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02

 ミツルの一言に、またもやしんと静まりかえった。


「で。金を払うのか、払わないのか? このまま放置していたら、明日の晩には村全員が動く死体だな」

「あなたそれでもっ!」

「人間なのかっていいたいのか? おまえたちにしてみれば、インターは人間ではないみたいだからな。神の力を断ちきれるのだから、人間ではないんだろうな」


 ナユは未だに紐に絡まったなんとも格好のつかない姿のまま、ミツルを見つめた。

 今までミツルが発した言葉たちは、自意識過剰というか、なんだそれと戸惑うようなものが多かった。ちょっと普通なら言わないと思われることを平気で口にしていた。ミツルのこれまでの言動を元にナユが導き出した結論は。


「なるほど。他のインターはともかく、ミツルは人間ではないと」

「おまっ。なにをどうとらえたらその結論にたどり着くっ」


 一方、ナユもまた斜め方向の思考の持ち主だった。


「分かったわ。おなかが空いているのね? 仕方がないからご馳走してあげるわ」


 怒りっぽいのは腹が減ってるからだ、という迷言を発したのは、アヒムだったか。

 ナユの一言に、三兄弟のお腹がぐぅ~っと盛大に鳴った。三人は同時にお腹を押さえた。


「そういえば、朝に食べたきりだったな」

「昼前にカダバーが森で作業していたオレたちのところにやってきて『アヒムが動く死体になった!』だもんな。それから村は大騒動だ」


 そこでナユは疑問を抱いた。


「兄さんたちはお父さんと別々だったの?」


 ウィータ国は大まかに分けると、農業に従事する人と、放置していると増殖し続けて畑や村、町に侵食してくる森の木を伐採して回る人といる。

 ヒユカ家の男たちは代々、コロナリア村周辺の森の木を伐採して回る仕事に従事していた。

 生長した木は重たいので、複数人で組んで森に入って木を切っていく。

 アヒムたちはカダバーを頭として組んでいたはずだ。


「いつもはな。だけど今日は、カダバーが折り入って相談があるといって、別行動だったんだ」

「そーだん?」


 カダバーは見た目通りに体力も力もないので、森を見て回ってどのあたりをいつ、どれくらい伐採していくかという計画を立てる役を担っていた。切り倒した木の売買も彼が担っていた。


「二ヶ所、似たような生長具合だけど、現場が離れているから、どちらを優先させた方がいいかというの見比べて決めようと言っていたな」

「そういうことって今までも?」

「あったな。オレは村から遠いその二ヶ所よりも、ここの広場横の木を早いところ伐った方がいいと言ったんだが、聞き入れられなかった」


 バルドがしかめっ面をして、闇に沈み込んでいる木々へと視線を向けた。そこはナユが出てきた辺り。


「あれ? 広場って森から遠かったよね?」

「そうなんだよ。カダバーは最近、まだ伐らなくてもいい森の木を優先していて、村の周りを疎かにした結果がコレだ」


 今はうっそうと木々があるが、木が生えてくる前はこの辺りになにがあったかナユは思い出せない。

 未だに組み紐が絡まったままのナユは首を捻ったが、紐に阻まれて首は動かなかった。

 そろそろ解いてもらわないと、かなり苦しい。

 ちらりと視線だけ動かすと、ミツルがこちらをじっと見ていた。


「ちょっとミツル! ぼんやり見てないで早く解きなさいよっ!」

「やだね。解いて欲しいのなら、『ミツルさま、お願いします』と言え」


 まだこの人はそんなことを言っているのかとナユは呆れたが、どちらにしてもこのままではなにもできない。


「ぐぬぬぬぬ……」


 本当にインターなのか分からない疑惑の持ち主相手にナユ自ら媚びを売るようなことを強いられ、自尊心は葛藤していた。

 この惨めな格好のままずっといるのと、一瞬で済む一言で自由を手に入れるのと、どちらが比重が重たいかである。

 ナユは悩み……答えはすぐに出た。


「分かったわ。これを解いてくれたら、ヒユカ家の素晴らしい夕飯に招待してさしあげてもよろしくてよ」


 いつもならおーっほっほっほっと高笑いを付けるところだが、やはりさすがのナユでも衝撃は大きかったようだ。

 今の申し出だって、ナユにとってはものすごく譲歩した結果だ。

 それなのに。


「夕飯を出すのは当たり前だろう。おまえの家が俺を呼んだんだろう?」

「うっ……」


 言われてみればそうだ。

 バルドから「インターとともに戻れ」という手紙が送られてきたから、ナユはインターの本部へ駆け込んだのだ。


「だけどっ!」


 別口でインター本部へコロナリア村に動く死体が発生したという報告は入っていたのだ。ナユが動かなくても結果的にはミツルはここを訪れていたはずだ。


「わたしが本部に行かなくても、ミツルはここに来てたでしょ?」

「そうだが。おまえの家族が動く死体になったのだから、請求先はヒユカの家だ。よって結果は同じだ」

「ぐぬぬぬっ」


 屁理屈をっ! と地団太を踏んだが、それはナユも一緒だ。

 しかし同じように屁理屈をこねても、ナユたちが絶望的に不利であった。


「俺は腹が減った」

「う……」

「ほら、早くお願いしろよ」

「いっ、嫌よっ! なんであんたに『さま』をつけないといけないのよっ!」

「悩むのはそこなのかっ?」


 ナユはぐるるるとうなり声をあげ、ミツルを威嚇した。

 最終手段としては、もったいないけれど組み紐を切るしかない。

 ナユはそんな覚悟をして、ふんっとミツルから視線を逸らした。


「村人全員が動く死体になってもいいんだな?」


 ミツルの脅し文句にナユは躊躇したが、すぐに眉間に力を込めてにらみつけた。


「人でなし!」

「人ではないからな」

「ミツルの○○○ぴーなんてっ! △△△ぴーくて□□ぴーいくせにっ!」

※不適切な表現がありましたので伏せました※


 ナユの口からは乙女が口にしてはならない単語が飛び出した。

 三兄弟はいつものことらしく平然としていたが、ミツルは驚いて目を見開いた。


「わたしをただの美少女だと勘違いしないでよねっ!」

「自分で美少女っていうか?」

「ミツルよりはマシよ! 事実! ナユと書いて、比類なき美少女と読む!」

「読みのが長くないか?」

「じゃあ、比類なき美少女の読みが」

「もういい。俺は疲れた。帰る」


 ミツルはがっくりと肩を落とし、ナユたちから離れようとした。


「待ちなさいよっ! 苦しんでるお父さんを助けてくれないのっ?」

「……金は?」

「あるわけないでしょ! お母さんの薬代も返し終えてないのに」


 ナユが村を出てクラウディアの元で働いているのは、母が生前に飲んでいた薬代を返すためだ。

 毎月少しずつしか返せてないが、ようやく半分の返済が済んだところだ。


「割引、値引きは一切しないぞ」

「交渉の余地なし?」

「即金だったら百万フィーネ。これでもかなり妥協してる。これ以上は安くできない」

「守銭奴!」

「ああ、守銭奴で結構! 本部を建てるのに金を借りたからな」


 そこでふとナユは疑問に感じた。


「国は作ってくれなかったの?」


 だから素直に聞いたのだが、ミツルは凶悪なくらい唇を持ち上げ、ナユを見た。


「国が?」

「うん、国が。だってインターがいないと、わたしたちは困るでしょう? 国はインターを保護してるって聞いたわ」

「ふーん。保護、ねえ?」


 ミツルの笑みはますます深まったが、ナユは寒気を覚えた。

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