06
ミツルはギュッと拳を握り、口を開いた。
「『人殺し』と」
「っ!」
「ばあさん、あの男になにかを見たようなんだよ。俺はその時、それがなにか分からなかったし、男はばあさんのその一言に逆上して、持っていた剣でバッサリ斬った」
「…………」
「だからある意味、事故ではあったんだが……。それで俺はなぜか殺されず、記憶を封じられたわけだ」
男がどういうつもりで祖母を引き留め、ミツルがインターだと指摘してきたのか。それは結局、分からなかった。
だが、ミツルが殺されなかったのはきっと、インターだからではないか。殺すと厄介だから、殺されず、記憶を封じられたのだろう。
「それで、母はそいつになにを見たんだ?」
「たぶんだが、紫の光を見たのではないかと」
「紫の光……?」
「紫は冥府の色だ」
「それは分かるんだが、紫の光がどうして人殺しになる?」
「罪を犯した人間は、冥府の色に染まるんだ。それは死んだときに分かる」
「ほう」
「そしてばあさんはあの男に紫の光を見た。ばあさんはきっと、その男に尋常ではないなにかを見たんだろう。そして俺を守るために男を挑発したんじゃないかと思うんだ」
「だが、そんなことをしたら母も……」
「だからばあさんは殺された」
「…………。それは分かったんだが、この話とオゼイユ行きがどう絡んでくるんだ?」
そうだった、祖母の死の真相を話すのが目的ではなく、どうして行かなければならないのかを話していたことを思い出したミツルは、口を開いた。
「ばあさんを殺した男が俺の大切な人をさらっていったんだよ」
「なにっ?」
「だから、取り返しに行くんだ」
「…………」
アランはなにか考え込んでいたようだが、一度、首を振った。
「それは母を殺した人物と一緒なのか?」
「あぁ、間違いない。鈍色の髪に碧い瞳。特徴的な綺麗な顔。記憶を封じられてなければ、すぐに分かったんだが……」
向こうもミツルのことに気がついていなかったようだ。いや、気がついていたけれどミツルが記憶を取り戻すことを考慮して知らない振りをしていた可能性も考えられる。
「因縁のある人物ということか」
「あぁ」
ミツルは大きく息を吐いて、それから窓の外を見た。
窓の外の風景は色とりどりの木々があちこちに生えているというウィータ国でよく見かける風景ではあったけれど、山に近づいてきたからなのか、木の密集具合が町とは違っているように見えた。
そして、空はすっかり日が暮れていた。
今日のところはどこかで宿を取った方がよいかもしれない。
「それで、見つけたらどうするんだ?」
「返してもらうよ」
「だが、今までの話を聞いたら、素直に返してくれるようには思えないんだが」
「……その時は……どうしたらいいんだろうな」
アランが言うように、素直に応じるとは思えない。
それに鈍色の男はずっとナユを探していたようなのだ。なにが目的か分からないが、分からないからこそ、その目的を探り出し、阻止してナユをこの手に取り戻さなければならない。
「すごく嫌な予感がするんだ」
一刻も早くナユを取り戻さないと取り返しの付かないことになりそうだとミツルは感じていた。それに、急に連絡が途切れたシエルも気になる。
「とにかく俺は行ってくる」
「分かった。無理せず気をつけるんだぞ」
「あぁ、分かった」
専用車は木が敷かれた道をガタゴトと音を立てて通っていた。そしてそれはどこかの村にたどり着いたようだ。
「今日はここに泊まろう」
「親父も泊まるのか?」
「このまま戻ってもいいが、馬を休ませないといけないだろう」
「まぁ、そうだよな」
ということで泊まることになったのだが、小さな村だからなのか、宿がなかった。
ミツルは野宿でもよかったのだが、御者とアランのことを考えればそういうわけにもいかないことは分かったため、アランに任せることにした。
