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03

 デリアの興奮はさらに続く。


「だってナユちゃん、考えてもみて? 国から必要とされるような能力を持っていて、それでいて見た目もよくて、お金も持ってるのよ? 非の打ち所がないじゃない!」


 とデリアはいうが、ナユとしては遠慮したい気持ちが強かった。

 それというのも、ナユは今までの人生で、見た目がよいという男性と相性が良かったためしがないのだ。だからインターの居場所が分かったまでは良かったが、そこにナユが不得手とする人がいると聞いて、行くことがためらわれた。

 だけどどうも行かなくてはいけない状況のようだ。


「それで、ナユちゃん。インターの本部に行きたいのよね?」


 だからデリアに聞かれて、ナユは渋々うなずいた。


「じゃあ、おねーさんが連れて行ってあげるっ!」


 デリアは嬉々としてそう言うが早いか、ナユが止める間もなくてきぱきと店を閉めてしまった。


「さっ、行きましょ!」


 デリアは頬をうっすらと染め、意気揚々と歩き出してしまった。

 デリアはナユのためと言うよりは、今回は自分のために動いているのではないだろうか。いつもは人のためにと一肌脱ぐデリアが珍しいなと思いながら、ナユは背中を追いかけた。


     *


 ナユたちがいた場所は城下町の中心部に近く、城にも近い。そしてインターの本部にも近いという。

 ウィータ国は副産物的に他国に売るほど木材が豊富にある。だからウィータ国の建物はどこも木造だし、道の舗装も木くずを固めて敷き詰められていた。

 木造の建物ばかりではあるが、外観の色は様々だ。しかしそれは色を塗っているわけではなく、木が持つ自然な色合いだ。茶色や黒っぽいものが多いが、緑や青、赤、橙、薄赤、黄、白などもあるので意外にも華やかな町並みになっていた。

