったからには、父様たちに全面的に協力するよ。


 そうそう勿論悪い虫は排除し続けるよ。

 特にエディアン!どれだけしつこく言おうとも絶対にお前に会わせたりしないからな!



ここからはリリ視点でお送りします


目が覚めれば知らぬ場所

「おんぎゃーーー」(訳:ここどこーー!)

母親達が覗き込めば

「うぎゃぎゃーー」(訳:変な外人さんが訳のわからない言葉しゃべってるーー!!)

逃げようとして身体が動かないことに気付く

「うにゃあ」(訳:って!私赤ん坊になってる??」

父様達がおやすみのキスをしようとすれば

「いぎゃーー!!」(訳:やだ!とおるーーー!助けに来てーー!!)


何度も呼ばれていううち、自分の今の名前が【リリアナ】だとわかってからも

「リリアナ」

「やーー」(そんななまえじゃないもん)

「リリアナ今日もご機嫌斜めなのかい?」

「うええっ」(だからそんな名前じゃないもん)

名前を呼ばれるたび泣きたくなってた。でも今日

「るり」

そう呼ばれた。

【リリ】って言ったのかもしれない、でも私には「るり」って聞こえたのだ。

まっすぐ私を見て笑った少年。きらきらと光を浴びて光る金色の髪が綺麗で思わず私も笑ってた。

その時すとんと私の中に今の家族が入ってきた。

今私を抱きしめているのが母

覗き込んでるのが多分兄

大声で叫んで飛んできた兄と良く似た眼差しの男の人、父親だろう

綺麗な銀髪をきれいに撫で付けてるお兄さん

これが私の今の家族。


そして泣いて無駄に過ごすよりも新しい人生を始めようと決意した。


まずは売れっ子モデルの時のように家族攻略からはじめますか。

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