05
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森を抜けて待機所に向かおうとしたミツルは村の中が大混乱になっているのを見た。あまりの出来事にナユを背負ったまま立ち止まった。
「あんた、まだいたのかい!」
村人はミツルを見つけると大きな声を掛けてきた。口振りからして先ほどの広場でのやり取りを見ていたのだろう。
「悪いけど、あんたも手伝っておくれ。火を消さないと」
「俺は大元を消してくる」
「大元って、森の中に入るのかい?」
ミツルは無言でうなずき、背中のナユを背負い直した。
「って! なっ、なんでわたし、背負われてるのっ?」
「ん? 気がついたか。森で腰を抜かしてたから、背負ってきた」
シエルとナユとの入れ替わりの基準が謎だが、今はそれどころではなかった。
「火消しの魔法を使えるヤツは?」
「そんなのいるわきゃないでしょ!」
「じゃあ、水魔法は」
「いないわよ!」
この国は、木で覆われている。建物も地面も木で出来ている。だから一度、火事になると大変なことになるので火の取り扱いは要注意だ。
それなりの規模の村や町には火消しか水の魔法を扱える人がいるのだが、コロナリア村にはいないという。
「あいつ、それを知ってたな」
「あいつって、だれがだい」
「……カダバーが森にでっかい魔法陣を作って火をつけたんだよ」
「なんだって!」
ミツルの声にわらわらと村人が集まってきた。
「ああ、まだあんた、いたのか!」
「プミラが失礼なことを言ってすまないね」
口々にお詫びを言ってくる村人たちにミツルは戸惑った。
今までプミラのように罵りの言葉を口にしてくる人たちはたくさんいたが、謝罪の言葉を言われたのは初めてとはいわないが珍しい。
「イルメラちゃんも撤退させるなんて言わないでくれないかい」
「彼女の作るチューレがまた食べたいの! 連れて帰らないで!」
一刻も早く対処しなくてはならないときだというのに、村人はミツルにしがみつくようにして懇願してきた。
「お金は分割で払うから!」
「あの四人を助けてあげて」
ミツルが広場から去った後、ユアンが村長とどういう話をしたのかは知らないが、もしかしたら決裂したのかもしれない。
だけどユアンはミツルがこのまま放置して帰るとは思っていないだろうから、村人になにか働きかけたのかもしれない。
「二百万フィーネを分割でいいかしら?」
ミツルは金額を聞いて吹き出しそうになった。
なんで倍額になっているんだ。
「二百万……」
背負っているナユの口からも金額がぽろりとこぼれた。
「あんた……」
「分割で払うんだな?」
「え……えぇ」
「分かった。おまえたちは森の火を消す作業をしてくれ。俺はもう一度、森に入ってくる」
背負っていたナユを地面に降ろし、ミツルは走り出そうとしたのだが。
「待ちなさいよ!」
ぐいっとマントの裾を引っ張られ、ミツルはがくんと止められた。
「わたしもついて行く!」
「おまえは」
「家族の最期を見届けさせてくれるんでしょ」
ナユの一言にしんと静まりかえった。
「大切な家族よ。わたしが最期を見届けてあげないと。……みなさん、ごめんなさい。これが終わったら、わたし、もうこの村には戻らないから!」
そういってナユはミツルの背中を押した。
「ほら、行くわよ」
「え……あぁ」
ミツルは促されるまま、森へと向かった。
*
森の端はまだ火が届いてないから直接の熱さはないが、風が熱と焦げた臭いを運んできていた。
ミツルは懐から布を取り出し、口元を覆った。
「ナユ、おまえも口元を覆っておけ」
「あ、うん」
ナユは森に入る前に村人から渡された布で口を覆い、火除けのマントを羽織った。フードを被ろうとしたが、上手く行かない。もたもたしているとミツルが苦笑してマントの中に髪を入れ、はみ出さないようにしてくれた。
ナユは甲斐甲斐しいミツルに戸惑いつつも、今は突っかかっているときではないから素直に従った。
思っていた以上に優しい仕草にまるで父と兄たちが生きているみたいで、少しだけ涙が出てきた。
「もしかしたら」
ミツルはそういった後、口を閉じた。