 デリアは左右にさまざまな店が軒を連ねた大通りを歩きながら、ナユにインターの本部ができた経緯などを説明してくれた。


「インターって国から保護はされてるけど、それって申請のあった人たちだけで、申請をしていない人は野良インターって呼ばれていたの」


 野良インターってなんだかすごい表現だなとナユはデリアと並んで歩きながら思う。


「今でこそどこの村にもインターはいるけど、本部ができるまでは国に申請していたインターでさえ、ほとんどが住む場所がなくて放浪していたようなの」


 インターがいなくてはみんなが困ってしまうのに、どうしてそんな状態だったのだろう。

 疑問に思って聞こうとしたところで、隣を歩いていたデリアが視界から消えた。

 ナユは慌てて止まって周りを見ると、少し後ろに目を輝かせたデリアがいた。


「デリアねーさん?」


 ナユの呼びかけに、しかし、デリアは反応しない。

 ナユは引き返してデリアの横に立ち、視線の先を見た。


「う……わぁ」


 ナユの口から思わず感嘆の声が漏れた。

 デリアと同じように歩いていたのに気がつかなかったのは、どうやらナユは自分が思っているよりぼんやりしていたのだろう。

 通りの先に、縦にも横にも大きなウィータ国独特の外観を持った木造の建物が見えたのだ。外観は鈍い黒みを帯びた色をしていて、少し威圧感がある。


「ここがインターの本部よ」


 そう言われると、ナユの目には実際にはないのに、建物に黒い霞が覆っているように感じられた。印象とは恐ろしい。

 デリアはナユの手を取ると、ぶんぶんと振り回した後、ぎゅっと握りしめた。


「ナッ、ナユちゃんっ、いくわよっ!」

「……はい」


 デリアの手は震えていた。その震えが、ナユにも伝染した。

 一年前に母を埋葬したインターを思い出した。暗い色のフードを目深にかぶった陰気なインター。

 あれは人ではなく、動く死体だと言われたら……。

 ぞくりと妙な寒気を背中に感じ、ナユはまた震えた。

 そのことにデリアは気がつき、気遣わしげな視線をナユへと向けた。


「ナユちゃん、大丈夫?」

「わっ……わたしはっ、そのぉ。で、デリアねーさんこそ、大丈夫?」


 インターが怖くて震えたなんて言えなくて、ナユは問題をすり替えることにした。

 デリアは少しぎこちない笑みを浮かべると、ふふふっと小さく笑った。


「らしくないわよね。いるかどうか分からないのに、もしかしたら見られるかもって思ったら、緊張しちゃったの」

「…………」


 だれがとはデリアは言わなかったが、どうやら例の本部を作ったといういい男のことを言っているのだろう。デリアの震えは緊張からで、インターが怖くて震えたわけではなかった。

 ナユはそんな自分が恥ずかしかった。


「ま、本部長ともなる人は忙しいだろうから、きっといないわよねっ」


 デリアはナユにというより自分に言い聞かせるように言うと、ナユの手を握り直して歩き出した。


「ナユちゃん、迷子になるから手を離したらだめよ?」


 デリアの今更の言葉に、ナユは笑った。だけど不安に思っていたナユには、その手の温もりに安堵した。


     *


 二人は手に手を取ってインターの本部に近寄った。

 側に寄ると、とても大きいことが分かる。視線を少し上に向けても、屋根が見えないのだ。ぐっと顎を上に向けて、ようやく上端が見えた。


「はー、大きいわね」

「……そうですね」


 これを一人の私財で建てたというのだろうか。とすれば、とんでもないお金持ちだ。

 クラウディアのところで働き始める前は、兄弟が多い上に、身体を壊した母の薬代のせいでとても貧乏で、満足にご飯が食べられなかった。

 その一方でこんなにもすごい建物を個人で建てるほどのお金を持っている人がいるとは。

 せめてあの玄関の扉一枚分のお金があれば……と、思わず恨めしくなってナユはじっとにらみつけてしまった。


「入りましょうか」


 大通りの店のように看板が出ているわけではないから本当にここがインターの本部なのか、ナユには分からない。だけどデリアに促されて、ナユは扉に近づくと取っ手に手をかけて思い切って開けた。

 そして口から出た言葉は、


「たのもー!」


 だった。

 デリアとは手を繋いでいたから、震えが伝わってきた。それは先ほどの緊張の震えとは明らかに違っていて、笑いをこらえているものだった。

 ナユもどうしてそんな言葉が出てきたのか分からない。

 ただはっきり分かるのは、ナユがここを建てた人物に対して快く思っていないということだ。だから無意識のうちに挑むような単語が出てきたのかもしれなかった。

 ナユの声は思っていたより広い広間を通り抜け、消えていった。

 もう一度、声を掛けようかとナユが息を吸い込んだところで、後ろから声を掛けられた。


「なんの用だ? 取り立てか?」


 低くて少し陰気な声に驚いて、ナユは息を止めた。そして息を飲み込んだまま頬を膨らませて振り返ると、灰色の布が見えた。文字通りのふくれっ面のまま、ナユは視線をあげていく。

 ナユの碧瞳と、声を掛けてきた男の灰色の瞳が交差した。

 隣のデリアが熱っぽい吐息を吐いた。

 それでナユは分かった。本部長というのはこの男だと。

 ナユは視線に力を込め、拳を握って男に迫った。


「わたしと一緒に、村に戻って!」


 一刻も早くインターを連れて帰らなければの一心でお願いをしたのだが……。

 男は表情を変えることなく、冷たい声でナユの依頼を一蹴した。


「断る」


 まさか断られるとは思っていなかったナユは目を見開き、男に詰め寄った。

 灰色の布と思ったのは、フード付きのマントだったようだ。ナユはそれを掴み、思いっきりにらみあげた。


「どうしてよ! いいから一緒に来なさいよ!」


 男は灰色の瞳に感情を宿らせないまま、ナユをじっと見下ろしていた。






 

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