9 【探検とご褒美】 3
お待たせいたしました。
ようやく探検開始です。
本日も読みに来てくれてありがとうございました。
「旦那様。本日はこちらの書類全てに目を通して印をお願いします」
「ちょっとまて!この量全てか?!」
一週間の休みをもらったレオリアは、この休みの間は愛娘であるリリアナと、どうすれば仲直りしてずっと一緒にいられるかそればかり考えていた。
何をすれば娘は喜ぶのか、それが問題なのだ。
土産物攻撃はすでにやり尽くした。少し早いがリリアナ専用の動物を与えてみるか、それともこの際領地内だけでもリリアナを外に連れ出してみようか、と。
何のために今までリリアナを外部から引き離していたのか、それさえも忘れているようだが、それだけレオリアは切羽詰まっているのである。
だが、執事のガレルの手によって、机の上に積まれた書類の多さに思わずレオリアは声を荒げた。
それも仕方ないだろう。机の上にはゆうに一メートルは積まれた書類が三列も並んでいるのだ。
目を通すだけならば何とかなっても、証印を押すと言う事は熟考と決断も一緒にしなくてはならない。
これではせっかく取った休みがこれだけで潰れてしまうではないか。
愕然とするレオリアに追い打ちをかけるように、ガレルは「そうそう…」と続ける。
「ああそれから、確認もかねて、時折質問させていただきますのでそのつもりで」
「じょうだん…!」
「領主ともあろう方がこれくらい出来なくてどうします。いくら奥様が協力的といえ、普段から奥様に任せきりになさるからこんなに決済が溜まるのです。王都では今は大したお仕事はないのですから、こちらを優先させていただかないと」
「す、すまない」
レオリアには耳が痛い話だ。マリアが取り仕切ってくれているとはいえ本来責任者は自分なのだ。それを任せきりにしたのも己の責であるしガレルの言い分は最もである。
本来村人達から届く作物の出来、不出来、整備の必要な道や魔物対策、更には市場の流れなど、マリアとガレルが仕分けし優先的に必要な物をレオリアに回し、報告書は見やすいように毎回きっちりと纏められていた。
当たり前のように享受してたが、 明らかに負担はマリアの方にかかり自分は楽をしすぎだ。
レオリアは項垂れると、腰を落ち着け、のろのろと書類に手を伸ばす。
「それから旦那様僭越ですがもう1つ」
「な、なんだ?」
「もぎ取った休みは一週間ですよね?これを早く終わらせれば終わらせるほど、リリアナ様との時間が持てる事をわかっていますか?」
はっ!!
レオリアは今気が付いたのか、目を輝かせる。
だが、ここ数日のリリアナの態度を思い出し、机の上に目を向けると、しょぼんとレオリアは項垂れる。
なんともわかりやすい。
そんな主人を見てガレルはにっこりと笑って告げる。
「その心配が無くなるかどうかは、旦那様の今日の努力次第です」ーーーと。
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さあ!お昼ごはんも食べ終わりお腹も膨れたところで、始まりますよお屋敷探検!
今日は自分の部屋から、三階の突き当たりにあるお部屋(母様達のお部屋の丁度真上のお部屋だね)に行って、本棚に入ってる【魔術書初級編】を取って自分の部屋に戻って来るのが今日のミッションです。
なにそれ、めっちゃくちゃ簡単じゃない?と思うが、午前中聞いた『ガレルが張り切って罠を仕掛けた』という恐怖満載な台詞を聞いちゃったからね!
もはや不安しかないよ!一体どんな罠なのーーーーーー?!!
それでも止める訳にはいけないのだ!
だって、これは一人歩きを許される第一歩なんだから。
いつもはキャリーか母様どちらかと一緒だった。兄様と父様は仕事以外じゃほぼ私と一緒にいたがったし、一人になれるのはぶっちゃけ寝るときだけと言ってもいい。
この間お城に着いて行くのを反対されて篭城した時、『一人で廊下を走ってよくまあ罠に引っかからずに部屋に逃げ込めましたね』と後からキャリーに言われたけれど、普段廊下にそんな罠が仕掛けてあるとは思ってなかったよ!
