04(一部完)
ナユが気がついたときには夕食が宴会になっていた。
ミツルを見ると、部屋の片隅で酒を飲んでいるようだった。
さきほどの発言は、酒を飲んだ上でのことだろう。うん、そうしておこう。あれが素面だったなんて、恥ずかしすぎる。
ナユはそう結論づけて、お腹いっぱいになるまで食べた。
それから部屋に戻り、薄い布団に横になった。
家族を一気に亡くしてしまった。
それはとても悲しかったけれど、どこかで安堵している自分がいた。
母の薬代を返し切れていないという問題はあったけど、仲介していたカダバーが死んでしまったからどうすればいいのか分からない。
母の薬代のせいで、父と兄たちにしなくていい苦労をかけてしまっていたという負い目がナユにはあった。
血は繋がってないけれど家族だとアヒムに言われた。
その言葉はナユにはとても重荷だった。
だから四人が死んでしまったのはとても悲しかったけれど、ようやく解放してあげることが出来たのかと思うと、安堵している自分がいた。
あの筋肉に会えないのは悲しいけれど、代わりにミツルがいる。
……とそこまで考えて、ナユは慌てた。
「いやいや、あれを代わりにしたら駄目よ!」
口に出してからあまりの恥ずかしさにナユは真っ赤になった。
ミツルに抱きしめられたとき、アヒムに同じようにしてもらったように安堵したけれど、でも、どきどきもした。アヒムにされたときには思わなかったけど、もっと温もりを感じていたいなんて思ってしまったなんて──。
「あぎゃぁぁ」
あまりにも恥ずかしい思いに、ナユはおもわず部屋の中で絶叫した。
「なにを絶叫している?」
扉が叩かれた後、すぐにそんな声がしてなぜかミツルが入ってきた。
「なっ、ちょっ?」
「ノアと寝る予定だった部屋、酔いつぶれたヤツの休憩所になって寝るとこなくなった」
「や、だからって!」
「気にするな。ほら、こっちこいよ」
部屋の明かりを消すなりミツルは横になり、ナユに来るように誘ってきた。それは妙に色っぽくて、ふらふらと引き寄せられた。
「疲れただろう? ほら、おやすみ」
「う……」
ナユを抱き抱えたミツルはすぐに眠ってしまったようで、背後から寝息が聞こえる。息がお酒の香りがする。酔っぱらっているようだった。
この状況で眠れるなんて! と思ったが、ミツルの温もりに眠くなってきてナユはそのまま寝てしまった。
*
次の日、先に目が覚めたミツルは腕の中にナユがいることに驚き、慌てふためいた。
しかも妙に頭が痛む。お酒を相当、飲んだらしい。最後の辺りはまったく記憶にない。
慌てているミツルの気配に気がついたナユが目を覚まし、最低と罵られるのはお約束だ。
「もー、ほんと、意味が分からないから! いきなり部屋に来て、ぐーすか寝るんだもん」
「その……俺、なにもしなかったよな?」
「うん。寒かったからちょうどよい湯たんぽで助かったよ?」
「……お、おぅ……」
警戒心がないことに対して、喜ぶべきなのか、嘆くところなのか。よく分からないが、いいとしよう。
「死屍累々となってそうだな、この様子だと」
「そのまま地の女神に送りつけたら?」
「おまえな……」
はあとため息を吐くと、少し酒臭さが残っていた。
水を飲んで、しゃきっとしてからイルメラの手伝いをするかと決め、ミツルはナユを残して部屋を出たところで、ユアンとばったりであった。
「さっそく襲ったのですか」
「いや、俺、相当酔ってて、一緒に寝ただけ」
「そうですか」
朝から機嫌がいいところを見ると、ミチとは上手くいったのだろうとミツルは目処をつけた。
「はー、次はインターの人権確保か」
「いきなりなんですか?」
「いや、インターを人として見てもらえるようにしないとなと思ってな」
「まあ、そうですけど」
やらなければならないことはたくさんあるが、それもナユとの将来を得るためだ。
「うへへへ……」
「なんか気持ち悪い人がいますが、幸せそうでなによりです」
「逃がさないからな、ナユ。ふふふふ……」
そんなことを知らないナユは、部屋で盛大にくしゃみをしていた。
*
城下町に戻り、ミツルはクラウディアと話をした。ミツルは自分がインターだと最初に告げたが、クラウディアはそれがなにか? と気にしていないようだった。ナユの周りは今までのミツルが持っていた『常識』を覆していく人ばかりだ。ナユも相当おかしいから、やはり類は友を呼ぶなのかもしれない。
案の定、クラウディアはミツルと気持ちが悪いくらい意気投合した。
「ナユだが、インターの本部で働いてもらおうと思う」
