02
ユアンの手には、ベルジィに持たせた手紙が握られていた。それでミツルは二人がここに来たことは知れたのだが、あの筋肉の固まりが見あたらなかった。
「ベルジィとアグリスは?」
「隣の部屋に待機させています」
「呼んできてくれないか」
「いいですけど……」
ユアンが立ち上がるより先にノアが立ち、隣の部屋に飛び込んだ。
「本部長が帰ってきましたよ!」
という呼び声の後、荒っぽい足音がして、二人が飛び込んできた。ベルジィとアグリスだった。
「アニキーっ!」
ミツルの姿を認めた二人はミツルの元まで走り寄ると、おいおいと泣き出してしまった。
「なんで泣く……?」
「ひどいですよ、アニキ! この人、手紙を読むなりいきなり襲いかかってきたんですよ? なんでも、実力を試してほしいって書いてあるからって」
「あー……」
確かにそんなふざけたことを書いた覚えがあった。
真面目なユアンだから、ミツルがおもしろ半分で書いたと知っていても実行するだろうことは分かっていたが、やはりやったのか。
結果を聞こうとユアンに視線を向けると、質問の前に答えが返ってきた。
「まあまあですね」
「おいっ!」
「使えそうか?」
「そうですねえ。インターとしての能力は普通といったところですね」
「普通って。普通もなにも、変わらないだろう!」
「いえ、変わりますよ。あなたたちはミツルが地の女神の元へ送るのは見ましたか?」
ユアンの質問に、二人は大きくうなずいた。
「ミツルは規格外なんですよ」
「をい」
「そもそも、普通のインターは地の女神の元に送り届けるのにかなりの時間がかかるのですよ? それなのにあなたは一瞬でしょう。その上、動く死体を地の女神の元に送れるというのは驚異ですよ」
ユアンの言葉にミツル以外の全員がうなずいた。
「いやいや、そんなことはない」
「真実を知らないって怖いですね」
はーっとため息を吐くユアンに、ミツルは本気で分からなくて首を傾げた。
「あなたは今度、他のインターと一緒に出掛けて、自分以外が地の女神に送る様を見た方がいいようですね。なんなら、この二人の教育がてら、行ってきたらどうですか」
言われてみれば、ミツルは祖父と自分以外が地の女神の元へ送るというのを見たことがないことに気がついた。ユアンの言うことはもっともだったので、うなずきを返しておいた。
「それで──。八体の動く死体が発生した、と」
「おう。二人からは報告は?」
「受けていますよ。なかなか興味深い話をたくさん聞けました。これは報告書を作って、城に持って行かなければいけない案件ですから、書くために必要な聞き取りをしているのですよ。あなたが書いてくれるのが一番ですけど、三度手間になりますし、急いだ方が良さそうでしたから私が書きます。ですからミツル、できるだけ詳細に情報をください」
ベルジィとアグリスの二人がどこまで話したのか分からなかったが、ミツルはサングイソルバ──あのインターを要らないと言い切った町の名前だ──に到着したところから話そうとしたのだが、町の名前を出した瞬間、ユアンだけではなく、それまでずっと黙っていたミチとノアにまで呆れられてしまった。
「ミツル……あなたという人は」
「なにか問題だったのか?」
「なにかではないですよ、ミツル! ナユを連れてどこをほっつき歩いていたのか知りませんが、サングイソルバにだけは近寄らないようにと言ったでしょう!」
ユアンに言われ、なんとなく思い出した。インターには危険な町だから近寄らないようにと忠告を受けた。
といっても、かなり昔のことのような気がする。
「いつも通り抜けていたけど、なんともなかったぞ」
