02
ベルジィは首を振ると、深いため息を吐いた。
「インターの身としては、そんなものは存在しないと言いたいところではあるんだが……。本当にインターを判別しているのか、そこは定かではないが、その石が反応したからといって連れて行かれた者が何人もいる」
「連れて行かれたのは、インターだったのか?」
「わかんねー……」
ベルジィはしょんぼりと肩を落とした。
そうなのだ、インターはインターを識別できない。だからその石が本当にインターを調べることができるのかなんて、分からない。
だけど本当にそんなものが存在しているのならば、もっとインターは減っているのではないだろうか。
どうにも引っかかるけれど、その石を見ていないから分からない。
「真偽はともかくとして、そんな石が存在するのなら、どうにかして壊したいな」
ミツルの呟きに、ベルジィは待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。ミツルは思わず見上げる。
「アニキならそう言ってくれると信じてました!」
「お……おぅ」
「早速ですか……」
「ちょっと待て。話がそれたが、俺は別のことを聞きたい」
ミツルがベルジィたちを探していたのは、ナユの行方を知るためだった。
インターか否かを調べることが出来る石のことも大切だが、ナユはもっと大切だ。
「おまえたち、昨日、金髪の少女をさらっただろう」
「あぁ、あの美少女」
ベルジィのその言葉に、ミツルのこめかみに知らずに青筋が立っていた。じろりとにらむと、ベルジィはにひひと下品な笑いをこぼした。
「なんですか、アニキ。あんな感じの娘が好みなんですか」
「……あれは俺の連れだ」
地を這うようなミツルの低音と内容に、ベルジィとアグリスは震え上がった。
「思い出したら腹が立ってきた。覚悟は出来てるだろうな?」
「ひぃぃぃ、ア、アニキ! 勘弁してください!」
ミツルはすっと立ち上がるとベルジィの足を払った。とっさのことにベルジィは対応できず、思いっきり転けて小屋の床に叩きつけられた。
「アニキ! 暴れないでくださいって!」
「赦さんっ」
必死に止めるベルジィを無視してミツルはさらに蹴りを加えようとしたが、ごろごろと転がって避けた。
「避けるな!」
「なんで素直にやられないといけないんですかっ!」
ベルジィは床を転がってミツルの攻撃を避け、ミツルは避けられるごとに頭に血が上った。
アグリスが開けた扉からベルジィは外に飛び出すと立ち上がって走り出したが、ミツルも負けてない。
木の床を蹴ってベルジィに追いつき、蹴りを加えるが避けられた。
「くそっ」
「アニキ、止めてくださいって! 案内しますから!」
ベルジィのその言葉にミツルはようやく止まった。
外はすっかり暗くなっていて、森の木々のざわめきが聞こえてきた。
「ここからすぐの場所に牢屋代わりの砦があって、そこに連れて行った」
「……一刻も早く案内しろ」
暗闇の中だというのに、ミツルのぎらぎらした瞳ははっきりと見えた。
この人を怒らせると怖いとベルジィは心に刻みつけ、うなずくと歩き始めた。
*
一方のナユとシエル。
シエルはナユに助言をしたことで満足したのか、機嫌よく鼻歌を歌っていた。その調べは聞いたことのないものであったが、美しい旋律にナユは聞きほれていた。
シエルが歌い終わって二周目に入ったところでナユも一緒に歌っていたのだが。
「下手くそ」
「へほっ?」
「なんであんた、そんなに音痴なのっ」
「えー。音痴じゃないよー」
ぶぅっとふくれっ面になったナユの頬を指先でつついた後、シエルは大げさに頭を振った。
「せっかくきれいな声をしてるんだから、きちんと音程も合わせなさいよ」
「合わせてるわよっ」
「合ってないから下手くそって言ってるんじゃないの!」
ナユはぐぬぬぬとうなり声をあげ、シエルが先ほど歌っていた旋律を思い出して歌ってみた。
「ちがーうっ!」
「合ってるわよ!」
「これはフフフー、ンンンー、なのっ!」