流石に私の身長とか体重を考慮して罠は作動させてたみたいだけど、普段から皆が、そんな罠を回避しながら過ごしてる事にびっくりだよ!
「何か目印とかコツとかあるの?」と聞けば、「からくりの方はありますが、魔石を使った術式の方は勘です」ときっぱり言われちゃったし。
勘なんてどれだけ頼りになるんだよー。実はこの家のメイドは皆ハイスペックだったのね。
「リリアナ様気をつけてくださいね!無理だと思ったらすぐに呼んで下さいっ!」
「だいじょうぶだよー。行って来ます」
「あ、リリアナ様これを」
「腕輪?」
綺麗な琥珀色の石がはめ込められた装飾品を、シエンはしゃがんでリリアナの左腕に着けると、リリアナを見上げ続ける。
「リリアナ様1つだけ約束してください」
「なあに?シエン」
「怖いと思ったら絶対に旦那様を呼んで下さい」
「え?」
「今日は旦那様がおいでです。怖いと思ったらすぐに旦那様を呼べば、必ず助けていただけますから」
「……そんなに危ないの?」
「ちょっと落ちたり滑ったりするだけですよ」
そう言ってにっこり笑ったシエンに、ちょっと引きつりながらリリアナは頷く。
うーん。なんだかわからないけど、父様さえ呼べば安全って事かな?
皆の様子からして、これは父様とそろそろ仲直りしろって事かも。 あの人形からおよそ十日が経つが、今だに父様抱っこを拒否ってるんだよね。 正直許す許さないでいえばとっくに許してる。
こんなに長引いたのは、私にとってもなんていうか想定外だったんだよねぇ。
前世の『私』 には父親はいなかった。
だからかな。今世の父からリリアナに向けられる、疑う事のない確かな愛情が嬉しくてくすぐったくて、少しくらいいいかな、大丈夫かな。甘えてもいいかなって。
朝しょんぼりと出て行く父様を見送りながら、明日は普通に声をかけよう!って思っても、なんかいざとなると言えなかったり、私が寝ている間に父様お仕事行っちゃったりしてタイミング逃しちゃったんだよね。
よし、 今日助けてくれたら、お礼に全部有耶無耶にしてしまおう!
そうと決まれば後は頑張るだけだね!
キャリーや母様達がハラハラしながら見守る中、いざ出陣!
「本当に大丈夫かしら…」
「そ、そうですよね、あのガレルさんが仕掛けた罠ですし、お怪我をなさらないよう私も付いて行った方が…」
「貴方たちも心配性ねぇ。ガレルはそんなヘマするわけないわ。ちょーっとトラウマは残るかもしれないけど、外傷が出来るような事はないわよ」
「ちょ!トラウマってシエンさん」
慌てるキャリーに、マリアも不安になる。
大丈夫、よね。だってあのガレルだし…
「……リリちゃん頑張って!!」
母様達がそんな事を言っているとは思わず、リリアナは階段に足を一歩踏み出した。
そのとたん足元から『ぶにゃん』という変な音がした。
「ぶにゃん?」
リリアナが今の何?と思ったとたん、ガタン、と床が抜けました。
そう、私の足元に、穴がっ!
リリアナが足元を見れば真っ暗です!これはまさに奈落!!!
落ちる!奈落に落ちてるうううっ!
「うにゃあああああああああああああ!!」
風を切る音が耳元で聞こえる上に、暗闇で上下左右判らないいい
(ちょっと落ちたり滑ったりするだけですよ)
ちょっとじゃないシエン!!全然ちょっとなんかじゃないいいいいっ!!!
………このままじゃ、死……!!
ぞわりと背中を走る悪寒に、リリアナは目を瞑り声の限りに叫んだ。
「とうさまーーーーーーーーーーー!!」
その瞬間、リリアナの姿は光に包まれると、その場からかき消えた。