アランは村長に掛け合い、幾ばくか支払ったため、部屋を借りることができたようだ。
一人部屋を三つとなればよかったのだが、二人部屋が二つだったため、御者は一人で、ミツルはアランと同室となった。
「村長の好意で、夕飯も出してくれるらしい」
「お言葉に甘えて、いただきます」
ミツル一人であったならば、きっとこうはいかなかっただろう。ここで無碍に断るのはどうかと思ったので、誘いに乗ることにした。
夕飯は、突然の来訪の割には思った以上に豪華なものだった。それはアランも気がついていたようだった。
「今日はどこかで祝い事でもありましたか?」
疑問に思ったアランは、村長に聞いてくれた。
「たまたま今日、色々と材料がそろっていたのです」
と特に祝い事ではないらしい。
どうにも腑に落ちないと思いつつ、ミツルは食べようとしたのだが。
「ちょっと待って!」
バンッと大きな音がして、扉が開かれた。
「フェリスっ?」
「それ、食べたら駄目よ! 毒が入ってるんだから!」
「なっ、なにを根拠に! お客さまの前だぞ!」
「お父さん、もうこんな事、止めて!」
フェリスと呼ばれた茶色の髪の少女は大きく頭を振って、それからミツルたちを見た。
「この人たちはこの村に宿を求めて来た人たちから金を巻き上げて、さらにはお金を持っている人たちだと分かったら、毒を食べさせて殺してお金を奪っているの!」
まさかと思って村長を見ると、ブルブルと震えていた。
「それなら、村長。問題ないというのなら、食べてもらえますか?」
「い、いいですよ」
そう言って、村長が食べようとしたところ……。
「その人は解毒剤をあらかじめ飲んでるから、食べさせても無駄よ」
そう言うなり、フェリスは父親である村長を押しやり、ミツルの皿の上にあったキノコを口にした。
「フェリス! 食べるなっ!」
フェリスはほとんど噛まずにそのまま嚥下した。
「お、おいっ」
「ふ、ふふ……。お父さん、残念だったわね」
食べてすぐに症状は出ないはずで、むしろ、すぐに症状が出ればそれはそれだけヤバい毒になる。
「おっ、おいっ! だれかフェリスをっ!」
「あはは、お父さんったら必死! 本当に毒を盛ってたのね」
否定をしないということは本当だという証左にもなるということを村長は知らないのだろうか。
ミツルとアランはどうすることも出来ず、ことの成り行きを見守ることしか出来なかった。
*
フェリスは結局、奥に連れて行かれたため、どうなったのか分からない。
ミツルたちは夕飯を食べられず、だからと言ってここから出て行くことも出来ず、宛がわれた部屋に戻った。
アランは一度、専用車に戻り、なにかを出してきた。
「携行食を持ってきた」
「あー、ありがたい」
ミツルも携行食は持っていたが、ククミス山でどれだけ必要か分からなかったので、今ここで消費は避けたかった。
ウィータ国を放浪したとき、携行食にはお世話になった。水とともに取らなければ口の中の水分をかなり取られて大変だという難点はあるが、味はそんなに悪くない。
「しかし、困ったな」
アランは携行食をかじりながらため息交じりに口を開いた。
「まぁ、見たところヒペリカムっぽかったから、大丈夫だろう」
「ヒペリカム?」
「毒キノコの名前だよ。少量ならお腹を下したり、吐く程度だ。大量に食べたら死ぬが、一口だ。大丈夫」
「まぁ、それにしてもだ。村長は本当に私たちを殺そうとしたのか?」
「さぁな。あの子のおかげで俺たちは助かったのかもしれないし、逆かもしれない」
「えっ?」
部屋の扉がバンッと開いて、今度は覆面をした数人が部屋に入ってきた。
「次から次へとまぁ、懲りずに」
やれやれとミツルはベッドに立てかけていた円匙を手に取ると、アランを庇うように立ち、構えた。




