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02

 衝撃に止まること、十秒。


「くえーっ!」


 というコミュリの鳴き声にナユははっと顔を上げて、深呼吸。それから緩く頭を振ると、ふぅと大げさに両腕を広げながらため息を吐いた。


「あらやだ。わたしとしたことが読み間違ったかしら」


 書いてある内容を信じたくなくて、ナユはそんなことを口にした。


「だって、インターだよ? インターって言えば、埋葬士だよ? うちの家族みんな、元気だって! インターにお世話になるような人なんていないわよ?」


 と言いながら、ナユはもう一度、文面を読もうと床に落ちた手紙を拾うと、紙の乾いた音がした。

 天井に顔を向け、ナユは瞳を閉じて覚悟した。ぎゅっときつく瞼に力を入れた後、ゆっくりと目を開けて視界に手紙をいれる。

 飛び込んできたのは、長兄の名前であるバルド。見慣れた文字に懐かしさと同時に、違和感を覚えた。しかしそれは名前の横に書かれた簡潔な一文のせいでかき消えた。やはり読み直しても、


『至急インターとともに戻れ』


 と書いてある。

 インターといえば、この国に住む人なら子どもでも知っている単語だ。

 それの意味することは一つしかなく、しかしナユはそれを否定したくて、何度読み直したところで変わらないのが分かっていながら、確認をするように一文字目から指でなぞった。


『至急インターとともに戻れ。バルド』


 文面にはそれだけしか書かれていなかったが、この国に住む人たちにはそれだけで意味が分かってしまう。


 ナユの住むここ『ウィータ国』では、肉体は神からの借り物であると考えられていた。だからそこから命が失われると、土の中にいる神に肉体を返すために埋葬するのだ。

 しかし、土には神の力が宿っている。命を失った肉体をそのまま埋めると神の力を得て、身体だけが勝手に動き始めてしまうのだ。だから特別な能力を持つ人たちが空の肉体に再び命が宿らないように埋葬するのだ。

 それがインターと呼ばれる埋葬士の仕事だった。


 インターを連れて来いということは、不幸にもナユの家族のだれかが亡くなったということを意味する。

 ナユはだれかが亡くなったのか考えたくなくて、なかったことにするために手紙を破ろうと手を掛けたが、出来なかった。

 だらりと力なく腕をおろし、息を吐き出した。

 

 一年前にナユは母を亡くした。

 そのときも今日と同じようにここで店番をしているところにコミュリがやってきたのだ。


「あ……れ?」


 ナユはそこでふと気がついた。

 一年前に母が亡くなった時は『母危篤。アヒム』と父からだった。

 どうして今回は父ではなく長兄からなのだろうか。


「くけけえええ!」


 というコミュリの鳴き声を聞き、ナユはここでぼんやりしている暇はなかったということに気がついた。

 手紙に書いてある通り、本当にインターを必要としているのなら、一刻も早くともに戻らなければならない。

 まだ陽は高かったが、そんなことはどうでもよかった。

 ナユは長兄・バルドからの手紙の端にある受領の証に署名をすると切り取り、コミュリの筒へと放り込んだ。


「くえ!」


 とコミュリは短く鳴くと、ばさりと羽ばたいて店から出て行った。

 ナユはそれを見送ることなく『本日は終了しました』の看板を店の入口に掲げ、中が見えないように窓に幕を下ろすと、会計台と店に鍵を掛け、外へと飛び出した。


     *


 店を飛び出した、まではよかった。

 そこでナユははたと気がついた。

 インターの存在も知っているし見たこともあるけど、そもそも彼らは普段はどこにいるのだろう。

 いくら埋葬をするのが仕事だからといって、普段から墓地にいる……なんてことは。


「ありそうよね」


 思わず独り言が洩れた。

 一年前、母を埋葬してくれたインターは普段から墓地にいますと言われて納得するような出で立ちをしていた。陰気な雰囲気を醸し、暗い色のフードを目深にかぶっていた。

 手がかりがないから、彼らの職場と思われる墓地に行ってみよう。まだ陽は高いから怖くない。

 ナユは自分に言い聞かせて木の床を踏みしめたのだが。


「……墓地ってどっち?」


 ナユは重度の方向音痴だった。

 

 ナユは緩く巻いた金色に輝く髪を通りに吹き抜ける風に遊ばせながら考えた。

 このまま適当に歩いても、インターの元へはたどり着けない。事態は一刻を争うものと言ってもいい。

 となると、ナユが取る行動は一つ。


 ナユの働く宝飾店の隣は花店で、店内には店を切り盛りしている世話好きな女性が暇そうにしていた。今なら迷惑にならないとナユは判断して、飛び込むなり、まくし立てた。


「デリアねーさん、インターってどこにいるのっ?」


 勢いよく入ってきたナユにデリアねーさんと呼ばれた女性は何事かと目を丸くして、それからナユの言葉に表情を曇らせた。


「ナユちゃん、どうしていきなりインターなの?」


 デリアは首を傾げ、緑色の瞳を瞬かせながらナユを見た。

 ナユは金色の髪をふるふると揺らして、それから碧眼を潤ませてデリアを見上げた。


「インターと戻ってこいって兄から手紙が届いたの」


 デリアは不可解な言葉を聞いたといわんばかりに顔をしかめた。


「インターと? ナユちゃんの実家って、どこ?」


 どうしてそんなことを聞いてくるのか分からなかったが、ナユは素直に答えた。


「コロナリア村」

「コロナリア……? そんなに小さくないわよね?」

「……うん、たぶん」

「常駐のインターがいるでしょ?」


 といわれても、ナユには分からなかったので、小さく首を振った。


「小さな村ならいざ知らず、ナユちゃんの実家がある村はここから近いし、そこそこ大きいからインターがいるはずよ。なのにインターとともに戻ってこいって……おかしな話じゃない」


 デリアに断言されても、ナユには判断が付かない。だからナユはコミュリが運んできた手紙をデリアに見せることにした。

 デリアはナユから手紙を受け取ると無言で紙面を見た。そして片眉を上げ、首を傾げ、天を仰いだ。それから手紙に視線を戻すと短い文面を何度も読み直し、唸った。


「ふーむ……。インターと帰ってくるようにって書いてあるわね。となると、村にたまたまインターがいないのかしら? それなら納得なんだけど」


 釈然としていないようだが、これだけでは推論の域を出ない。

 うーんと悩んでいるデリアにナユは質問した。


「……インターってやっぱり、墓地にいるの?」


 ナユが柄になくぶるりと震えているものだから、デリアはくすりと笑うと、


「そうね。五年くらい前だったらそうだったわね」


 とナユの言葉を肯定した。

 ナユはデリアの答えに青い顔をしていやいやと首を振った。

 デリアはナユのことを怖いもの知らずと思っていたが、どうやら違うようだ。ナユがかわいそうになり、否定することにした。


「でも、今は違うわ。一人のインターが私財を投げうって、インターの本部を作ったの」

「インターの……本部?」

「そーなのよっ! インターは国から保護されているとはいえ、組織立っていなかったのよ。でも、それだといろいろやりにくいからって、インターの一人が本部を作ったの!」


 デリアの興奮気味な言葉にナユは引きつつも、相づちを打った。


「若くてなかなかかっこいいらしいのよぉ」


 その一言にデリアの興奮の元を知り、ナユはため息を吐いた。




 

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