07
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ミツルは焦っていた。
ナユだけどナユではないシエルの姿が待機所のどこにもなかったのだ。
あたしに任せてなんて言っていたから、ルドプスと動く死体をどうにかしようと外に出たのかもしれない。
まったくもって、相変わらず振り回してくれる女性だとミツルは苦笑した。
だけどどうしてだろう。そのことが妙に嬉しいのだ。
ミツルは基本、あまり他人に関心がない。自分のことに精一杯だというのが大きいが、人間は自分勝手でわがままな生き物だということを知っていた。
だからなにを言われてもなんとも思わないのだが、母親とシエル、そしてナユに対しては心を乱された。
ナユは初めて会ったときから気にくわないと思っていたが、話せば話すほど癪に障る。他人に関心がないということは、罵られようが褒められようが心は動かないのだが、ナユは違っていた。
そのことを不思議に思っていたのだが、ナユにシエルが関わっているというのなら、納得だ。
母親との思い出はほとんどないけれど、たまに会うと心が乱される相手だ。
シエルに対しては特別な感情はないけれど、彼女の持つ言葉の力に心が揺さぶられる。
ナユは存在からして腹が立ってしかたがない。
シエルはミツルの師匠といってもいい。彼女には人間にはない力があるような気がする。だけど今は、ナユなのだ。
この村からすでに動く死体を三体とルドプスを一体出してしまった。これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない。
ちなみにこの時点でミツルはルドプスが二体だということを知らない。すでに昨夜のうちにバルドはルドプスになっていたのだが、遠くからしか見ていないミツルは知らなかった。
──それはともかく。
外はすっかり雨が上がり、陽が射していて雨粒がきらきらと輝いて眩しい。
村人たちも晴れ間を見て、外に出てき始めていた。
これはまずいとさらに焦る。
ミツルは焦りに焦って村を走り回っていた。
待機所の周りにも、広場にもいない、村外れにもいない。村の中にもいない。
もしかしてと思ってヒユカ家跡地に行くと、壊れた家の中でナユがたたずんでいた。
「おい、ナユ!」
家の近辺には先ほどまで動く死体とルドプスがいた気配が濃厚で、ミツルは思わず叫んでいた。
ミツルの声にナユは嬉しそうに笑ったのを見て、あれはシエルだと思った後。
ナユの身体がゆらりと揺れた後、挙動不審な動きで手足をばたつかせているのが見えた。
「ナユ、無事かっ?」
ミツルの声にナユの身体は面白いくらい飛び上がっていた。もう少しミツルに余裕があれば突っ込みを入れていただろうが、それどころではなかった。
「ぅ……? え? あ、ぉ?」
奇妙な声に訝しく思いながらミツルはナユに近寄った。
ぱっと見たところ、特にけがはないようだったので安堵した。
「わたしは……生きている?」
ナユの問いにミツルは無言でうなずいた。
ナユは自分の身体に触れて、なにも問題がないことを確認すると、ミツルをにらみあげた。
「バルド兄さんが……変な紫色になっていた!」
紫色という言葉にミツルは目を見はった。
「それは本当かっ?」
予想外の剣幕に、ナユは圧倒されて壊れた人形のように何度もうなずいた。
それを見たミツルは舌打ちをした。
昨日見たルドプスは淡い紫色だった。しかしもう一体発生したルドプスは、もっと濃い色をしていたのだろう。
「昨日森の中で会った父さんは土気色だったけど、今日は薄い紫色をしていた。あれはなんなのっ?」
「紫色はルドプスだ」
「ルドプスって……」
「動く死体になった後、生き物を殺すと紫色になる」
「なにが……違うの?」
ミツルに問いかけてきたナユの声は震えていたけれど、ミツルは淡々と答えた。
「生き物を殺したか否かの違いだ」
「それじゃあ、父さんは……」
「あの色からすると、せいぜい殺していても小さな動物だろう」
「そ……っか」
ミツルの言葉にほっとしたようだったが、安堵するのはまだ早かった。
「それに比べて、もう一体の色は濃かったのか?」
