03
ミツルはユアンの呆れた表情にどうしてそんな反応が返されるのか分からず、しかめっ面をした。
「もしかしなくても、推理小説を読んだことは」
「あるように見えるか?」
ミツルの質問にユアンは小さく首を振り、推理小説とはというのを簡単に説明して聞かせた。
「謎が提示されてそれを解いていくと自ずと犯人が分かる、と。コロナリア村で似たようなことならしたな」
「……ミツルが探偵役? ありえませんね」
「悪かったな」
ミツルはむっとした表情をユアンに返したが、それは流された。
「そのときのことを例に話を進めましょうか。コロナリア村で動く死体が発生しました。私も呼ばれて行きましたけれど、犯人には結局、会っていません」
「……会っていないのか?」
「会うどころか、姿さえ見てないと思います」
雨の降る日の夜と翌日の朝にユアンは外に出ていた記憶があるが、カダバーは森の中からでた様子はなかった。しかしユアンが森に一歩も入っていないかというとそれはなく、しかもあのときは四体もの動く死体があったにも関わらず、それにも遭遇しなかった。
「コロナリア村に着いた時点で会っていたら……と悔やまれて仕方がありません」
「そうか、動く死体が三体発生して俺一人の手では余ると思ったから呼んだんだよな」
コロナリア村での出来事はあまりにも目まぐるしくて、なんだか遠い過去のことのように感じる。
「とはいえ」
ユアンはふっと息を吐くと、自嘲気味に続けた。
「あのときに犯人に会っていたとしても、証拠はなかったので糾弾はできませんでしたね」
「なんでた? だって紫色の光が見えるんだろう?」
それって立派な証拠にならないか、とミツルは首を傾げたが、ユアンは首を振った。
「私以外には見えないですし、たとえ紫色の光をまとっていたとしても、いつからそれをまとうようになったのかまでは分からないのです」
「……確かにそうだな」
「だから私は犯人が分かっても、犯人の動機も証拠も分からないのです」
「そんなの、犯人を捕まえて白状させれば」
「ミツル」
ユアンはミツルの言葉を遮り、大きく首を振った。
「だれもが素直に白状するとでも思っていますか」
「……そうだな」
「ただ、幸いなことに、この国では人を殺した場合、その身に紫色の光をまとい、それは死んでも消えない」
「死んでも罪からは逃れられない、と」
「えぇ」
二人の間に静寂が訪れた。
隣の部屋からは物音さえ聞こえない。ミツルはいつのまにか寄りかかっていた窓の外を見て、ちょうど夕焼け空が目に入った。
「……話が逸れましたが、ラディクのことに戻りましょう」
「そうだったな」
どうしてここへやってきたのか半ば忘れていたミツルは、ユアンの言葉にうなずいた。
「インターはミツルを除いて黄色い光をまとっています」
「また俺は外されるのかよ」
「そういうのなら、金色も黄色のより濃い色という位置づけにしてあげましょう」
「……ぉ、おう」
「そして、紫色は罪を犯した色、あるいは魔族です」
「……魔族っていうけどよ」
「はい」
「ユアン、おまえは見たことがあるか?」
「いえ」
ユアンの返事にミツルは唸った。
「神だの女神だの、いるかいないのか分からないのと同じ存在だと思っています」
「ふぅむ」
「それで、ラディクなのですが」
「あぁ」
「彼は赤い光をまとっているのですよ」
「赤?」
「赤……というか、黄色いのですが赤っぽいのです」
「……まったく分からないんだが」
「そうですね、日が沈む時の色、といえば分かりやすいかもしれません」
「あぁ、黄色というより赤っぽい色だな」
ミツルはもう一度、窓の外を見た。赤く染まった空を見て、ラディクはあんな色をまとっているのかと思うと、なんだか不思議な気分だった。ユアンの言っている色がなんとなく分かったところで、ミツルは眉間にしわを寄せた。
「……ん? 黄色い、……んだよな?」
「黄色いですけど」
「それのどこに問題が?」
「私は何人ものインターを見てきましたけれど、そんな色をしているインターは初めて見ました」
「一人もいない?」
「はい」