「あなたひとりならどうとでもなるでしょうとも! しかも、通り抜けるだけなら! それなのに、よりによってナユを連れて問題のある町に泊まるなんて、事件に巻き込まれて当たり前じゃないですか! あなたは自分がインターの、しかもこんなのでも本部長という自覚はあるんですかっ!」
「あー、悪かったよ」
いつもの説教が始まったとミツルは流そうとしたが、今回はユアンが引かなかった。
「この際だから言いますけど、私たちインターだけならともかく、ナユは言動は変わってますけど、普通の女性ですよ。あなたのわがままで振り回してますが、そのことは肝に銘じてくださいよ」
ユアンにそう言われるまで、ミツルはあまりそのことについて考えたことがなかった。しかし、言われてみればそうなのだ。
ナユはミツルに対しても普通に接してくるからすっかり忘れていたけれど、インターでもなんでもないのだ。
むしろ、ミツルが連れ回すことでナユまでインターだと思われてしまっているのではないだろうか。
黙ってしまったミツルを見て、ユアンはしかし、緩めることなく続けた。
「自分が好きなかわいい子を連れ回して見せびらかせたいのは分かりますけど」
「…………」
否定できないことを真正面から言われ、ミツルは反論できなかった。隠してはないが、そんなことを改めて言われると、すごく恥ずかしい。
「自分の立場を自覚なさい」
とユアンにとどめを刺され、ミツルはうなだれた。
とそこへミチが横から口を挟んできた。
「ユアンったら、ミツルがいなくて淋しかったからって八つ当たりは良くないわ」
「え……アニキって」
「なっ、ち、違うぞ!」
「そうですよ。こんな筋肉馬鹿、どうでもいいです!」
同時に必死になって否定するのがおかしくてベルジィはさらに突っ込もうとしたが、ミチに止められた。
「はいはい、痴話喧嘩は後にして。──で、ミツル。なにをやらかしてきたの」
痴話喧嘩ではない! という反論の言葉はのみこみ、ミツルは町について宿を取ってナユを休ませ、その間に町に探索に出てそこで聞いた『金髪の少女が誘拐されている』という話をした。
「それで、誘拐していたのはこいつらだ」
ミツルはベルジィとアグリスを指さした。
「確かに、ならず者、ですね」
ユアンの冷たい声にも二人は別に悪びれた様子も見せず、むしろにらみつけてきた。
「威勢はよいようですね」
「威勢はな」
ミツルの冷たい視線にはさすがに二人はしょんぼりと肩を落とした。
「俺は慌てて宿に戻ると、そいつらのせいでナユは連れ去られた後だった」
「どこまでも甘いですね、あなたという人は」
「……反省している」
「しかし、妙ですね」
「妙、とは?」
「ところで、ベルジィ、アグリス」
ミツルの質問には答えず、ユアンは二人の名を呼ぶと質問した。
「だれかから雇われての誘拐だと思われますが、なんと依頼されましたか」
「依頼内容か?」
「ええ、それで構いませんよ」
ユアンの言い回しが少しばかり奇妙であったが、ベルジィは答えた。
「ならず者は辞めると決めたが、それでもそれまでのオレたちの矜持ってのがあるから詳しくは話せないが、金髪の少女を連れてこいと言われた」
「年齢の指定は?」
「十六歳限定と言われた」
「瞳の色は?」
「特に指定はなかった」
「十六歳の金髪の少女……。歳はどうやって確認した?」
「町に住んでいる者は周りを探った。旅行者は宿台帳を盗み見た」
ユアンはそれを聞き、ミツルに視線を向けた。
「──で、あなたはなんにも考えないで、ナユの年齢を馬鹿正直に書いた、と」
「うっせぇ。名前は偽名を書いたが、歳はごまかせねーだろ」
「偽名を書くというところに気は回ったのに、本当に残念すぎますね」
それでナユの年齢が分かったというのは判明したが。
「いや、それよりも、なんで誘拐を依頼してきたあいつは金髪の十六歳の少女という妙な指定をしてきたんだ?」
ミツルの疑問の声に、ユアン以外の全員が首を傾げた。




