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01

 ミツルの百万フィーネの一言に、ナユは乾いた笑い声をあげた。


「あらやだ、今度は聞き間違いかしら? 百万フィーネって聞こえたけど、百フィーネよね?」


 ね、と念押しするようにナユは三人の兄に視線を向けた。

 兄三人、戸惑ったように顔を見合わしているだけだった。


「まあ、いいわ。慌てて出てきたから手持ちがないけど、わたしが髪留めにしている組み紐は店で二百フィーネで売ってるの。あ、いいのよ、百フィーネの倍だっていいたいんでしょ? しかもわたしがしていたからちょっと価値が高まっちゃってるけど、さあ、遠慮しないで受け取って。もちろん、おつりは要らな」

「いらん。現金しか受け付けない」

「まあ、贅沢ね! わたしの信奉者に売りつければ、四百フィーネは」

「百万だ、百万」

「それなら、わたしの信奉者に百万で売りつければ」

「即金で百万だ。分割にするのなら利子を付けるぞ」

「ほら、はいっ」


 ナユはミツルの言うことを聞かず、組み紐をほどいた。薪がナユの金色の髪をきらりと光らせた。


「遠慮しないで受け取って。さあ、これで」

「返す。使用済みなど要らない」

「使用済みだなんて、失礼な言いぐさね! わたしが使ったことで価値が上がってるのよ?」

「それで。金は払えるのか?」


 ミツルのその言葉に、さすがのナユも口を閉じた。

 組み紐を手にしたまま、ナユは金色の髪をなびかせて三人の兄の元へかけつけた。


「ねえ、あれが守銭奴ってヤツ?」


 ナユはこっそりと呟いたつもりだったが、ミツルにはしっかり聞こえていた。

 ミツルの頬がひきつる。


「しっ、ナユっ。もう少し声を小さくっ」

「あ、ごめんなさい。……で?」

「なんともいえないが……」

「ねえ、インターに埋葬を頼むのに、お金ってかかるものなの?」


 ナユの疑問に、兄三人は同時に首を傾げた。


「知らないが、去年の母さんの時に親父はなにも言っていなかった」


 うーんと四人で唸りしばし考えたが、答えが出るわけではなかった。


「そもそもインターと名乗っているが、本物なのか? 円匙えんしを持っているように見えないが」


 四人の視線が一斉にミツルへと向かった。

 ミツルは不機嫌な表情で四人を見据えた。


「外套の下にある?」

「うーん……。しかしなあ、母さんを埋葬したインターは外套の上に円匙を背負っていたよな」

「だよなあ」

「じゃあ、あのミツルとかいうのはインターではない?」

「だけどイルメラさん、あいつにぺこぺこ頭を下げていたぞ」

「イルメラさんってだれだよ」

「ここに常駐するようになったインターだよ」

「おまえ、いつの間に仲良くなってるんだよ!」

「ふふーん、いいだろう!」


 兄三人、筋肉馬鹿だと思っていたが、どうやら長兄のバルドに遅い春がやってきた……らしい?