ユアンがどれだけのインターを見てきたのか知らないが、ミツルのように力が強くて濃い色をしているだけという可能性はないのだろうか。
「単純に力が強いだけじゃないのか。ラディクもおまえの目を見ても平気そうだったし」
「そうかもしれませんが……どうにも引っかかるのです」
「分かった。気に止めておこう」
ミツルはそう告げると話は終わったと判断して、窓から離れた。
「ラディクは」
「はい」
「リティラに常駐させようと思っている」
「リティラというと、彼の産まれ育った村ですか」
「そうだ」
「……ご両親はともかく、周りの人たちは彼がインターだと知らないのですよね」
「そういう話であったが、だが、あの団長のせいで村人たちに知られてしまっただろうな」
村長夫妻の話では、ラディクがインターだと分かったが、それを隠して今まで育ててきたと言っていた。
「リティラはインターを常駐させようと候補にしていた村です。そこに村を知っているラディクを配置するのは構わないのですが……それもどうにも引っかかるのです」
「どうしてだ?」
「人々はインターを毛嫌いしています」
「それは痛いほど分かっている」
「インターであるということを隠していた、というのはラディクにとっても、村長にとっても痛恨の一撃になりませんか」
そう言われ、ミツルはしばし黙り込んだ。
リティラで死亡者が出た時点で本部に連絡をしてきたということは、インターに少しは好意的であるのだろうとミツルは呑気に考えていたが、しかし、よくよく考えると、あのまま放置しておくと、万が一にも土に触れた場合、動く死体になって村が全滅する可能性があるのだ。だからそれを避けるため、本部に連絡をしてきたとも考えられる。
村長がイルメラに好意的だったのは、自分の息子もインターだったからだ。ミツルをイルメラのいるところに案内してくれた村人からもひどい言葉を投げられたりしなかったのですっかりリティラはインターに好意的だと思っていたが、全員がそうだとは限らない。
たまたまインターに好意的な人たちに出会っただけということだってあり得るのだ。
「……また村人たちの前で演説をしないといけないのか、俺は」
ミツルは何度かやったことのあることを思い出し、げんなりとした表情を浮かべた。
それを見たユアンは、にやにやとした人の悪い笑みを浮かべた。
「そういえば、ミツルが演説しているのを彼女はまだ見てないんですよね」
ユアンのその言葉にミツルはぴくりと反応した。
ナユが消えたことをこのドタバタで後回しになっていた。しかしたまに綻びが生じるのか、こうしてナユが存在しているという細い証がひょっこりと現れる。
ミツルは、彼女とはだれだ、名前を言え、といいたいのをぐっとこらえ、ふっと鼻で笑った。
「恥ずかしすぎて見せられないな」
「それではぜひ、一番前の特等席で見てもらいましょう」
やはり、ナユは存在している。だけどなんらかの力が働き、隠されている。
この力が働いているということは、ナユは生きている。
ミツルはそう確信を持って、笑った。
「リティラでの様子を探ってからだな、ラディクの扱いは」
「そうですね、それがいいと思います」
「ラディクは当分、俺がつきっきりで指導にあたる」
「ミツルに指導ができるのですか」
「……これでも祖父に色々と教えられた身だからな。教えることはできると思うぞ」
ラディクの当面の扱いが決まったところでミツルとユアンは部屋を出て、事務室へ戻った。
そこには、城から戻ってきたベルジィとアグリスがいた。彼ら二人はどうやらミツルを待っていたようだ。
「慣れない城に行かせて悪かったな」
ミツルの口からそんな言葉が出てくると思わなかったらしいベルジィとアグリスは、何度も瞬きをしてからミツルを見た。
「……なんだよ、俺がねぎらいの言葉を口にしたらいけないのか」
「あ……いや、アニキって意外にも気を遣う人なのかと知って驚いただけで……」
「ご苦労。……これでいいか」
「そっちのがアニキらしいな」
ベルジィのその言葉に、ミツルは大きなため息を吐いた。