火は地面を掘って出来た魔法陣から吹き出していた。
場所をきちんと確認はしていないが、もしかしたら四体はあの炎に巻き込まれてしまっているかもしれない。
──と言おうとしたが、それはあまりのことなのでさすがのミツルも口を閉じた。
しかし、続きを言わないミツルにナユはじれた。ミツルのマントを引っ張り、にらみあげた。フードと口を覆った布に挟まれた目はミツルが思っているよりもぎらぎらしていた。
「──いや、思った以上に延焼速度が速いから、ここもマズいかもと言いたかったんだ」
言おうと思ったこととは違う言葉を口にしたミツルを訝しく思ったが、風向きのせいなのか、先ほどは見えなかった炎の先がちらちらと見え始めたことでナユは炎をどうにかしなければいけないことに気がつき、追求は止めた。
「ミツル、あんたは魔法はっ?」
「使えるわけないだろうが。俺はインターだぞ?」
「……意味が分かんないし」
ナユの反応に、ミツルはああと呟いた。
意外と知られていないのが、インターは魔法が使えないということ。
といっても、この国だって魔法が使える人というのもインター並に少ない。
「インターはインターって能力があるから、魔法は使えないんだよ」
「…………? え、インターってもしかして、魔法の一種なの?」
きょとんと不思議そうにこちらを見ているナユに、ミツルはなんと説明すればいいのか悩み、すぐに諦めた。
この力がなんなのかと改めて聞かれても、自分にもよく分からないので説明のしようがないのだ。
特にミツルは生まれてすぐにインターだと分かったほどだから、インターとしての能力は強いのだろう。
いや、そもそもがインターは死体を地の女神の元に送る能力であるのだから、そこに強いも弱いもなさそうだが、強いと言われるからそうなのだろう。
そもそもインターは他のインターと出会うことが稀な上、組んで仕事をしたりなんてことはない。
まあ、本部を作ったから会うようになったが、それまではミツルは祖父以外のインターを知らなかった。
そしてナユがインターも魔法の一種だと思ってしまった理由は、本来、魔法は一人で一種類しか使えないからだ。極々少数だが複数種扱えるという人もいる。本当にそういう人はごく稀だ。
「まー、インターも魔法の一種と考えてもいいのかもなあ」
「それなら、魔法が使えないって理屈が通るね」
まさかナユの口から理屈なんて単語が出てくるとは思わず、思わず足を止めて凝視してしまった。
ミツルに見つめられたナユは、恥ずかしくなって赤くなった。
「ちょっとなによ」
「いや、珍しい単語を知ってるなと」
「失礼ね!」
ミツルたちは炎を遠巻きに森を歩いていたが、とうとう目の前に炎が迫ってきて、これ以上は進めないところまでやってきた。
立ち止まり、ミツルは辺りを見回す。
木が焼けてしまってよく分からないが、後退したらヒユカ家のある辺りではないだろうか。
となると、相当村に近くなっている。
「どうしたものか」
森に入ったまではよかったが、実はなにも考えていなかった。カダバーを見つけられたら、ひっつかまえて魔法を止めるように脅そうとしていたのだが、そう上手く行くわけがない。
ナユが聞いたら馬鹿と罵られそうだと思ったから、黙っておくことにした。
「ねえ、ミツル」
「なんだ」
「城から火消し隊が派遣されるよね?」
「あー……」
ナユに言われて思い出した。
城には火消し隊がいて、火事と聞きつければ出動する部隊があるのだ。
今回の火事は魔法で起こされたものだ。厄介だなとミツルは思わずため息をついた。
「……カダバーは炎の魔法使いだったのか?」
「そうかも」
それにしても、と思う。
あの魔法陣、相当に大きかった。こんな城下町に近い村で、何年もかけて下準備をしていたと思うと、背筋が凍る。
「あの魔法陣に使われていた木が燃え尽きれば炎の勢いが止まると思うんだが、それまでに周りに燃え移らないように……って、なんだっ」
ナユがミツルのマントを強く引っ張ったことで少しよろけた。抗議をすると、細い指で一ヶ所を指さした。
そこに視線を向けると……。
「カダバー……」
とその後ろにはゆらりと揺れる動く死体とルドプス四体がいた。




