01
重苦しい空気の中、ミツルはイルメラと村長の息子とともに団長を探すために村を出た……まではよかった。
ミツルは二人を連れてしばらく歩いた後、ふと立ち止まった。
村長の息子とともに無言で並んで歩いていたイルメラは同じように立ち止まり、それから声をかけた。
「本部長?」
「……勢いで出てきたが、どこに行けばいいんだろうな?」
「は?」
ミツルはくるりと身体を反転させ、イルメラと村長の息子に視線を向けた。ちなみに未だにフードは被ったままだ。
「その前に、少年。おまえの名前をまだ聞いてなかったな。俺はミツル、彼女は」
「イルメラよ、よろしくね」
イルメラは名乗りながらここでようやくフードを取った。茶色の少し癖のある髪の毛がふわりと風に舞う。
それを見た村長の息子は惚けたように口を開いてイルメラを見た。それからミツルへと視線を向けたが、ミツルはフードを被ったまま。
村長の息子はしばらくミツルを見ていたが、動く様子がないことに、そういえば今、自己紹介をしているところだったと気がつき口を開いた。
「ラディク、です」
村長の息子──ラディク──の名乗りに、ミツルはようやくフードを取った。短く切られた灰色の髪はかたく、風に吹かれてもそよともしない。
ミツルから灰色の鋭い瞳で見つめられ、ラディクはひきつった笑みを返した。
「そういえば」
となにか気になったらしいイルメラはラディクに視線を向けて不思議そうに首を傾げた。
「あなた、荷物を持ってきていないようだけど、着替えはどうするの?」
イルメラの一言にミツルとラディクは顔を見合わせた。
ミツルはラディクを連れては来たが、彼のこれからの身の振り方に関しては改めて両親と話し合いが必要だと思っていた。
悲しいかな、インターだと判明すれば、たいていの場合は有無を言わせず村や町から叩き出される。温情がある場合には当面の着替えなどは持ち出すことは出来る。村長夫婦の反応を見て、イルメラはラディクは後者だと判断したのだろう。
今回のラディクに関しては、珍しく両親が良心的であったし、このまま帰ることが出来ないということはなさそうだ。場合によってはラディクは村に残って周辺のインター要請に応えてもらうというのもありかもと考えていた。
「叩き出されたわけではないし、彼の身の振り方はご両親に改めて相談するつもりだ」
ミツルがそう言うと、イルメラは驚いたように目を見開いた。
「この辺りの村にはまだインターはいないからだれかを配置する予定でいた。不慣れな者よりもよくわかっているラディクが村に残ってインターの役割を担ってくれると助かる」
ミツルの言葉にイルメラは涙ぐみ、それからラディクの手を取るとぶんぶんと思いっきり振り回した。
どうしてそんなことをされるのか分からないラディクは目を丸くしてイルメラにされるがままだ。
「そうよね、理解のあるご両親ですもの、そうなるのが一番よね!」
イルメラは語らないが、彼女も他のインターと同じくインターだと判明した途端に輪の中から強制的にだされたのだろう。
そんなインターがひとりでも減ればいい──とミツルはガラにもなく願った。
「とりあえず、だ」
未だラディクの手を振り回しているイルメラをたしなめつつ、ミツルは口を開いた。
「かかっても日が沈むまでに済むだろうと思ってなんの準備をしてこなかったんだが」
そう言って、ミツルは空を見上げた。
少し雲はあったが、それでも空は見えて、視界の端に陽が見えた。
インターの本部に連絡があったのはお昼過ぎ。本部から──。
とそこまで考えて、そういえばもう一件、依頼が来ていたことを思い出した。
オフィキナリスにノアを派遣していた。もしかしなくても、そこにもあの団長が現れた可能性が高い。ノアは団長と遭遇して大変な目に遭ってないだろうか。
そこまで考えたものの、ミツルが向かったシニクスとイルメラが赴いたリティラはそれほどの距離がなかったから簡単に行き来ができたが、オフィキナリスは本部を挟んで反対側になる。
いや、逆だ。
団長がいるサングイソルバからオフィキナリスは近い。そこで死体を回収して、シニクスに向かった、と考えれば不可能ではない。
となると、ノアは団長とは会っていないだろう。そう思うとホッとしたが、釈然としない。
そもそも団長はどうして死体を手に入れる必要があるのだろうか。
その前に、シニクスとリティラで団長が死体を盗んでいったが、オフィキナリスでも同じように盗んでいったとは限らない。
そのことも確認したかったので、ミツルはラディクを連れて一度、本部に戻ることにした。
ミツルはそう決めると、ラディクに向き合った。
「ラディク、一度家に戻って……ん?」
ラディクの後ろ、先ほど出てきた村からだれかが走ってくるのが見えた。ミツルのいぶかしげな視線に、ラディクとイルメラは振り返った。遠くてよく見えないが、女性のようだということは分かった。
「え……母さん?」
ラディクの呟きに、ミツルとイルメラは思わず顔を見合わせた。
インターだと判明すると、普通は共同体から追い出される。そうやって追い出された人を追いかけてくる人はほとんどいない。
三人は動くことが出来ずにそのまま立ち止まっていると、息を切らせた女性がたどり着いた。女性は大きな荷物を担ぎながらここまで走ってきたようだ。まさかついて行くというのだろうか。そんなことを思っていると、ようやく息の整った女性は口を開いた。
「ラディク、どうしてあなた、なにも持たないで出て行くの!」
「あ……うん」
ラディクは特になにも考えないで勢いのままミツルに着いてきたため、そういわれても困る。
「わたしたちはあなたを追い出す気があるわけではないわ。でも、しばらくは帰れないでしょう?」
「そうかもしれない」
「まさか着の身着のままのつもりなの?」
「いや……なにも考えてなかった」
と伝えれば、ラディクの母らしい女性は目をつり上げた。
「もうっ! ほんっと、その考えなしのところがあの人とそっくりね! ほら、三日分の着替え、これを持って行きなさい! あと、すみません、ご挨拶が遅れまして、ラディクの母です。いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、ラディクを頼みますね。ラディク、用事が済んだら帰ってくるのよ!」
女性は言いたいことを一気にまくし立て、それからミツルとイルメラに頭を下げると、二人の返事を聞くことなくきびすを返して去っていった。
なんとも忙しい人だとミツルは思ったが、隣に立つイルメラはなぜか涙目になっていた。
「帰ってくるのよって……言ってくれた」
それがどれだけすごいことなのか、ラディクはよく分かっていないようだったが、ミツルは他のインターより恵まれた環境で育っていたけれど、それが奇跡に近いと分かっていたので、イルメラにつられて少しだけ涙が出そうになった。