「イルメラさん、笑うと八重歯が見えてかわいいんだよなあ」

「茶色い癖毛もいいよな」

「碧い瞳もすてきだ」


 三兄弟して常駐インターであるイルメラのことをほめそやしていた。

 仲間外れになったナユは面白くない。

 ミツルに代金として渡そうと思っていた組み紐は必要なくなったみたいなので、髪をまとめて結ぼうとしたのだが……。


「ナユっ?」


 組み紐はナユの顔に巻き付き、こんがらがった。

 悲しいほど不器用なことを忘れていた。

 兄三人、あわててナユにからみついた組み紐を外そうとして……。


「…………」


 さらにこんがらがってしまった。

 それを見たミツルは、盛大なため息をついた。


「……不器用だな」

「ちっ、違うわよっ! ちょっと失敗しただけじゃない」


 不器用だということを認めないナユにミツルはもう一度ため息をついた。


「ほどいてやる」

「いっ、いいわよっ! いつも一人でやってるんだからっ!」

「指まで紐に絡まっているのに?」

「うっ……」

「ほらほら素直に『ミツルさま、ほどいてください』って言えよ」

「…………」


 ナユは思わず白い目でミツルを見た。

 変なヤツとは思っていたが、ここまでだったとは。顔はいいのに中身は残念のようだ。

 ますますナユの中での評価が下がった。


「ふんっ、あんたの助けを借りなくてもっ」


 といいつつも、ナユは兄三人に助けを求めるように視線を向けたのだが、思いっきりそっぽを向かれてしまった。


「えええっ! 助けてくれないのっ?」

「ナユ、悪いがオレたちでは助けられないみたいだ」


 無情な言葉に、ナユは本気で涙目になった。


「だって、こんな男に頭を下げるなんて嫌よ!」

「だけど……」

「さーってと、本部に帰るかな」


 そう口にして歩き出したミツルにナユは慌てた。


「っ! 本気で言ってるのっ? あんた、それでもインターなのっ?」


 ミツルは足を止め、ナユに背を向けたまま口を開いた。


「俺は埋葬士だ。だれかが亡くなったら、動く死体にならないようにして亡骸を埋葬する」

「それなら……!」

「俺たちインターが相手にするのは『動かない死体』だけだ」


 ナユは髪の毛と指に組み紐が絡まったなんとも情けない格好のまま、ミツルに詰め寄った。ミツルはナユたちに背中を見せたまま動かない。


「じゃあなんでっ、ユアンから動く死体が出たと聞いて、ここに来たのよっ!」

「そんなの決まってる。商売になるからだ」


 ナユにとって予想外の言葉に言葉を失った。


「だれもが動く死体を畏れる。そしてだれも動く死体に挑めない」


 しんと静まりかえった。


「しかも今回はルドプスになってしまっている」


 そういえば聞いたことのない単語を先ほども口にしていたが、なんのことだろう。


「ルドプスってなんだ」


 疑問に思ったことをクルトが質問してくれた。


「死体には三段階ある。動かない死体。次がなんらかの原因で土に触れてしまって動かない死体から動く死体になる。そして動く死体が生きている生物を殺すと……ルドプスになる」


 言われた言葉が衝撃すぎて、ナユには意味が分からなかった。


「こ……ろす?」

「そう。動く死体には生前の記憶はない。あるのは破壊衝動だけだ。動く物を見たら、本能の赴くままに壊す」

「こ……わす?」

「そう。生きた人間の身体だろうが、動物だろうが、動く物はなんでも壊す」


 森で会ったアヒムが本当に動く死体だったのなら、ナユが動かないでいたので襲ってこなかったということか?

 もしもあそこでアヒムに飛びついていたらどうなっていたのだろうか。

 その先を考えて、背筋がぞっとした。


「動く死体に出会ったら、動かないことだな」

「……初めて聞いた」

「だろうな」


 ミツルはそこで口を閉じ、身体を反転させた。


「動く死体への助言代をもらいたいところだが、まあいい。そういうことだから、俺は帰る」

「なに言ってるのよ! あなた、インターなんでしょっ! お父さんをなんとかしなさいよ!」

「さっきも説明しただろ。俺はインターだが、本来の仕事は死体を動く死体にしないように埋葬することだ。動く死体は範囲外だ」

「じゃあ、だれが動く死体をっ……」

「さあな。だれもいないな」

「…………」


 動く死体が恐れられるのはその凶暴性もだが、もう一つ理由がある。それは動く死体に殺されると、殺された側まで動く死体となるのだ。

 一度動く死体が発生すると、なにも対処しなければ、小さな村ならすぐに全滅となる。

 だからこそ人々は、神の力を宿した土を畏れているのだ。


「そんな無責任なことを……!」

「それはこちらが言いたい。おまえたちはインターがどうやって生きているのか知っているのか? 俺たちだって生きている」

「そーだけどっ!」

「生きて行くにはなにが必要か、分かるよな?」

「……お金?」

「そうだ」

「そんなっ」

「あのな。インターって仕事は慈善事業じゃあやってけないんだよっ!」



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