01
ナユはミツルにしがみついたまま、寝入ってしまった。起こさないようにそっと離れることも出来たけれど、ミツルとしてはいつまでもナユを抱きしめていたくて、そのままでいた。
陽が傾きはじめ、ミツルもつられてうとうとし始めた頃、ナユが目を覚ました。
腕の中で身じろぎするナユにミツルは気がついて、起きた。
「起きたか?」
ミツルの質問に、ナユは真っ赤になりながらうなずいた後、ミツルの胸に顔を埋めた。恥ずかしいらしい。
「その……ありがと」
小さな声でお礼を言われ、今度はミツルが真っ赤になった。
罵られるのは慣れているけれど、お礼は慣れていない。
「なっ、なにもしてない」
上擦った声にナユは顔を上げてミツルを見ると、見たことないほど赤くなっていた。
「なんで照れてるの……?」
「う、うっさい! なんでもない!」
ミツルは慌ててナユから離れ、背を向けた。
もう少し赤い顔のミツルを見ていたかったナユはぶーっと文句を言った。
「なんで背中向けるのよ! 赤い顔、見せなさいよ!」
「いやだ。俺の顔は嫌いなんだろう? 仕事もあるし、俺は行くぞ」
一人にされてしまうことに淋しく思ったけど、いつまでもミツルを引き止めていられない。
「そうだ、ナユ。おまえ、どこかで働いてるのか?」
脈略のない質問に戸惑ったが、うなずいた。
「どこで働いている?」
「え……と、クラウディアの宝飾店って分かる?」
「分からないが、ミチかユアンに聞けば分かる」
「わたし、半ば攫われるようにして働き始めたの」
「なんだそれは」
突拍子なさすぎて驚いて振り返ると、ナユが笑っていた。
「ようやく振り返った」
「おまえな」
「わたしが美少女すぎて、よく攫われそうになるのよねえ」
「……自分で言って恥ずかしくないか?」
「恥ずかしくないわよ。だって事実ですもの」
確かに胸が残念なところをのぞけば、ナユはミツルにとって完璧といっていいほどの美少女だ。攫ったというクラウディアとは気が合いそうだ。
「ミツルだって賞賛しろって言ってたじゃない」
「あれは事実だろう」
「それと一緒よ」
「……やっぱり同族じゃないか」
「ち、違うわよ!」
ナユの反応にミツルは喉の奥で笑った。
この笑い方は癪に障るけど、あのくすくす笑いよりはマシかもしれないと思っていると、また背中を向けられた。
「一緒でも違っても、どっちでもいい」
ミツルはそれだけいうと、部屋を出ていった。
ナユ一人になって静かになった部屋。
でも、耳を澄ますと部屋の外には人の気配がする。そのことに安心して、ナユは布団に潜り込んだ。
*
ミツルはミチを捕まえると、手身近の部屋に入った。
「話がある」
「話……?」
ミチはまったく思い当たることがないようで、首を傾げた。金色の髪がさらさらと肩からこぼれるのを見て、ミツルは思わず目を細めた。
そういえば、ナユも金色の髪だった。
そんなことを思いながら、ミツルは口を開いた。
「好きな人が出来た」
直球の言葉に、ミチは意外そうな表情をした。
「人に興味がないあなたが?」
「……そうだ」
「分かったわ。ナユちゃんね」
「んなっ……んでっ」
まさかすぐにばれるとは思っていなかったミツルはかなり狼狽えた。
「あなたのそんな姿、初めて見たわ」
「なっ、なんで分かったんだ」
「なんでって、分かりやすいわよねー。ナユちゃんが起きたって聞いて飛んでくるし。それにあの子、あなたと一緒なんだもん」
「う……やはりそうだよな。自覚はある」
「自己愛に近いわよね」
「そうかもしれない」
ミチの辛らつな言葉にミツルは素直に答えた。
「まあ、あなたとの関係は最初から始まってないようなものだったし、ユアンの方が優しいから」
「あぁ」
「あなたと関係しておきながら、私はユアンとも関係を持っていたのよ? 怒らないの?」
