07
ミツルはユリカの思いもよらない言葉に何度も瞬きをした。
「上三馬鹿はお父さまの築き上げた財産を食いつぶすばかりだけど、あなたはきちんと返済してくれるし、しかも将来も考えてるわ」
「はぁ」
「だけど、そうねえ。あたしも結婚するとき、お父さまのお父さま……要するにあなたから見ればおじいさまがインターだからってものすごく反対されたのよ」
詳しい話は知らないが、アランとユリカの結婚は大変だったと聞いている。
上の三人がまだ結婚してないのも、祖父とミツルがインターであるというのが強く影響しているというのは容易に想像できていたので、負い目を感じていたりする。
その自分がほいほいと実家というだけで訪れるのもどうかと思って、必要最低限以下でしか接していない。
「でも、あたしにはお父さましかいないと思ったから周りを説得したわ。三馬鹿は違ったけど、あなたが生まれてきてインターだって分かって……あなたには悪いけれど、周りが言ったとおりだってとても後悔したわ」
やはりそうだったのかとミツルは落ち込んだ。このまま部屋を出て、夜にも関わらずナユを置いて家から出て行こうとまで思ったところで、ユリカは口を開いた。
「でもね、あなたは違ったわ。インターであることに誇りを持って、しかも他のインターにまで気に掛けて頑張ってる。それって並大抵なことではできないことでしょう? 考えを改めなきゃ、って。ミツルはあたしたちの誇りでもあるのよ」
しんみりとした空気の中、ユリカのぐすりと鼻をすする音が響いた。
それでミツルは自分がうつむいていたことを知り、顔を上げた。
目の前にはぼろぼろと泣いているユリカと、瞳を潤ませたアランがいた。
「ミツルを手放さないといけないと言われたとき、反対できなかったの。あなたも育てたいと思った。だけど、ほっとしたところもあったの。駄目な親よね」
ユリカはハンカチを取り出して涙を拭い、ミツルを見た。
「お義母さま……あなたから見ればおばあさまね、が亡くなったとき、お義父さまが地の女神の元へと送ったの。それを見てね、素敵だなって。あたしたちにはいつか必ず死が訪れる。そして、絶対にインターのお世話になる。でも、今のままだと見知らぬインターに送られてしまう。それってなんだか嫌だなと思ったの」
コロナリア村でも同じことを言われたのを思い出したミツルは、息をのんでユリカを見た。
「あたしはね、ミツル。死んだとき、あなたに地の女神の元に送って欲しいって思ったの。あたしがあなたを産んだのは、そのためだって思ったの」
そう言われて、なんと返せばよいのかミツルには分からなかった。
「親父が亡くなったとき、おまえの力を初めて見て、おまえがインターでよかったと思ったのもある」
祖父が死んだとき、クロス家に訃報を伝え、彼らの前でミツルが祖父を地の女神の元へ送った。
「あの金色の光を見て、とてもきれいだと思った。親父との別れは悲しかったけれど、仕方がない。それに、インターは忌み嫌うものでもないということにも気がついた」
ミツルはアランの言葉に力なく首を振った。
コロナリア村でもそうだったが、ここでも、しかも家族にインターを認めてもらえた。
諦めないで頑張ってきた成果が少しずつだけど現れてきたことに、ミツルは自分の行動が間違ってなかったと確信できた。
「それで、ミツル」
アランは酒をちびりと舐めた後、ミツルの顔を正面から見つめた。ミツルもじっとアランを見た。
こうして改めて見ると、自分でもよく似ていると思う。
「一年前にヤイクたちに事業の経営権を譲渡した」
ミツルは初めて聞く話だった。そもそもが実家とあまり懇意にしてはならないと思っていたのもあり、手紙など書いてなかったのもあるのだが、極力、探らないようにしていたのもあった。
「本当はおまえがインターの本部を作るから金を貸してほしいと言ってきたとき、クロス商会を潰すつもりでいたんだ」
「は?」
思ってもみなかったことを言われ、ミツルはあんぐりと口を開けてアランを見た。
「実はあの頃、経営が傾いていてなあ。潮時かと思っていたわけだよ」
そう言ってアランは器の中の酒を一気飲みした。すでに酔いはじめているのかもしれない。
隣でユリカが無言で器に酒を満たしているのを見て、ミツルはため息を吐いた。
「しかもとんでもない金額だったから、こりゃあもう駄目だと一切合切を清算したんだ、一度な」
そんなことになっていたとは知らなかったミツルは、申し訳ない気持ちになった。しかし。
「ユリカは三馬鹿というが、あいつらが必死になって立て直してくれてな。持ち直したばかりか、大きくなった」
「あなた、それは間違いですわよ。あの子たちのせいで商会が傾いたんですもの。あなたが会社を整理して清算するなんていったから、ちょろまかしていたのがバレるのがまずいと思って必死に隠蔽工作に走った結果ですわ」
それが事実ならば、酷い話だ。
「それでもいいのだよ。実際、立て直すことは出来た」
「でも、あなたが引退してからこちら、また傾きはじめてるではないですか」
「……うむ」
「もう、回りくどいですわね。あなた、はっきりおっしゃったら?」
「あぁ」
アランはまたもや器をあおって酒を流し込んだ後、口を開いた。
「私もインターの地位を向上させるためになにか出来ないだろうか」
思いもよらない申し出に、ミツルは目を見開いた。
「城下町から近い村や町からインターが常駐をはじめているようではないか。しかし、ここルベルムにはまだいない」
インターを村や町に常駐させるには、とても労力がかかる。
まずは常駐させるためのインターの確保。
なのだが、なかなかインターを確保できないでいる。
ようやくインターを見つけたと思っても、村や町が受け入れてくれない。どうにか説得して渋々で受け入れてくれても、気がついたらインターがいなくなっているのだ。
とはいえ、すべての村や町がそうだというわけではない。中にはコロナリア村のように数は少ないが、村や町の人に受け入れられて定着しているところもある。
もっと細かく見ていければいいのだが、明らかに人手が足りていない。金もなければ忌み嫌われているインターなので、手伝ってほしいと簡単には頼めない。なので、手伝ってくれるというのは心強い。
しかし。
「インターはどこに行っても嫌われている」
「……あぁ、知っている」
「酷いことを言われるだけならともかく、殴る蹴るの暴行も加えられるんだぞ」
「なんだ、それは」
「おまえたちがいるから俺たちが死ぬんだとも言われる」
「…………」
アランはかたりと音を立てて器を卓の上に置いた。そして、がくりとうなだれた。
「そんな……ひどいことを」
「まだこれくらいはかわいいもんだな。死んでしまえとか、石を投げられたりもした」
信じられない、とアランは首を振った。
「そんなひどい言葉を投げかけられても手伝えるのか?」
「…………」
「その気持ちだけで充分だ、ありがとう」
ミツルは器の酒を一気にあおり、卓の上に置いた。
「ごちそうさま。部屋に戻る」
ミツルはそれだけ告げると立ち上がり、部屋を出た。
いつもミツル用にとあてがわれている部屋に戻っても眠れそうになくて、隣のナユの部屋に転がり込むあたり、たった一杯で酔いが回っていたのかもしれない。
しかも鍵を掛けられていれば諦めて部屋に戻ったにもかかわらず開いているのだから、それもどうなのだろうか。
ナユはすでに眠っているため、部屋は真っ暗だった。
それでもナユの眠る寝台にまっすぐと向かって潜り込むと、ナユを抱きしめて眠りに就いた。




