03
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ベルジィとアグリスに案内されて、ミツルは夜の森の中を歩いていた。
昼間は雲のないいい天気だったが、夜も引き続き雲がないようで、木々の隙間から星が見えていた。
ミツルは周りの気配も気にしながら歩いていたのだが、森を進むに連れて人の気配がしてきた。
まさか、ベルジィとアグリスがミツルをハメた? いや、ハメたところでこの二人になにか利益はあるのか?
今一つ、この二人を信じられずにいるミツルは猜疑心に押しつぶされそうになりながら歩いていたが、少し拓けた場所に差し掛かったところで足を止めた。
ベルジィとアグリスもミツルとほぼ同時に足を止めた。
やはりこの二人を信じたのは間違いだったのか?
そう思った次の瞬間。
「アニキ、伏せろ!」
「言われなくても伏せたっ!」
ミツルが伏せた瞬間、頭上をすごい勢いでなにかが横切っていった。
さらに別方向から飛んできたので、ミツルは枯れ葉が散り積もった地面を転がって避けた。その勢いで立ち上がり、素早く身を引くと、間一髪のところを通り過ぎていった。
「だれだっ!」
ミツルの誰何の声に、しかし、姿を現さない。
飛んでくる方向を見極めようとしたが、暗闇の中にいきなり現れて、消えていく。
天気が良くて星と月が見えているとは言ってもたかがしれている。それでもベルジィとアグリスもミツルと同じように攻撃を避けているところを見ると、これはあの二人とは関係ないのかもしれないと思っていたのだが。
「おまえたち、止めろっ!」
ベルジィの制止の声に、やはりハメたのかと思ってミツルはベルジィがいるあたりをにらみつけたのだが、攻撃が止まるどころか、激化していく一方だった。
「おいっ、相手がだれか分かってるのかっ」
ミツルがそう怒鳴ると、ベルジィからではなく、アグリスから返事が返ってきた。
「仲間だ」
「おまえら、俺をここに連れてきたのは」
ミツルの声にかぶるように、ベルジィが叫び返した。
「違うっ! アニキに対してそんなことはしないっ!」
となると、これはどういうことだ?
ベルジィとアグリス以外が……。
「裏切られた、のか……?」
ミツルの呟きはベルジィにしっかりと届いていたようだった。
「────っ! そんなことっ」
「ないと言いたいが、おれたちも一枚岩というわけではなかったからな」
「アグリス!」
攻撃は止まることなく続けられていた。
しかし、それにしてもなにかがおかしい。
そもそも、どうして気配を感じたのだ?
ミツルが襲う立場ならば、普通は気配を殺して近寄って、悟られないうちにしとめる。なのにこいつらは、気配を殺すどころかミツルたちに存在を知らしめるかのように……。
「っ! まさか」
嫌な予感ほど当たる。
「おまえら、動く死体に……?」
「えっ……?」
ミツルの疑問の声は、しっかりと二人にも届いていた。
二人は嘘だと叫びたいだろうが、インターであれば分かってしまうこの独特の感覚が真実だと告げていた。
「なん……、で」
ミツルたちと別れたときは、彼らはまだ生きていた。その後で、死に至った上に動く死体になってしまうなにかが起こった。
「────! それよりもおまえら、ナユはっ!」
動く死体がどの方面から来たのかは分からなかったが、牢屋に囚われているというナユは無事なのだろうか。
「わかんねー」
「くそっ」
シエルの気配は常にあるのに、向こうからはなにもない。無事なのか、それとも連絡も出来ないほど危険なのか。
ミツルはとにかく、前者であることを信じて、複数の気配のある動く死体をどうにかしなければならないことを優先させることにした。
しかし、やはりこの動く死体たちもなにかがおかしい。
そう、コロナリア村の時のようにだれかが統率しているかのように連携がとれていた。
