06
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ナユの叫びに、さすがのシエルも呆れた。
「あなたの胸がないのは、あたしのせいではないわよ」
「だって、あなたも胸がないじゃない! あなたがわたしの中にいるせいで胸がなくなったのよ!」
言いがかりすぎるナユの言葉に、シエルはため息を吐いた。
「ラウラだって胸がなかったじゃないの。遺伝よ」
「そんなことないわ! お母さん、それなりにあったわよ!」
「それなりでしょう? あたしやあなたよりあったかもだけど、似たり寄ったりじゃない」
胸があろうがなかろうが今はそれどころではないと思うのだけれど、不毛なやり取りを止める者がいないため、まだ続く。
「だって、なくても仕方がないじゃない。貧乏でご飯もまともに食べられなかったんだから」
それを言われるとシエルはなにも言い返せなかった。
シエルは食事を必要としたことがなかったので分からなかったが、ナユの中に入って、空腹というのはとても辛いというのは分かった。
「だからたくさん食べさせようと思って狩りに出掛けたら、逆に狩られそうになったのよね……」
「え……。まさかあれって」
気がついたらアヒムがナユを抱きしめて、大声で泣いていたことがあった。
その前の記憶はあの焼けてしまったぼろ小屋を出たところで途切れていたので、どうしてアヒムが泣いているのか分からなくて、戸惑ったのだ。
周りの様子をうかがっていると、どうやら無謀にも一人で獣を狩ろうとしていたらしい。
そんなことをしようなんてナユは思っていなかったので、なにがどうなったのか分からず気味が悪かったが、怪我もなく無事だったから、まあいいや、ですませていたのだが。
「まさかあなた、わたしの身体を勝手に使ってた?」
「あら、そうだけど?」
なにか悪い? と言わんばかりの態度にナユは切れた。
「なに勝手に人の身体を使ってるのよ! 一回使うごとに百フィーネを請求するわ!」
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五人目も倒れたが、動き出す様子はなかった。少し遠いので分からないが、気絶しているだけだろうと判断した。
ミツルは打つ手がなくて、頭をかきむしった。短い髪の毛の先が手のひらにあたる。
自分の硬い髪の毛に触れ、ナユの柔らかな髪の感触を思い出した。
「あ」
思わず声が洩れたが、ナユの髪の毛といえば髪留めを買っていたのだ。
手荷物は取り上げられたけれど、懐にしまい込んでいた髪留めは取られていなかった。
ミツルは碧い髪留めを取り出し、手のひらに転がした。
ナユの瞳によく似た色合い。飾り部分は碧い木を使った彫り物であるが、髪を留める部分は金属が使われていた。
店のオヤジいわく、こういう作りは珍しいということだった。
どう珍しいのかと聞くと、飾りも髪を留める部分も通常は木を使うそうなのだが、これは飾りは木だが、髪を留める部分は金属にして、止めやすくしているという。
ミツルにはその違いが分からなかったけれど、碧い木の色合いが気に入ったので買い、そのまま懐に入れていたのをすっかり忘れていた。
しかも懐の辺りは殴られないように避けていたので、存在を今の今まですっかり忘れていた。
壊れていないことを確認して、ミツルは慎重に飾りと金属部分を分けることにした。
しかし、道具のない状態で分解するのは至難の業だった。まずはどういう作りになっているのか把握することから始まり、壊れないように慎重に外そうとしたのだが、簡単には外れない。
触っているうちに金属部分が広がってしまった。それなのに木から外れる様子はない。
これ以上は壊れる可能性があるのでそこで止め、金属部分をじっと見た。
細くて鋭く、しかもとても硬い。
髪飾りを手のひらで包み込んで牢の格子へと近づき、鍵を間からのぞき込んだ。格子の間はそれなりに広くて、ミツルの腕でも余裕で入れられた。
