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06

 ナユは仕方なく一人でコロナリア村へと向かうことにした。

 インターとともには帰れないが、向かっているから問題ないだろう。

 ナユはそう結論づけて、歩き始めた。

 いつも通りに木が敷かれている道を辿っていけば村にたどり着くはずである。


「それにしても、こんな美少女をほったらかして先に行くなんて、どんだけひどい男なのよっ! しかも、このナユさまの美しさにも見向きもしないなんて、どこかおかしいんじゃないのかしら」


 ナユはぶつぶつとミツルの文句を言いながら暮れゆく中、コロナリア村へ向かっていた。

 昼間ならば街道を行き来する人がいるのだが、さすがにこの時間になると人影はない。


「盗賊だとかケモノに遭遇したらどーしてくれるのよっ!」


 中身はともかく、見た目だけなら儚げな美少女。

 服装は裾が長い薄手のふんわりした上衣を二枚重ねにしていて、下穿きは動きやすいように丈夫な生地でできたものを穿いている。髪はクラウディアが作ってくれた紐で斜め横に縛っていた。

 端から見たら儚げに見えるナユの見た目と服装が相乗効果で美少女さの演出に拍車を掛けていた。


 しかしネタバラシをすると……。

 本日の衣装代は、結び紐を含まないで百フィーネ。パーニャを五枚ほど買える金額だ。

 髪を結っている結び紐はクラウディアが作ったもので、複数の紐を組み上げたものだ。店でも同じものを売っていて、値段は二百フィーネ。

 ナユは結び紐を見る度に値段を思い出して憂鬱な気分になるが、クラウディア曰く、店員が店の売り物を身につけていないのはおかしいし、ナユが使用していることで売り上げが変わるというのだから、仕事の一環だと割り切っている。

 服も本当はクラウディアが着ているような丈の短い硬めの生地の服を着たいのだけど、ない胸をさらに強調してしまうことになる。できるだけないことを悟らせず、しかも手持ちが少ないので色の組み合わせを工夫することで誤魔化していた。

 クラウディアには好評だからよいということにしよう。

 たとえクラウディアがナユに付きまとって半ば誘拐のようにして雇い入れたとしても、やはり雇い主の心証が良いに越したことはない。


「あ……」


 とそこでナユは気がついた。

 店長であるクラウディアに報告も確認もしないで飛び出してきてしまった。明日あたり、実家にまたもや殴り込みに来るかもしれない。

 デリアが事情を知っているけど、果たしてクラウディアに伝えてくれるだろうか。

 期待はできないなあと思いつつ、引き返している時間はないからとこのまま進むことにしたのだが。


「……ここ、どこ?」


 道なりに進んでいたはずなのに、気がついたらナユは森の中にいた。


「だからここはどこなのよーっ!」


 連れも通行人も、はたまた盗賊もケモノもいない中、ナユの叫びは森に響きわたるだけだった。


 ナユは重度の方向音痴だ。

 それでも城下町のクラウディアの宝飾店からコロナリア村にある実家まではいつもなら問題なく帰れていた。それなのに、今日はなぜか迷ってしまった。

 迷ったのはナユを放置したミツルのせいだと責任を擦り付けた。

 ……そんなことをしても迷った事実は覆せないのだが。


 ナユは立ち止まり、周りを見回した。

 ウィータ国は農産物と木材が特産品。

 土に神の力が宿っているため、生長が早く、しかもよいものが採れるのだ。

 ナユが迷い込んだ森も、ウィータ国ではよくある森。色とりどりの木が適当に生えている。

 地面にはこちらも色とりどりな葉が土が見えないほど降り積もっていた。

 ナユは苛立ちを紛らわすために地面を蹴った。表面を覆っている葉が舞ったが、円匙えんしで掘ったわけではないので、それくらいでは土は見えない。


 そういえば、とナユはどうでもいいことを思う。

 この国の土には神の力が宿っているとは言うけど、普通に暮らしていたら土を見ることがない。人が通る場所はどんなへんぴなところでも木で舗装がしてあるのだ。森だって葉が堆積していて土が見えない。ナユは畑にはあまり行かないが、あそこだって森から枯れ葉を取ってきて覆っているはずだ。これではまるで、土を隠しているとしか思えない。

 この国の人たちは、土を怖がっている……?

