02
イルメラは少し考えてから口を開いた。
「浮いているような気がします」
「浮いている?」
「はい。なんと言えばいいのか分からないのですが、そうですね……。ああ、この話が分かりやすいかな」
イルメラはそう言うとお茶で口を湿らせてから続けた。
「少し前にここで祭りを行ったんです」
ウィータ国は温暖で過ごしやすい上に地の女神の恩恵で植物が常に育つ。ゆえに他の国のように収穫期がないため、あちこちの村や街で同じ時期に感謝の祭りを開くということはしない。しかし祝い事があれば一緒に感謝の祭りをすることが多い。祝い事が多ければそれだけ感謝の祭りも開かれることとなる。
だから祝い事が多い年は祭りも比例して増えるため、かなり忙しくなる。
「今年は祝い事が多くて、祭りも何度も開かれました。わたしも呼んでいただけてすごく嬉しかったんです」
イルメラはこの村に常駐することになった時にインターだと明かした。最初は嫌な顔はされたが、国からの推薦状も携えていたし、インターにしては社交的だったこともあり、次第に受け入れてもらえるようになったという。
特にヒユカ家の三兄弟が懇意にしてくれていて、この村でかなり影響力を持っていたらしく、村人は普通に接してくれるようになった。
もちろんイルメラもただ受け入れてくれるのを指をくわえて待っていたわけではない。村に溶け込もうと努力をした。
人が死なない限り、イルメラには仕事がない。なので出来る限りの範囲で村を手伝っていた。
そうしていくうちにイルメラはこの村の問題を知ることとなったという。
「……問題?」
「はい。問題といってしまうには些細なことだったのですが……」
イルメラはそう言った後、少し言い辛そうにしてから口を開いた。
「そのぉ……男の方ってお金で女性を買うことがあるんですよね」
真っ赤になって聞いてきたイルメラに、男性陣は顔を見合わせた後に小さくうなずいた。
「聞いた話なので詳細は分からないのですが、カダバーは頻繁に城下町に通っていたようです」
「城下町に?」
コロナリア村から城下町はそれほど離れていない。だから通おうと思えば出来なくもない。
「カダバーはヒユカ家の人たちと一緒に仕事をしてましたけど、村人の評判はよくない……というか、悪いです」
ミツルはここについてからの村人の様子を思い出していた。
イルメラがいうように確かに村人のカダバーへの視線は冷たかった。しかもアヒムが動く死体になったということを伝えてきたのはカダバーだという。
「そして、今年は祝い事が多くて、そのために祭りの準備もあって忙しかったんです。わたしが手伝いに行くと感謝されるくらいでしたから」
そう言ったイルメラは少し淋しそうな表情を浮かべていた。
「普段は仕事に出て、日中は村にいない男性陣も交代で手伝わないといけないくらいだったんです。それでもちろん、ヒユカ家にも手伝うように打診をしたんです。アヒムさんは二つ返事で手伝おうとしたんですが……カダバーが村長に直接交渉してヒユカ家の手伝いを免除させたんです」
こういった村は基本的には共同体だ。なにかあれば村人たちが一丸になって協力して物事をこなしていく。
「カダバーが村長になんと言ったのかは分かりません。ヒユカ家の人たちは手伝う気満々だったのですが、出端を挫かれた形になった挙げ句、それが原因で一部の村人と言い合いになったんです」
「言い合い?」
「はい。騒ぎを聞いて駆けつけたときにはほとんど終わっていたので伝聞になるのですが、カダバーは仕事を理由に手伝いを断ったとかで、男たちも仕事を休んで交代で手伝っているのにおかしいと」
「うーむ」
「仕事は理由にならないと言う村人とカダバーの言い合いで、結局、平行線のまま終わったみたいです」
「それで、ヒユカ家の人たちは手伝ったのか?」
「いえ。四人は結局、手伝いたいと思いながらカダバーに押し切られて手伝いませんでした。ただ、城下町に出稼ぎに行っていたナユちゃんが何度か戻ってきて手伝っていたようですけどね」
村人たちはヒユカ家の人たちに対しては好意を抱いていて、彼らの言動はそれなりに影響を与えていたというのは分かった。彼らはこの村にずっと住んでいるし、これからも住み続けるためには村人たちと良好な関係を築いておかなくてはならなかった。だから手伝いをもちろんする気でいた。しかし、カダバーが理由を付けてそれを阻止した。
「……そうまでして働いても一向に楽になっている様子がないと」
なんだかおかしな話だ。
「……ん? イルメラ、さっきおまえ、男は金で女を買うことはあるのかと聞いたな」
ミツルの質問にイルメラは再び赤くなったがうなずいた。
「それで……頻繁に城下町に通っていた?」
「はい。実はカダバーがどこに住んでいるのか村人たちもヒユカ家の人たちも知らないのですが、もしかしたら城下町に家か寝床があった可能性もあるのですが……」
「そうだと断言できないなにかがあるんだな」
「はい。村長も一・二月に一度くらいの頻度でつき合いで夜に城下町に行くことがあるそうなのですが、偶然、カダバーを見かけたらしいのですよ」
「ほう」
「最初、村で見るときとはまったく違う服装をしていたので分からなかったみたいなのですが、とてもめかし込んでいて、しかも豪華な馬車ときれいな女性を複数人連れていたとか。カダバーさまという声で気がついたと言ってました」
イルメラのその話にミツルは思わずユアンと顔を見合わせた。
「もしかして」
「そうかもしれませんね」
二人のやりとりにイルメラは戸惑いノアを見たが、ノアも分かっていなかった。
「カダバーがヒユカ家の金を横取りしていたんだよ」
「え?」
「おかしいと思わなかったか? ヒユカ家の村での評判と働きぶりと貧困具合に」
「でも、奥様の薬代と……」
「それも怪しいよな」
言われてみれば不自然な点は多い。
「ミチは?」
「本部に戻りました。今、だれもいない状態ですから」
ミツルはノアに言われて、今の今まで本部のことをすっかり忘れていたことに気がついた。夜中のうちに決着を付けるつもりで、こんな長丁場になると思っていなかったから全員を呼んだのだ。
「ノア。今から村長の家に行って、カダバーを城下町のどの辺りで見かけたのか聞いた後、本部に戻ってミチと一緒に聞き取り調査をしてこい。なにか情報を掴んだら連絡を寄越せ」
「え……と、はい」
ノアはちらりとユアンとミツルを見て、それから礼をすると待機所から出て行った。
「イルメラは引き続き警戒しながらここで待機していろ」
「はい」
「ユアンは村の警戒を頼む」
「はい」
ミツルはお茶のおかわりを所望した後、ユアンに視線を向けた。
「村人たちには外に出てもいいが、森には近寄らないように伝えてほしい」
「森に近寄らなければいいのですか」
訝しげな声にミツルはうなずいた。
「どうも今回の動く死体とルドプスは勝手が違う。森の外に出た途端、追いかけるのを止めたんだ」
「……確かにおかしいですね。対象物が動かなくなるまで追いかけてくるのに」
うーんと唸っていると、イルメラがミツルとユアンにお茶を持ってきてくれた。二人は受け取り、口にした。
「俺はもう一度、森に入ってくる」
「一人でですか?」
「ああ。どうにも引っかかるんだよな」
ミツルはお茶を一気に飲み干すと、立ち上がった。
「イルメラ、後は頼んだ」
「あ、はい」
ミツルはマントを払うと、待機所の扉を開けて外に出た。