04
ミツルが町で値引き交渉をしていた時。
ナユはぐーすかと眠っていた。
ミツルの手前、疲れたとは言えなかったけれど、実はとても疲れていたナユ。早めに町に入ってくれて、同室とはいえ、寝台は別々で取ってくれた。その上少し休めばいいとも言ってくれて、助かった。
案外、気が利くのかもしれないと気持ち良く寝ていたのだが、それを邪魔する無粋な音に目が覚めた。
ナユは大家族の中で育ったため、どんなにうるさくても眠ることができたし、一度、寝てしまうとよほどのことがないと目を覚まさない。そのナユが起きたのだから、扉を叩く音は相当大きかったと思う。
ミツルは鍵を持って出ていたし、一体だれ?
そう思って寝起きでぼんやりした頭でナユはなにも考えずに扉を開けた。
そこに立っていたのは──。
*
ミツルは店のオヤジとの値引き交渉が思ったより長引いたことに舌打ちしつつ、しっかりと碧い髪留めを携えて宿へと向かっていた。
支払いを済ませて商品を受け取った後、店のオヤジがずいぶんと気になることを口にした。
いわく、近頃、金色の髪の少女の行方が分からなくなっているというのだ。
金色の髪と言われてナユのことを思い出し……思ったより長く外にいることに気がついてミツルは焦っていたのだ。
ナユはなにも言わなかったが、相当疲れているはずだ。いつもならもっと突っかかってきそうなことも元気がないからか特になにも言わず、素直に寝ていた。
帰るまでに起きていたとしても、ナユは自分が方向音痴であるという自覚はあるから、そうそう出歩かないだろう。
とはいえ、なんだか嫌な予感がする。
焦って宿に戻ると、ミツルを待ち構えていたらしい女将が出てきた。
「ちょっと、騒がれると困るよ!」
「……騒ぐ? 俺は今まで出掛けていたんだが」
思ってもいなかった言葉に、ミツルは反論した。出かける時、一声掛けたから女将も知っているはずなのにと不審に思いつつ、ミツルは慌てて部屋へと向かった。
ミツルたちの部屋は受付横の階段をぐるりとのぼった二階にあった。この宿屋は部屋数を多く取ろうとしたらしく、とても狭い廊下の左右に扉があり、その一つがだらしなく開いているのが見えた。
そして扉に書かれた番号はミツルたちが当てられた部屋だった。
まさかと思って走り寄って飛び込むと、そこはがらんとしていた。
「おい……嘘だろ」
ナユが寝ていた寝台は掛け布団がめくれていたけれど、それ以外は特に乱れていなかった。荷物もそのままだ。
だけどその荷物の持ち主はおらず、そしてミツルの荷物も残されたまま。
部屋を見回しても書き置きがあるようにも見えない。
「ちょうど席を外していた時に大騒動してるから来てみたんだけど、だれもいなかったよ」
「だれも……?」
ミツルの問いに女将は大きくうなずいた。
「困るんだよね、騒がれたら。金は返すから出て行ってくれないかい」
そう言われてミツルは焦ったが、この状態ではこのまま滞在するのはかなり難しそうだと判断して、自分のとナユの荷物を持つと、部屋を出た。
こういうとき、迷惑料として宿泊代は取られてしまうのだが、返してくれるという。気が変わらないうちに出て行った方がよさそうだ。
「もしも連れが戻ったら、町の外で待っていると伝えてくれないか」
「……本来はそういうのは受けないけど、仕方がないね。戻ってきたら伝えるよ」
「申し訳ない……」
金も返ってきたので懐にしまい、それからミツルは先ほど聞いた話の真偽をはっきりさせようと女将に質問をした。
「最近、金髪の少女がよく行方不明になっていると聞いたんだが」
「ああ、そういう話を聞くけれど、たまたまじゃない?」
とあまり足しにならない情報しか得られなかった。もっと聞こうとしたのだが、客が来たので追い払われた。
ミツルは仕方なく宿を出て、ため息を吐いた。
空を見上げると太陽が沈み始めていた。
ミツル一人だけならば町の外で野宿をしても構わない。しかし、ナユと一緒だし、そのナユは行方が分からなくなってしまった。
女将の証言によれば、受付から席を外した時を狙ったかのようにだれかが暴れていたという。
まさかナユが? と思ったが、おかしな言動はするけれど、常識はきちんとあるのはこの一月で分かっていた。
となると、他のだれかが関わっている?
どうにも店のオヤジの話が気になって仕方がない。
そしてふと、思い出した。
そうだ、ナユにはシエルがついている。
だからミツルは急く気持ちを抑えながら町の外に出て、周りに人気がないことを確認してから口を開いた。
「おい、シエル」
シエルは名前を呼べば駆けつけると言っていたから名を呼んだのだが、気配はするけれど姿形が見えなかった。
ミツルの前から姿を消すまでは名前を呼んだらぼやんとした姿を現していた。
ナユの中にシエルがいると知ってから呼んだことがなかったから、もしかしたら前のようには出てこられないのかもしれない。
それでもとりあえず、ミツルはシエルに伝えたい言葉を口にした。
「聞こえているかどうかは分からないが、俺は宿を追い出された。一度、町に戻って酒場を巡って情報を仕入れてこようと思うが、今日は野宿する」
それだけ伝えるとミツルはナユの荷物も持ち、町へと戻った。
荷物が邪魔だが仕方がない。このまま酒場を回って情報を仕入れる。
よくわからないが、ナユは誘拐されたのだと思う。
町に向かっているときも、入ってからもフードはしていたのに、どこかでナユの髪が金色だということに気がつかれたのかもしれない。
そういえばナユはよくさらわれると言っていたが、あれは本当だったのかもしれない。
これは困ったと思いつつ、ミツルはめぼしい酒場を見つけては情報収集につとめた。
*
ミツルがそうやってナユを探していた頃。
ナユはぐーすかとまたもや眠っていた。
ナユが言うように、こうやって攫われるのは今回が初めてではなかった。村にいるときから年に一度は誘拐されていたし、町に行ってからは数回あった。
だけどその度に傷一つなく無事に帰っていた。
それはシエルのおかげであったのだが、ナユが誘拐されやすいのは半分はシエルのせいでもあったので、そこは責任を持って無事に返してほしいところだ。
ということで、妙に肝が据わっているというか、なにも考えていないというか、とにかく、ナユは緊張感なく眠っていた。
それにしてももう少し危機感を持って欲しいところである。
扉をうるさいくらいに叩かれて起こされ、警戒することなく開いた先に立っていたのは、見たことのない、一瞬、性別がどちらか分からないほど美しい男。
だけどナユはその男を見た途端、痛いくらいの鳥肌が立ったのが分かった。
この男は危険だから逃げて。
だれかが警告を発していたけれど、ナユは恐ろしさのあまりに動けなかった。
そして男は言ったのだ。
「ようやく会えた」
と。
ナユの記憶はそこまでだ。
そうして今に至るのだが、ナユは呑気に眠っていて起きる気配はまったくない。
これは困ったなとナユの中でシエルは思い、それならばいつものようにナユの身体を借りようとして──違和感を覚えた。
いつもだったら簡単にナユの身体を自分のもののように扱えるのに、今回はどうしてだかできない。ナユの意識があったとしても乗っ取ることができるのに、今は寝ているからそれよりも簡単なはずなのに、いつものようにできないのだ。
どうしてと困惑していると、かつんと音がしてだれかが近くにやってきたのが分かった。
ナユに起きて欲しくて呼びかけるのだけど、起きる気配がない。
どうしようと焦っていると、声が聞こえた。
「無駄ですよ」
と。