「フウウー、ンゥゥー」
「違う! 最初の一音しか合ってないじゃない。フフフー、ンンンー、よ」
「……一緒だもん」
「いいから!」
いきなり始まった特訓にナユは戸惑ったものの、歌うのは嫌いではない。それにシエルが歌っていたのはとてもきれいだったのだ。
美少女のわたしがこれを完璧に歌えばすてきさが増えるわよね、という打算の元、ナユはシエルに罵られつつ、頑張って歌った。
結果。
どれだけやっていたのか分からないけれど、どうにか及第点までやってこれた。
「フフフー、ンンンー」
ご機嫌に歌うナユにシエルは大きく息を吐いた。
気まぐれに歌ったものをナユが真似をしようとしたまでは予想していたものだった。ナユが音痴なのも知っていたけれど、まさかこんなにも手こずるとは思っていなかった。
「すごくきれいな旋律ね」
ナユの褒める一言に、苦労した甲斐はあったかもと思うあたり、シエルもめでたいかもしれない。
「それは穹を讃える歌よ」
「穹を……?」
「ええ。それに歌詞があるの」
シエルは立ち上がると大きく息を吸い、歌い始めた。
きれいな旋律にシエルの透き通る声が乗せられると、ナユの胸はきゅっと切なくつまった。
穹を讃える歌という割にはどうしてこんなにも切ない気持ちになるのだろうか。
歌い終わったシエルを見ると、少し淋しげな表情をしていた。
「シエルは淋しいの?」
ナユの質問に、シエルは微笑をたたえてナユを見た。
「今は淋しくないわ」
「今は?」
「だって、ナユとミツルがいてくれるから」
そういってシエルはくすりと笑った。
ナユはどう返せばいいのか分からず、戸惑った表情を浮かべていた。
ナユは父と母、三人の兄という家族の中で育った。貧乏でお腹が空きすぎて泣いてしまうことがあったけれど、淋しいということはなかった。
この間の事件で家族を同時に四人も亡くしてしまったとき、悲しくて泣いたけれど、淋しいと感じなかった。
それはきっと、気にくわないけれどミツルと、クラウディアがいてくれたおかげだろう。
「シエルは家族はいないの?」
「家族……?」
「うん。お母さんと、お父さんと……」
「さあ? 気がついた時にはなにもない空間にいたから、分からないわ」
やはりシエルの言葉は分からなかった。
なにもない空間にいきなりいるなんて、あり得ない。
「なんだかとっても長い間、温かななにかの中にたゆたっていたような気がするわ。そのときは淋しいとは思わなかった。なんだか幸せだったの」
そのときを思い出したのか、シエルは少しうっとりとした表情で空を見ていた。
ナユもつられて見上げると、空の色が青から紫へと変わっていくところだった。
結局、ナユは一日寝ていたことになるのだが、本人はまだ気がついていない。
「夜になるね」
ナユの呟きに、シエルは急に焦りを覚えた。
ナユがさらわれてから一昼夜が経った。
ここがどこか分からないけれど、あれからナユをここにさらってきた男が現れた様子がない。ナユのこの起きなさ具合は魔法による眠りのせいだろう。だからこそ見に来ないのかもしれない。
それとも、想定外の出来事が起こっているのか?
すっかりナユの夢の世界に入り込んでしまっているために外の世界でなにが起こっているのか確認できないけれど、そろそろどうにかしないとまずいのではないだろうか。
とはいえ、今のシエルにはナユに知識を与えるくらいしかできない。
だからシエルは穹を讃える歌をナユに教えることにした。
旋律は覚えてくれた。今度は歌詞を教えなければならない。
この歌がなにか役に立ちそうだという予感を胸に、シエルはナユに向かい合った。
「穹を讃える歌の歌詞を教えるわ」
嫌だとか面倒だと言われるかと思ったが、ナユはうなずいてシエルを見た。
「美少女ナユさまがあの歌を完璧に歌えば、信奉者が増えること、間違いなしよ!」
そんな下心があったのかと思ったが、シエルはナユがきちんと歌えるようになるまで、つきあうことにした。