「んー、あの子、不器用だけど根性はあるから重宝していたのよねえ」
かなり渋っていたが、
「その代わりといってはなんだが、ナユの親代わりになってほしい」
という話を振ると、二つ返事どころか、自ら買って出てくれた。
「もう、大歓迎よ。前と変わらず、うちに住んでもらってかまわないから! 本部に通うのにも都合がいいでしょ?」
そうしてミツルとクラウディアは密約をかわした。
腹黒二人が組むと、いろいろと最悪になる好例……もとい、悪例となる。
後はナユが気にしていた薬代のことであるが、実はとっくに払い終わっており、カダバーが横領していただけだった。
横領していたお金は、予想通り、カダバーが城下町で遊ぶための軍資金となっていたという。
どれだけ貢いでいたのかはしらないが、これらがヒユカ家へきちんと入っていれば、もしかしたらナユの母はもっと長く生きていられたかもしれなかったのだが、それはもうありえないもしもだから、考えない方がよいだろう。
そしてカダバーの身元だが、なんとインターだったというのだ。
国に登録をしていなかった野良インターであったが、口八丁であちこちで悪事を働いていたようで、国から目を付けられていたので、野良であったがすぐに身元が分かった。
ミツルがインターの地位をあげようと躍起になっている横で、そうやってインター自らが自分たちの地位を貶めるようなことをしていることに腹が立ったが、すでに対象は死んだばかりか女神の元へ還れない『反逆者』となっているから、それで溜飲を下げることにした。
今回の事件は、たまたま通りかかったコロナリア村でナユを見たのが発端だったようだ。報告書を書くためにユアンが聞き取り調査をしてくれ、複数人の証言で判明した。
ナユが言うように、ナユは見た目は薄幸の美少女に見える。しかし実際は強烈な個性の持ち主だ。だからなのか、ある一定の者を惹きつけて離さない。
クラウディアもその一人であるし、ミツルもそうである。
カダバーもそうだったのだが、ナユに思いっきり拒否をされた。しかもアヒムにも駄目だと言われた。これも村人からの証言だ。
アヒムとカダバーは仕事上ではそれなりに上手くやっているように見えたが、ことナユのことになるとよくけんかをしていたという。だからこそ余計に村人からカダバーは評判が悪かったようだ。
カダバーは暴走してしまい、ナユを手に入れるためにアヒムを殺したようだった。ナユを手に入れるために何年もの歳月を掛けていたというのだから、すごい執着心だと思う。
その中で不可解なのは、あの魔法陣のことだ。手間暇もだが、城から派遣された魔法使いが見たことがない魔法陣だと首を傾げていた。
どこでこの魔法陣を手に入れたのか。
それは結局、闇の中となってしまった。
*
クラウディアはナユの親代わりになり、宝飾店勤務からインター本部勤務へとなった。
「なんか納得がいかないんだけど」
「なんでだ?」
ミツルの執務室で資料を仕訳していたナユはぼそりと口を開いた。
「結局、あの騒動の収集代は村からもらったんでしょう?」
「そうだが?」
「だったらわたしがここで働く意味はないわよね?」
「いいところに気がついたな」
くくくくっと笑うミツルに、ナユはハメられたことに気がついたが、すでに遅い。
「まあ、ナユは利子だな。それに、村長からよろしくされたからな」
「なに、それ」
そして実はあの騒動の後、ミツルは城と掛け合い、城からも金をせしめていたのだが、それは言わないでおくことにした。
一刻も早く借金を返したいのだ。なりふり構っていられない。
「それと、なんでわたしがクラウディアの新作を着てるの……?」
「ん? 似合ってるな」
「なっ!」
まさかミツルが褒めるとは思っていなかったナユは、不意打ちの褒め言葉に真っ赤になった。
「クラウディアとの約束だよ。ナユがあそこで働かなくなった代わりにそれを着て、宣伝してほしいってさ」
「…………」
とはいえ、まったくのただではなくてミツルが買い取りをしているのだが、それもナユに言う必要もない。
ナユが着ている服が売れたらいくらか利益をもらえるということだから、悪い話ではない。
クラウディアもちゃっかりしているというか、困ったものだ。
「ということでナユ。お使いに……って、そうか、おまえは方向音痴だったな。仕方がない、つき合え」
「え、なんでっ?」
「まあ、いいから。ほら、行くぞ」
ミツルもなにかと理由を付けてナユを振り回しているのだから、それもどうなのやら。
こうして日常が過ぎ去っていくのだった。
【二部に続く】