 そうかもしれない。

 土には神の力が宿っているのだ。

 得体の知れないものへの畏怖の気持ち。

 ナユにもその気持ちがよく分かった。

 神の力が宿っている土は、触れたものに力を与える。それはたとえ、命を失ったものであっても、だ。

 だからこの国には神の力を絶つことのできるインターが必要なのだ。


「そういえば」


 ふと気がついた。

 この国の人たちは、一人一個は円匙を持っている。

 普段は持ち歩いていないが、ナユもクラウディアの店で働くことが決まってから、父からお古の円匙をもらった。

 だけど店にいたら使うことはないので、部屋に置きっぱなしだ。

 城下町で働いている人たちで持ち歩いている人は少ないが、農業従事者は自前の円匙を背負っているのがこの国の人たちの特長でもある。


「インターの本部長って言っていたけど、円匙を持っているように見えなかったわよね」


 それとも、外套の下に隠し持っていたのだろうか。

 ナユはミツルに抱きついたり引っ付いたりしたが、そんなものを持っているようには見えなかった。


「……あの人、本当にインターなのかしら」


 今更だけど、ナユの中にそんな疑問が浮かび上がった。

 

 一年前に母を埋葬してくれた陰気くさいインターは、外套の上にご大層な円匙を背負っていた。

 ナユがそんなことを覚えているのは、身長よりも円匙が長く、随分と不釣り合いだなあと思ったからだ。


 インターの本部で出会ったユアンとミチも背負っていなかったが、部屋に置いていたのかもしれない。

 そういえば、ミツルは外出から帰ってきたところだった。

 円匙は彼らの商売道具だから、持っているはずなのに。


「……失敗、したのかなあ」


 弱気な言葉が口からこぼれた。

 だけど! と大きく頭を振った。


「いやいや、本部長だし! 間違いないよっ」


 ナユは自分を鼓舞して、弱気な考えを否定した。


 今はとにかく、実家に戻るのが先決だ。

 ナユの実家は村外れで、森の側にある。

 たぶんだが、ここから実家まではそんなに遠くないはずだ。

 迷ったことに途方に暮れて立ち止まっている間に、あたりは先ほどより暗くなっていた。

 

 拳を握りしめて気合いを入れたところで、木と木の間に見覚えのある布切れが見えたような気がした。


「……だれ? バルド兄さん?」


 違うような気がしたが、木の陰にいると思われる人物へ声を掛けた。

 しんと静まりかえる森。

 バルドであれば、呼びかければ返事があるはずである。無言ということは違うのだろう。

 それとも、盗賊……?

 こんな村に近い森の中に盗賊がいるとは思えなかったが、可能性がないわけでもない。

 しまったと思ったが、発せられた声は戻らない。

 盗賊ではないことをナユは祈った。

 無音を破ったのは、木の向こうのなにかだった。

 がざりと枯れた葉を踏む音がして現れたのは……。


「お父さんっ?」


 木陰から現れたのは、ナユの父・アヒムだった。

 手紙は兄のバルドからだったから父になにかあったのではないかと心配したのだが、いつもと様子が違うものの間違いなくアヒムだった。

 二つの意味でホッとして駆け寄ろうとしたのだが、足が動かない。しかもなぜだか妙な寒気というか、震えが走る。

 なにもおかしなところはないはずなのにと思いつつ、日が落ち始めて暗くなっていく中、ナユはじっとアヒムを見つめた。

 そういえばいつものアヒムなら、ナユを見つけると作業の途中でも放り投げて、駆け寄ってくる。それが今日はなかった。

 違和感の正体はそれだと分かった。

 しかもいつも着ている作業着は薄茶色だが、アヒムが着ているのは珍しく黒色だ。作業服を新調したのだろうか。

 そんなことを考えていると、アヒムの上半身がゆらりと傾いだ。


「……お父さん?」


 もしかして、先に村に着いたミツルがナユが後から来ると伝えてくれて、心配性のアヒムが調子が悪いのにナユを迎えに来てくれたのだろうか。それは大いにあり得るが。


 どうして街道ではなく、森にいるのだろう。


 そのことに気がつき、ナユの背筋はゾクリと凍った。

 












円匙えんし……スコップ。

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