鍵の辺りを指先で探ると、思っていた以上に簡素な作りになっているようだった。これならば簡単に開きそうだと判断して、ミツルは髪飾りの金属部分を鍵穴に差し込んだ。
どうすれば開くのか分からなかったが、奥まで差し込むと手応えがあったのでさらに押し込み、回してみた。
特に鍵が開く音はしなかったけれど、扉がおもむろに開いたことで成功したのが分かった。
あまりのあっさり加減に罠でも待ちかまえているかと周りを見渡したが、廊下のどん詰まりに五人が折り重なるようにして倒れているのを見て、なにかあれば反撃に出ればいいかと思って牢屋から出た。
ざり……という聞き慣れない音に足元を見たが薄明かりではよく見えなかった。
歩く度にざりざりと音を立てる足下に顔をしかめながら廊下を歩き、詰め所へ出たところで目を見張った。
予想はしていたが、思っていた以上の惨状だった。
詰め所内の物は破壊尽くされ、木片があちこちに飛んでいた。そればかりか壁には穴が空き、床板も割れたり跳ね上がって土が見えていた。そして部屋のあちこちに自警団員と思われる人たちが倒れていた。
ミツルは近寄って確認すると、息はしているようなので生きているようだった。
自警団員まで死んでしまったらミツルの仕事が増えるだけだ、勘弁してほしい。
詰め所内の人たちは全員がやられてしまったようで、建物の中には動く死体がいる気配がなかった。
案の定、外から悲鳴が聞こえてきた。
ミツルは詰め所を飛び出し、動く死体の気配を追いかけた。
あちこちで倒れている人がいた。怯えて建物の影に隠れている人もいた。
以前、ここではない町で動く死体が発生したときと同じ状況だった。
死体が発生したら速やかに地の女神の元へ送ることが出来れば問題ないのだが、インターは放浪しているし、ましてや、正体を知られないようにしているのだ。
土に触れないように細心の注意を払ってインターの到着を待てばいいのだが、そうではない場合は動く死体になり、悲惨な結果となる。
インターを蔑むから自分たちの首を絞めているというのに、なんで気がつかないのか。
こんな馬鹿げた状態から早いところ脱却したい。
別に褒めてほしいわけでも、崇め奉ってほしいわけではない。
死体が死体を生むというおかしな状態から、そして意図せず罪を犯すことのないようにしたいだけだ。
動く死体の気配を追尾していると、ようやく後ろ姿が見えてきた。ミツルは動く死体の背中をじっと見て距離を測っていた。
そしてミツルは周りには人がいないと油断していた。
動く死体にかなり近づき、力が及ぶ範囲になったことを確認して、手のひらに集中して金色の光を放とうとしたそのとき。
がつんっと後ろ頭に強い衝撃を受けた。
痛みよりも驚きが勝った状態で振り返ると、そこにはにやけた表情の男がいた。
だれだと思ってにらみつけると、甲高い声で笑った。
「あははは、インターでも怒るんだな!」
その声で団長であるのが分かったが、ミツルは腹が立った。もう少しで動く死体に気がつかれることなく地の女神の元へと送れたというのに、邪魔をされたのだ。
そればかりか動く死体に気がつかれてしまった。ゆらりと揺れるとゆっくりとこちらに近づいてくる。
ミツルは団長を押し退けて素早く動く死体から離れた。
「インターのくせに死体から逃げるのか。やはりこの町はインターに頼らないでいく方針は変えないでいこう」
耳に響く甲高い声と内容に腹が立ったが、それよりも動く死体から離れないと大変まずい。
「動く死体から離れろっ!」
「ははん。おまえのような臆病者ではないというところを見せてやる」
そういうと団長はにやにやと笑いながら動く死体へと近寄っていった。
「いいから離れろっ!」
ミツルがそう叫んだと同時に動く死体が口を大きく開き、耳をつんざく奇声をあげた。
「ギィャアァァァァ」
「なっ……!」
声をもろにかぶった団長は奇妙な格好のまま固まった。
「くそっ」
ミツルは舌打ちをすると木の床を蹴った。