ミツルの質問にナユはむっとしたものの、うなずいて肯定の意を返した。
「鮮やかな紫色では?」
「なかった。濃い紫色」
ナユの答えにミツルはふーむとうなった。
「四体目はバルドで間違いないか?」
「……うん」
改めて突きつけられた事実に、ナユはまたうなだれた。
「カダバーは?」
「……知らない。見てない」
辛うじての答えにミツルはうなり声をあげたが、ここでぼんやりしている時間もなかった。
「とにかくおまえは待機所に戻れ」
「え、やだ! わたしも探す!」
「駄目だ」
「だって、二回遭遇したけど、二回とも無事だったのよ。わたしは大丈夫!」
ナユの根拠のない大丈夫にミツルは首を強く振った。
「駄目だ。二度無事だったからといって、三度目が無事とは限らない」
「でも」
「昨夜、遭遇したが、あいつらは強い」
ミツルの言葉にナユは顔を上げた。
「当たり前よ! わたしの父と兄たちよ。強いに決まってる! やっぱり筋肉よ、筋肉は正義!」
ミツルはどちらの肩を持つんだよと思ったが、口には出さなかった。聞かなくても答えは分かっていた。
「俺にやられる姿を見たいのなら、ついてくればいい」
「父と兄たちがやられるわけ……!」
「そうなったらこの村全員、おしまいだぞ、それでもいいのか」
「……う」
ナユとしては家族の肩を持ちたいが、それをすると大変なことになるのが分かり、言葉を失った。
「憎みたいのなら、俺を憎めばいい」
「……え?」
「俺は今からおまえの大切な家族を死体に戻し、地の女神の元に還すからな。家族と引き離す憎いヤツと恨めばいい」
ミツルの言葉にナユは瞬きをした後、場違いな笑みを浮かべた。それを見て動揺したのはミツルだ。
「馬鹿みたい」
「……は?」
「なんであんたのことを憎まないといけないわけ? まっぴらごめんだわ」
そして泣きそうな顔をして、ナユは続けた。
「どうして大っ嫌いなあんたを憎まないといけないわけ? あんたを憎んだからって、死んだ人間は生き返らないし、それよりなにより、大切な家族と大嫌いなあんたを一緒にしたくないのよ」
「…………」
「わたしは家族のことは忘れたくないけど、あんたのことは一刻も早く忘れたいのよ。なんていうの? すっごく腹が立つのよねっ」
ミツルは唖然としてナユを見ていた。
「死を連想させるから、正直、インターは嫌いよ。でも、イルメラは別ね。あと、顔のいい男は嫌い。だってわたしと一緒で、ちやほやされるのが当たり前だと思っているから」
あまりのことに返す言葉もなく、ミツルは聞いていた。
「その二つが合わさったあなたは、会った瞬間から虫が好かないというか、腹が立つというか、とにかく、大嫌い!」
ミツルは様々なところで負の言葉を投げつけられてきたけれど、ここまで真正面から嫌いの理由を突きつけられたことはなかった。
インターだから嫌だとは言われたけれど、顔がいいから嫌だというのは初めてだった。しかも理由がちやほやしてくれないからとは。
あまりにもおかしすぎて、ミツルは思わず笑ってしまった。
「なによ、おかしくともなんともないわ。わたしは真剣なのよ」
ふくれっ面で言うのがさらにおかしくて、ミツルは声を上げて笑った。
こんな状況なのに、おかしくて仕方がなかった。
「なんだ、同族嫌悪か」
「なっ……!」
「偶然だな、俺も同じだよ。なんだかおまえ、俺と同じにおいがして嫌なんだ」
「いいいい、一緒にしないでよ!」
動揺しているのか、ナユはどもってようやくといった感じで言い返した。
「それならさっさと仕事を済ませてくる」
「当たり前でしょう! でも、一フィーネだって払わないから!」
ナユの言葉にミツルは肩で笑いながら片手をあげた。
「いいぜ、まけてやるよ」
それからまた、ミツルは笑いながらきびすを返した。
ナユは生前のバルドがミツルとした約束と、そしてミツルは他人に興味はなかったが、一度、興味を持つとしつこい上にとてつもない加虐趣味の持ち主であったため、対象者はとんでもない苦労を背負うことを知らなかった。
すべてを知ったときにはすでに時が遅く、ナユは戻れない道にはめられていたのだ。




