03
ミツルはユアンをにらみつけながら、口を開いた。
「おまえはなにを知っている、ユアン」
ミツルの鋭い視線を受け、ユアンは視線を逸らした。それから眼鏡を外して机に置き、ミツルたちに背を向けた。
「少しの間、昔話に付き合ってもらってもいいですか」
「……あぁ」
ユアンがなにを話そうとしているのか分からなかったが、今回のこの件と関係がないのにユアンがそんなことを言わないだろうと思い、ミツルは承諾した。
「ミツルは私と出会ったときのことを覚えていますか」
「覚えているもなにも、ほぼ裸同然の恰好で道ばたに落ちてたんじゃねーかよ。忘れられるかっつーの」
「ですよね。どうして私がそんな恰好で道に倒れていたのか、分かりますか」
「わかんねーよ。聞かなかったし、そんなのはどうでもよかった」
「あなたらしい答えですね」
ユアンはミツルの答えに少しだけ笑い、続けた。
「私の両親は、二人ともインターだったのですよ」
「それは初耳だな」
「ええ。初めて話します」
ユアンは俯いて、それから深呼吸をすると口を開いた。
「私の両親は小さな村に生まれました。歳も近く、仲良くいつも一緒にいたそうです。将来を誓い合っていたということですから、とても仲がよかったみたいですね。ところが、二人がいくつの時かは知りませんが、村でだれかが亡くなり……二人はそこで初めてインターだと判明して、まあ、よくある話で、村から追い出されました。だけど二人は手に手を取って生き延びました」
片方だけがインターだったというわけではなく、二人だったのが幸いだったのかもしれない、とユアンはぼそりと呟いた。
「あちこちを放浪して、ようやく森の奥に落ち着いて過ごせそうな場所を見つけました。そこで過ごしていくうちに、若い男女でしたし、お互い、将来を誓い合ったほどの仲です。自然と身体を重ね、私が生まれました」
それは自然な流れだったとユアンは言う。
「生まれてすぐ、私もインターだと分かったんですよ、残念なことに」
「俺はてっきり、あの出会った時にインターだと判明してぼこぼこにされたのかと……」
「そう思われても仕方がない状況でしたけど、違うんです」
ユアンは顔を上げると、目をきつく閉じた。
「両親と三人、穏やかに過ごしていました。だけど、愚かな私はその穏やかさが嫌だったんです」
「まあ、分からないでもない。俺も祖父と二人きりでそんな感じだったからな」
「私は両親の目を盗んで森から出て、近くの村に行ったんです。初めて見る両親以外の人たち。嬉しくて、村に飛び込もうとしたんですが……様子がおかしくて、そこで気がついて森の家に戻っていれば良かったんです」
「死体に遭遇したか」
「ええ。その通りです」
「自業自得……だな」
「まさしくその通りです。インターだと大騒ぎされて、私を探しに来た両親もインターだとばれて、それからはご想像の通りです。ようやく見つけた安住の地を私は壊し、だけど両親は特に私を咎めるわけでもなく、逆に申し訳ないと言われ……私はどうすればいいのか分かりませんでした」
「馬鹿者! と叱られた方が楽だよな、こういう時は」
「なんですか、ミツル。あなたも同じような目に?」
「遭ってるに決まっているだろう。おまえよりやんちゃな俺が大人しくしているように見えるか?」
「……いえ」
そういってミツルは胸を張ったが、そこは自慢するところなのか? と他の人たちは思ったが、だれもつっこみを入れなかった。
「……なるほど、だれかに突っ込まれるのを待っていて、だれも突っ込んでくれないむなしさってのを初めて知った」
つい最近、ミツルはナユに同じようなことをしたことを思いだし、思わずぼそりとそんなことを呟いた。
「私たちは落ち着いて暮らせる場所を探しました。そうしてまた、同じような森を見つけて、暮らし始めました」
ユアンは淡々と話しているため、それがどれだけ大変だったのかは想像もつかない。とはいえ、どうしてインターだというだけでそれほどの迫害を受けなければならないのか、幼いユアンには分からなかった。