「どうして怒らなければならない? ミチが選択したのだろう?」
「……そういうところが冷たいのよね」
ミツルの予想通りの解答に、ミチは悲しそうにため息を吐いた。
「私はねっ! 淋しかったの」
「知ってる」
「それなら、優しくしてよ……」
「んー。やさしいのはこわいらしいぞ」
「……はい?」
「それに、求めるだけじゃ駄目だ。ほしければ与えなければ」
「それ、村の人にも言ったみたいだけど本当にそう思っているの?」
訝しげな声音にミツルは楽しそうに笑った。
それを見て、どきりとしたのはミチだ。
ミツルは喜怒哀楽がはっきりしている。だけど、今までこんな笑い方をしたことがあっただろうか。
いつも人を馬鹿にしたような笑い方ばかりだったような気がする。
たとえ自分に似ている人だとしても、この人は本当にナユのことが好きなのだと分かった。だからこそ、関係をきちんと清算しようとしてくれている。
想いが通じるかどうかは分からなくても、この人なりのけじめなのだ。
いい加減な人だと思っていたけれど、本気になると違うのかもしれない。
「振られたら戻ってきてね」
「戻らないよ。おまえはユアンときちんとやれ」
「あら、戻ってきてくれないのね、残念」
「あのな……」
「ユアンは優しいけど、物足りないのよ」
「…………」
「なんで黙るのよ」
「そんな話は知らん。二人でよろしくやれよ」
「なによ、ほんっと恥ずかしがり屋ねっ」
元からなのか、インターだと分かってからなのかは分からないが、奔放すぎて正直困る。
「恋人は解消しても、仕事ではこれからもよろしく頼むぞ」
「あらぁ、私はいつでもいいわよ?」
「俺が遠慮しておく」
「どうして?」
「……これ以上言わせんな、恥ずかしい」
「分かった、勃たないのね!」
言わなかったことを、この美女は口にしやがった。
絶対こいつ、壊れてる。
ミツルは疲れを覚えたが、流しておくことにした。相手にするとろくなことにならない。
「荷造りが終わったら、本部に戻るぞ」
「戻るの? もう夜になるわよ」
「……そうだな。今日も泊めてもらうか」
「分かった。夜這いしてあげるねっ」
「ユアンとよろしくしてろ」
「あら、いいの?」
「止めない」
ミツルはため息をつくと、部屋から出た。
それから待機所に入ってすぐの部屋に行くと、村長とイルメラ、それから見知らぬ顔が何人かいた。
「あ、本部長!」
イルメラに呼ばれ、ミツルは近づいた。
「火消し隊の方たち、今日はこのお二人を残して、城に戻ったみたいです」
「明日、明るくなってから現場検証をするために城からまたきます」
「わたしたちは、再燃した場合に残ります」
「再燃……?」
不穏な言葉にミツルは眉間にしわを寄せて聞いた。
「はい。魔法陣は破壊しましたが、これだけ大きな陣ですから、二重になっている可能性も捨てきれないとのことです」
カダバーは厄介なことをしてくれたものだ。
「交代で夜の警備をする予定です」
「分かった。イルメラ、二人の休む部屋はあるか?」
「それなんですけど、本部長。実は部屋がいっぱいなんです」
「うーむ……。分かった。俺にあてがわれている部屋を空けよう」
「え、でも。そうしたら本部長は」
「ノアと同室になってもいいか?」
いきなり話を振られたノアは目を丸くしてミツルを見た。
「僕と……ですか?」
「ああ。寝るだけだからあんなに広くなくて構わないんだが」
「ぼ、僕はいいですよ!」
「分かった。……ということで、二人一部屋になって申し訳ないが、それでいいか?」
「はい、私たちは一向に構いません」
「イルメラ、部屋に案内してあげてくれないか。荷物は特に置いていない」
「はい。それでは、こちらになります」
イルメラがにこやかに火消し隊の二人を案内するのを見てから、ミツルは村長に視線を向けた。
村長はミツルの顔を見て、頭を下げた。