ならず者といえど、インターであって迫害されていたということで強い絆で結ばれていた可能性も高い。としても、だれかが命令を出しているとしか思えない正確性。そして場所は森の中。
「動く死体を動かしてるヤツ、出てこいっ」
「はっ? アニキ、なに言っ……」
ミツルの声に呼応するように攻撃が止み、がさりと枯れ葉が音を立てた。
「ふははは、よく分かったな!」
嫌なほど覚えのある甲高い声。姿を見なくてもそれがだれであるのか、ミツルには分かった。
「初めから嫌なヤツだと思っていたが……」
「それはお互い様だろう! インターなんてくそド底辺がっ!」
「俺たちが底辺なら、死体を操るおまえはもっとクソだ」
木の陰から出てきたのは、自警団の団長。ベルジィとアグリス二人も嫌というほど見覚えのある人物だ。
あまりの出来事に、ベルジィとアグリスは言葉もなく佇んでいることしかできなかった。
彼らもインターであるからほかの人たちより死体に遭遇する率は高い。しかも二人は動く死体に故郷から追われたといってもいい立場だ。そして、動く死体の厄介さは身にしみるほど体験していた。
その動く死体を操る? そんなこと、可能なのか。
「ほんと、インターほど厄介な存在はないよ」
忌々しそうな甲高い声に、ミツルは舌打ちをした。
つくづく気にくわない。
「おまえたちは生きていてもボクの邪魔ばかりをするし、死んでも動く死体にするしかないから、要らないよ」
団長の勝手な言い分に、ミツルは怒りのあまり拳を握りしめた。
あちこちでインターであることを侮辱され、要らないと言われてきて腹が立ったが、そう言われても仕方がないという諦めの気持ちも大きかった。だけどこいつの言っていることは、腹が立つを通り越して、憎悪しか抱けなかった。
祖父に怒るのはいいが憎んではならないと言われていたのに、憎くて仕方がなかった。
「きさま……」
「おまえたちの肉体は役に立たないからな。ああ、そうか。今度からインターだけ冥府送りにすればいいのか。おまえたちは生まれながらに罪を背負っているから、どうあがこうが冥府にしかいけないからな!」
ウィータ国で「おまえは死んだら冥府行きだ」というのは、侮辱以外のなにものでもない。
「しかし、冥府だと罪を清算したら地の女神の元へ還れるんだよな。それはまずいな。やはりおまえたちの死体は燃やして跡形もなくするのが一番だな。そうすればインターもぐっと数が減る」
そして、「おまえが死んだら死体を燃やす」はもっとも言ってはいけない言葉である。
インターだと分かった途端、ひどいことをさんざん言われた。おまえたちがいるから死ぬんだとも言われたことはある。だけど、ここまで言われることは稀だ。ましてや、冥府に行けと死体を燃やすという、一番言ってはならない言葉をこいつはミツルたちへと告げた。
「おまえ……」
ミツルがはらわたが煮えくりかえってなんと返そうか考えている横で、ベルジィとアグリスも同じ気持ちで聞いていた。
怒りで目の前が真っ赤になるというのは本当なんだ、とミツルは思いながら、手のひらに爪が食い込むほど拳を握りしめ、枯れ葉を蹴って団長の元へと向かった。
「っ!」
ミツルと団長との間には先ほどまでなんの障壁がなかったのに、元ならず者たちが飛び込んできて、壁となった。
「くそっ!」
「はは、悔しかったらここまでおいでー」
団長はそう言うと、憎たらしい表情を浮かべ、両手を上げてひらひらとしてみせた。
その余裕そうな態度に頭に血が上る。
こういうときにこそ冷静にならねばならぬのに、憎くて仕方がない。
──ミツル、相手がどれだけ憎くても、冷静であれ。
祖父のそんな言葉が頭をよぎるし、冷静にならなければと思うのに、どうにも駄目だった。
「くっそぉ。おまえら、どけろっ!」
ミツルはそう怒鳴ると、目の前にいる動く死体に回し蹴りを食らわせた。