「ようやく得た安住の地。だけど愚かな私はまたもや同じ過ちを犯してしまいました」
「馬鹿だなあ、ほんと。インターってのは死体がつきものなんだよ」
「ええ、そうですね。今では分かりますけど、当時は本当に分からなかったんです。穏やかすぎて、つまらなかったんですよ」
「贅沢な悩みだな」
「本当にそうですね」
そうしてばれては流れて住む場所を変えた。
「次の住み処を探すときが楽しかったんです。だから大変だって分かっていながら、つまらなくなったら村に近寄り……」
「そしてなぜか都合良く死体があるんだよなあ」
「そうなんです。あれはどうしてなんですかね」
「死体が俺たちを呼ぶんじゃないか」
「ああ、なるほど」
次から次へと住み処を変えていったが、家族仲はよかったという。
「両親もどこかで穏やかなことに対してつまらないと感じていたのかもしれません」
「んー、俺はそうじゃないと思うがな」
「そうですか?」
「穏やかに過ごすことに対して罪悪感みたいなものを抱えていたのかもしれないな。だからおまえがそれを壊してくれることで助かっていた部分もあるかもしれない。おかしいかもしれないが、そんな気持ちもあったような気がする」
「……かもしれませんね」
ユアンは思い当たることでもあるのか、ミツルの言葉にうなずいた。
「前置きが長くなりましたけど」
「えっ? これって前置きだったのか」
「そうなんです。本題はこれからでして。私はご覧の通り、髪が長いですよね」
「ああ、長いな、無駄に」
「それに、今はこの通りの体型ですが、幼い頃はぱっと見は女の子のようにも見えたんです」
「今でも充分、通じるぞ」
「嬉しくありませんよ」
「あー。なるほど! それで痴話げんか!」
「をいっ、そこでそういうつっこみをするかっ」
「いえ、つい……」
どうしてさっきではなくて今、つっこみをするんだとミツルは思いつつ、ユアンを促した。
「村でインターだとばれて、次の住み処を探しているとき、私が誘拐されたのですよ」
「えっ、誘拐っ?」
ナユが嫌がる程度にはユアンもいい男である。今でも女装すれば女性で通りそうなくらいではあるので、幼い頃はもっと女の子っぽかったのかもしれない。
「金髪ですし、年の割にはそういう環境だったために小さかったんです」
「今はでかいが」
「ええ、おかげさまで」
ユアンだけが知っている情報というのは……。
「私はどこかに連れて行かれて、そこで一人の男と会いました」
「鈍色の髪の男か」
「どうしてそれを……」
「なるほどなあ。ユアン、おまえが誘拐されたのはいつだ?」
「私が十歳の時だったかと」
「十にしては小さかった?」
「ええ、小さかったですね」
「あいつはそんな昔からナユを探していた、ということか」
「は? どういう……?」
「ユアン、おまえはナユと間違われて誘拐されたんだ」
「いえ、だからどういうことかと」
あの砦で出会った薄ら寒い男は、どうやらずいぶんと昔からナユを探していた。
「俺らもその男に会ったんだよ。こいつらに金髪の十六の少女を誘拐してくるようにと依頼してきた男は、鈍色の髪に碧い瞳をしたひどく背筋が凍る男だった」
「まさか……そんな」
「すごい執念だな。気持ちが悪くなってきた」
ユアンは依然、ミツルたちに背を向けたまま、頭を振った。
「どうしてそいつがナユを探しているのです?」
「それは分からん。しかし、今回は仕方がないから返すが、次は返さないと意味不明なことを言っていた。あの男が探していたのは間違いなくナユだ」
妙なところで繋がってしまった話にユアンは呆然としていたが、この話にはまだ続きがある。
「私は探していた人物と違うとすぐに解放されました。両親の元に無事に帰り着き、これで終わりと思っていたのですが……」
「まだあるのか」
「ええ」
そう言って、ユアンはゆっくりと振り返った。




