03
ミツルにどうしたいと聞かれたナユは、ミツルの妙に熱い視線を感じながら考えた。
ミツルに声をかけられるまでナユはなにを考えていたのか。
──そうだ、どうしてナユは『死を連想させるもの』が嫌いなのか考えていたのだ。
怖いものや嫌いなものというのは、対象を知らなければ出来ない。未知のものに対して怖がったり嫌ったりということはあるけれど、それでもその未知のものはまったくの未知ではない。なぜなら、知らないものに対して感情を持つということは難しいからだ。
だけどナユは、死ぬということをきちんと認識していなかったと思う。
この国で死ぬと、借りていた肉体を地の女神に還す。
そのことが怖いわけではない。
その手前にある『死』がナユは激しく怖かったのだ。
一年前、母が亡くなった。
父から通信鳥が送られてきたときはとうとうその日がきたかとしか思わなかったし、いざ、母が亡くなったとき、すごく悲しかった。だけど死が怖いとも思わなかった。
それよりも安堵したという気持ちが正直あった。そう思ったとき、ナユは冷たい自分にひどく落ち込んだ。
今回だって家族を同時に四人も亡くしたのに、死が怖いと思わなかった。もう会えなくなるという悲しさはあったけれど、それよりもようやく彼らを解放してあげられたと思った。
家族を亡くしてしまって天涯孤独となったけれど、死が憎いだとか、怖いと思わなかった。
それでは、どうしてナユは死が怖いと思っているのだろうか。
考えても結局、よく分からなかった。
ナユがずっと黙っていることにしびれを切らしたのか、ミツルがいきなりナユの手を握ってきた。
ナユは驚いて手を振り払おうとしたが、大きくてがっしりとした、そして意外なほどのやさしい温もりに抵抗できなくなった。
「まだ歩けるか?」
「……うん」
「それなら、もう少しすれば町があるからそこまで頑張ってくれ。今日は少し早いがそこに宿を取る」
そう言ってミツルはごく自然にナユの手を引き、歩き始めた。ナユはそれにつられ、足を前へと出した。
どうしてだろう。
ミツルはナユが嫌っているいい男だし、しかも死を連想させるインターだ。大嫌いなはずなのに、なぜかとても心を惹かれてしまう。
ミツルがいうように、似ているところがあるというのは認めたくないけれど、事実だ。
後はやはり、筋肉がいけないんだ! そうだ、筋肉がいけないんだ。筋肉は正義だけど、すべてではない。
ナユは思わず心の中で問いかけた。
──お父さん、こういう場合はどちらを優先させるべきなのですか。
そう問いかけている時点で答えは出ているのだけど、ナユの矜持が認めたくないと抵抗をしていた。
*
無言のうちに目標の町に着いた。
人通りの多い道を歩いていたのと、まだ陽が高いうちだったので道中では特に問題はなかった。
問題が起こったのは、町に入ってからだった。
どうしてだろう、周りの視線が妙に痛い。
理由が分からなかったけれど、少し悩んで分かった。
城下町で一緒に歩いていても特に注目を集めることがなかったから失念していたけれど、ミツルは背が高くて見た目がよいとあってとても目立つ。
そんな目立つ人と手を繋いで町へと入った。特に手を振り払う理由がなかったのでナユはそのままにしていたのだが、どうやらそれが原因で余計に視線を集めていたみたいなのだ。
「ねえ、ミツル」
「なんだ」
「視線が痛いんだけど」
「気にするな。いつものことだ」
どうやらミツルは慣れているらしく、気がついていながら相手にするなと言ってきた。それならばそれに従うしかないだろう。
ナユはフードをかぶったままミツルの手をきつく掴んでついていった。
町の案内所に行き、教えてもらった宿へと向かった。ミツルがすべて手続きをしたので、部屋に入って困惑した。
「え……? ここ?」
「そうだが、なにか問題でも?」
狭い中に寝台が二つ置いてある小さな部屋。一人一部屋だと思っていたナユはうろたえた。
「え、一人でこの広さなのっ?」
「そんなわけあるまい。二人一部屋だ」
「な、ななななななんで一緒の部屋っ?」
「安いから」
「……それだけの理由?」
「そうだが? なんだ、他になにか理由を付けてほしいのか?」
「や……いや……」
狭いのは慣れている。屋根があるだけありがたい。
だけどどうして大嫌いな、しかも男と同室にならないといけない?
「え……と。別々の部屋に……」
「したいのは山々なんだが、おまえ、旅慣れてないだろう?」
「う……」
「しかも朝、荷造りできるか?」
「…………」
そうなのだ、ナユの荷物はすべてクラウディアが用意してくれたものだ。どうして荷造りを自分でしていないことがばれているのだろう。
「それにこういうところに女一人が泊まっていると、不届きな輩が夜中に忍び込んでくるからな」
「…………」
見知らぬだれかと知っているけど大嫌いなミツルと天秤にかけ……後者が遙かにマシだという結論にいたり、ナユは仕方がなく同室を受け入れた。
それに同じ部屋で寝起きするのはこれが初めてではないし、あの時はなにもなかった。今回も大丈夫! と根拠のない大丈夫を信じることにした。
「少し疲れただろうから休むといい」
「あ……うん」
「俺は町に出て様子を見てくる。俺が帰ってくるまで勝手に出るなよ?」
「分かった」
ミツルはナユが寝台に潜り込んで寝たのを確認すると、鍵を掛けると出掛けて行った。
*
ミツルは町に出て、少し散策をすることにした。
初めて訪れる町ではなかったが、いつも通過していた町。だから勝手が分からないため、いざというときのために逃走経路を確認しておきたかったのだ。
インターだとばれた場合、ひどい場所だと袋だたきに遭う。ミツルも何度かそういう目に遭い、死にかけたことがあった。この町がそうではないと願いたいところだ。
そういえばこの町にはまだインターが常駐していなかったなということも合わせて思い出した。
常駐先優先一覧表の中にこの町の名前がなかったような気がするから、優先度が低いのか、はたまた問題があるのか。後者ではないことを願いながらミツルは門へと続く道を確認していた。
そうやって見ていると、ふとミツルの目に止まったものがあった。
それがなにかと思って近寄ると、碧い髪留めだった。
ナユはいつもクラウディアの作った凝った組紐で髪をまとめているけれど、これを合わせてもいいかもしれない。瞳の色と似ているから、横の後れ毛を止めると似合うかも。
「どうだい、少しまけるよ」
その声にミツルははっと顔を上げ、店員を見た。
視線が合った途端、店のオヤジはにやにやとした笑みを向けてきた。
「なんだい、ずいぶんと色男だな。好きな彼女にでもあげるのかい」
からかいの言葉に、ミツルは自分の顔が熱くなるのを自覚した。
今までだれかになにかを買おうなんて考えたことがなかった。ましてや、これが似合うかもだとか、付けたときのことを想像したりなんてこととは無縁だった。
本当にやられてるなとミツルは思ったけれど、値札を見て、それから店のオヤジを見た。
「おい、オヤジ。いくらまかってくれる?」




