05
しかしそんな関係も、甲高い声のガキがやってきたことで崩れてしまったようだ。
「なーんか知らないけれど、急に自警団員が半分くらい入れ替わったんだ」
「入れ替わった?」
「そう。いなくなったのはオレたちみたいな悪いこともやってるけど自警団を助けてもいるらしいからお目こぼししてくれていたようなヤツらばかりだった」
「それはまあ、当然だろう? 自警団としての役割を果たしてなかった」
「オレたちも最初はそう思った。だからやりにくくなるから町を移ろうかという話も出ていたんだが……どうもそうではなさそうだということに気がついて、離れられなくなった」
事情が事情で仕方がなくならず者になってしまったベルジィとアグリス。お人好しな部分も大いにありそうだと思っていたが、本当にそうだったのだろう。
「いつも情報を流してくれる自警団員もやっぱりいきなりいなくなった。あいつが挨拶もなく急に消えるのはおかしい。だからどこに行ったのか探ったんだが、ぷつりと足取りが消えていたんだ」
「……消えた?」
「そう。まるで死んでしまったかのようにいきなりだ」
「…………」
だけど、とベルジィは続ける。
「人が死んだら死体になる。土に触れると動く死体になるから一刻も早く地の女神の元へ送るためにインターが呼ばれる。だけどあの甲高い声のガキはインターは要らないといい、町にインターが立ち入ることを禁止した」
「……禁止? しかし、インターはインター自身も自分がインターだと分からない。それをどうやって区別しているんだ」
そのことについてはミツルもずっと不思議に思っていた。ユアンのようにインターが分かる手段を持っているのかと思ったが、そうでもなさそうだった。
「あいつら、インターが分かるという石を持っているんだ」
「そういえば前にもそんなことを言っていたな」
「インターが側を通ると赤く光る石が北門と南門にはめられていて、それに反応した者は町に入れないか、あるいは捕らえられて……それから先の行方は知らない」
ミツルはユアンに視線を向けた。ユアンはそれを受け、首を振った。
「インターにとってよくない町だから近づかないようにという話は耳にしましたが、詳細は初めて聞きました」
「……その赤い石ってのは、おまえたちは見たことがあるか?」
「近づくと危険だというのは知っていたから、遠目でしか見たことはない」
「……どうにかしてその石、手に入れられないか」
「は?」
ミツルの一言にベルジィとアグリスはあんぐりと口を開けた。
「どうにも納得がいかないんだ。俺たちインターは死体があって初めて自分も周りもインターだと知る。それなのに死体ではなく石でインターかどうか判明するなんて、おかしくないか」
「おかしいけれど……」
「よし、おまえたちに任務を与える。サングイソルバは勝手が分かるだろう? どうにかして一つでいいからその石を手に入れてこい」
「……アニキ、なんすかその無茶振り」
「自警団以上に俺たちも人手が足りないんだ。これからインターを増やして各地に配置しようとしているのに、そんな変な石のせいでインターを減らされたらたまったもんじゃない。それに、もしも本当にその石がインターを判別するものであるのなら、隠れているインターを探して保護するのに最適だろう」
「そうっすね。……でもアニキ、一つ問題があるのに気がついているか」
「おう、なんだ」
「その石、インターを判別する石っすよね」
「おう」
「インターがその石を持って判別するって、可能なんすかね」
「……あ」
肝心なことに気がついていなかったミツルはベルジィの一言に思わず笑った。
「確かにそうだ! インターがインターを探すのにその石は使えないのか!」
今現在はインター本部にはナユを除いて全員がインターだ。ナユのようなインターではない人員を確保する必要がやはりあることに気がついたが、そんな物好きは……。
「……物好きはいるが、しかし」
「どうかしました、ミツル?」
ナユを連れて実家に行ったとき、ミツルの父・クロス・アランが手伝いを申し出てくれたことを思い出した。そのときは自分の父を危険にさらすなんてと思ったが、ちらりとこれは使えるかもしれないと思った後、駄目だと頭を振った。
いくら情が薄いとはいえ、自分の父である。自分が今まで遭ってきたひどい目に遭わせるなんて、とてもではないができない。
「ともかく、だ。その石を一つでいいからどうにか手に入れてきてほしい」
「……分かった」
ミツルはふと窓に目をやると、すっかり暗くなっていた。
「すっかり日が暮れてしまったな」
「そうですね」
「今日は要請がないようなら、これで終わりにしよう」
とミツルがそう口にした途端、階下から人の訪れを知らせる音が鳴り響き、思わず全員が顔を見合わせた。
「しかし、今日はインター出動要請が多いな」
「インターの本部ができたというのは徐々に広がっています。これから要請は増える一方ですから、それに対応できるようにインターを増やさないといけませんね」
それは危急の課題となっていることであったが、思う以上に進んでいなかった。やらなくてはならないことが多すぎて気が滅入りそうになったが、ミツルは小さく首を振って、気持ちを入れ替えた。
「おまえたちは休んでいいぞ」
「いやしかし」
「ベルジィとアグリスは明日になったらサングイソルバに赴いてもらって石を手に入れてもらわなければならない」
「へい」
「ミチとユアンは書類の点検を引き続きやってもらいつつ、ここで待機して出動要請があれば対応してもらうことになる」
「はい」
「ノアも待機だが、要請があれば出動してほしい」
「はい」
「俺も要請に対して出動はするが、少し気になることがあるから、明日は朝から城に行く。だから下に来ている要請には俺が引き受けてくる」
ミツルは指示を出すと、すぐさま階下へと向かった。
*
ミツルが正面玄関へと続く階段を降りる途中で、階下の呼び鈴を押した人物がだれか分かり、立ち止まった。
こんな時間にも関わらずやってきたその人はミツルを見つけると笑みを浮かべた。
「突然来て、申し訳ない」
「……いや、それはいいんだが」
数日前に別れたばかりのミツルの父であるクロス・アランがそこに立っていた。
彼がここに来たということは、家族のだれかに不幸があったのだろうか。
そんな嫌な予感に、ミツルはゆっくりと階段を降りた。
玄関の広間に降り立つと、アランがミツルの元までやってきた。見上げなければ顔を見ることができなかったアランを見下ろすような形になることを知り、ミツルは複雑な気分になった。
まるで鏡に向かって話しかけているような妙な気分になりながら、ミツルは口を開いた。
「アラン殿、忙しい中、どうされたのですか。伝言鳥でも送ってくれればこちらからうかがったのに」
「……相変わらず他人行儀だな、ミツル」
ミツルによく似た顔に苦笑を乗せ、アランはミツルを見た。
「それとも、なにか起こったのですか」
ミツルのその質問にアランは首を振り、それから辺りをぐるりと見回した。
「なかなか立派な建物を建てたな」
「え……あぁ、金を工面していただいたおかげで」
「それにしても、あの金額では王都の一等地にこれだけの建物を建てることは難しかっただろう」
アランの質問に、ミツルは目的が分からず戸惑ったものの、正直に事情を説明することにした。
「ここの土地は国から無料で貸与してもらっているのです」
「ほぅ、なるほど。土地には金はかかっていないと」
「そういうことです」
ミツルの答えに、アランは企みを含んだ笑みを浮かべた。




