05
たぶんだが、動く死体が発生したのだろう。
その原因はきっと、団長がミツルの牢内に持ち込んだ土が原因だ。
この国の土には女神の力が宿っている。それは生きているものにも、死んでいるものにも平等に力を与える。
死体にほんの少しでも土が触れると、たちまち生命が吹き込まれ、動き始める。
自業自得といえばそれまでだが、このまま見過ごすわけにもいかない。
本当に損な役回りだと思う。
しかし、インターが地の女神の元へ送ることが出来るのは、動かない死体だけ。女神の元へ送るには、動く死体を動かない死体にしなければならない。しかし、動く死体を動かなくするにはとても大変だ。動く死体は動く者を見たら襲ってくる。向こうの攻撃を受けないようにしながら倒すのは至難の業だ。
だが、中には動く死体を強制的に地の女神の元へ送ることが出来るインターも数は少ないがいる。
ミツルと祖父もそうだった。
ミツルは牢の格子へと近寄り、ぼんやりと明るい廊下に目を向けた。
牢屋と詰め所の間を分けている扉の辺りに、予想通りにゆらりと動く死体がいるのが見えた。
この距離ではインターの力が届かない。もっと近寄ってくれればと思ったのだが、動く死体はゆらりと揺れ、遠ざかっていった。
動く死体は動く者にしか反応しない。団長たちはぶっ飛ばされて動かなくなったのが幸いして、助かったようだ。
動く死体は生前の身体能力が高ければ高いほど脅威になるのは、コロナリア村での四人の件でミツルは嫌というほど知っていた。しかも身を守るために無意識のうちに行っている力の抑制がないため、動く死体は驚くほど馬鹿力だ。それは今の自警団員四人が吹っ飛ばされたことでもよく分かる。
厄介だと思ったが、動く死体を処理するから出して欲しいとお願いしても、この町の住人である自警団員が素直に聞いて出してくれるとは思えない。
出ることが叶わない状況にミツルはあまりの悔しさに唇を噛みしめた。
*
あたしが見つけていなかったら死んでいた……?
そういわれて、ナユの身体はひやりとした空気に包まれたような気がした。
ナユが死を連想させるものに触れたときに感じる、あのとても嫌な感触。
全身から血の気が引いて、気が遠くなる。
今もシエルがナユになにか言っているけれど、聞こえてこない。
ふわふわとして、だけどどこかに急激に引っ張られるような、上から叩きつけられるような力強いなにかに感覚すべてが分からなくなる。
「ナユ!」
耳元で大きな声で名前を呼ばれ、さらには身体を強く引っ張られたことで感覚が戻ってきた。
慌てて顔を上げると、とても心配そうな表情のシエルがいた。それを見ていると、とてもこの人が嘘をついていたりおかしくなっているようには思えなかった。
それでも、とうてい信じられる話ではなかったが。
「また死の淵を覗いたの?」
「死の……淵?」
それがなにか分からなくて、ナユは首を傾げた。するとシエルは目を潤ませた後、ナユの身体を抱きしめてきた。しっかりとした身体の柔らかさと温もりにナユは驚き、目を見開いた。
よく分からないけれど、この人には体温が存在していないと思っていたのだ。それがきっちりとした温もりがあったのだ。
「ラウラのお腹にいたとき、あなたは半分、死んでいたの。死の淵にぶら下がっていたのをあたしが引っ張って連れ戻したの。だけどそれだけだと心配で、その後はあなたの中にいたの」
「……は?」
突然のシエルのとんでもない告白に、ナユは固まった。
「だからあなたは人よりも死を畏れるの。一度、死に触れたから、本能から恐怖するわよね」
ナユが死を畏れる理由はなんとなく説明は付いたが、それよりも気になることがあった。
「あなたがわたしの中にいるから、胸が育たないのね!」
*
ミツルはどうやってここから抜け出そうかと悩んでいたのだが、詰め所からまた新たな悲鳴や怒号が聞こえてきた。
自警団員だから自分たちでどうにかしようとしているらしいのは分かったが、それでどうにかなるくらいならば、人々はこんなにも土に恐怖しない。
なにもしなければむき出しの土のはずの地面は、土を隠すために木の板で覆い、隠しているのだ。ミツルはこの国しか知らないけれど、それでもこの国の地面は病的だと思う。
団長も言っていたではないか。わざわざ板をはがして土を持ってきたと。そうまでしないとこの国では土を見ることが出来ないのだ。
土に恐怖して、隠す。本当ならば木の板を敷いていても地面の上に立ちたくないと思っているのかもしれない。
それはともかくとして、ミツルはここからどうやって出ようかと悩むのだが、なにもいい案は浮かばない。
少し眠ったとはいえ、そんなもので殴られて蹴られた傷が治るわけもなく、体調は最悪と言ってもいい状態だ。
このまま見て見ぬ振りをするという選択肢もミツルにはあった。
あれだけの暴言を吐かれた。しかもこの町はインターを全否定しているのだ。
だけど、と思う。
これは逆にいい機会なのではないか、と。
ここで華麗にこの件を片付ければ、少しはインターのことを見直してくれるのではないか。危機を機会に変えよう。
少し前のミツルならばそんなことを思わなかっただろう。
そう思うようになったのは、ナユに少しでもいいところを見せようとしているからだ。それで自分の地位もあがれば一石二鳥ではないか。
さて、それではどうすればいいのか。
まずはここから出なければならない。牢屋を抜け出すにはどうすればいいか。
鍵を開けてもらうというのが一番楽な方法だが、動く死体に吹き飛ばされた四人はまだ動く様子がないところを見ると、吹っ飛ばされてのびているのだろう。起きていたとしても、素直に開けてくれるとは思えない。
それでは、次に考えるのは、牢の格子を壊すことだが、蹴ったくらいで壊れるのなら牢の役目を果たさないし、しかも今、ミツルは怪我をしていてとてもではないが壊せそうにない。
この案も却下。
後は床板を剥がして地面を掘るというのも考えたが、素手ではとても掘れそうにない。しかも自慢ではないが、円匙が手元にあっても、武器としては扱えるが、本来の役割の土を掘るのはとても苦手だった。
これも駄目だ。
では、他には? と思っていると、またもやミツルの牢屋の前を人が飛んだ。
どれだけ暴れん坊な動く死体なんだと呆れてしまう。
うぐぅと呻き声を上げてそこで気絶をすればいいのに、五人目の吹っ飛ばされた自警団は四人が緩衝材になったのか、起きあがってしまった。
動く死体は動く者に反応する。
ゆらり、ゆらりと動く死体はゆっくりと必死になって立ち上がった五人目へと近寄ってきた。
動く死体の動きはとても鈍く、ミツルのいる牢屋との距離もかなりある。早く近づいてこいと念じながらじりじりと待っていたのだが、五人目は立ち上がったまではよかったが、ふらふらと揺れ、そのまま倒れてしまった。
五人目が動かなくなってしまったため、動く死体は急に興味を失ったかのように身体を回転させると戻っていくではないか。
あともう少しで力が及ぶ範囲だったのにとミツルは思わず舌打ちした。
さて、それではどうしたものか。
ミツルはもう一度、舌打ちして、勢いよく固い寝台に腰掛けた。




