04
朝になった。
ナユの目は自然に開き、昨日の出来事を思い出して飛び起きた。
薄い寝具だったので身体が痛いけれど、今はそれどころではなかった。
ナユは部屋を飛び出し、昨日、夕飯をごちそうになった場所に飛び込んだ。
そこには、ぐったりと疲れ切った表情をしたミツルとイルメラがいた。
「あら、ナユちゃん。ゆっくり眠れた?」
目の下にクマがあるにも関わらず、イルメラはにこやかにナユにいたわりの言葉をかけてきた。
これを見たら、さすがのナユも身体が痛いなんていえない。
「おはようございます。おかげさまで……」
「へー、おまえでも社交辞令が言えるんだ」
不機嫌な声音にナユはむっとしたが、言葉を飲み込んだ。
昔のナユならばミツルに突っかかっていただろうが、ナユも周りに甘やかされてばかりとはいえ、それなりに社会を学んだ。
「おかゆでいいかしら?」
「……はい」
昨日からイルメラの好意に甘えてこうして食事も出してもらっているが、それらの材料だってただではないのをナユは知っていた。
イルメラに座っているように言われ、ナユは手短な椅子に腰掛けたところでミツルに声を掛けられた。
「ところでナユ」
話しかけられるばかりか、名指しで呼ばれると思っていなかったナユはいぶかしげな表情をしてミツルを見た。
「おまえの家族は、おまえを除いて何人だ」
思いも寄らない質問にナユは戸惑ったけれど、すぐに答えを返した。
「父と兄三人の四人よ。母は一年前に亡くなってる」
「そうか。あのカダバーは家族ではないのか?」
ミツルの質問の意図が分からず、ナユは素直に答えた。
「カダバーは父の仕事仲間よ」
「仕事仲間?」
「うん。仕事仲間といっても、あの人は父たちについて行くだけ。仕事は交渉ごとを担当していたみたい」
ナユの答えにミツルは目をすがめた。
「交渉担当?」
「うん。バルド兄さんいわく、カダバーが来てから煩わしい交渉をしなくてよくなったって言ってた」
イルメラがナユのために飲み物とおかゆの入った器を持って戻ってきたのでミツルは口を閉じた。
ナユはおかゆを見て喜んでいた。
ナユの今の証言はかなり重要ではないだろうか。
ミツルは眉間にしわを寄せて考えたが、残念ながらミツルは頭脳労働は得意ではなかった。
とても重要な情報をミツルは自分が握っているという自覚はあった。そこに違和感もあることが分かる。
だけどそれらの意味するところがなにか分からない。
ユアンに話してはっきりさせよう。
「イルメラ、ユアンは今どこにいる?」
ミツルの質問に、イルメラは逡巡してから答えを返した。
「村の各家に出来るだけ外に出ないように伝えてくるといって出掛けました」
「……そうか」
夜半から降り出した雨が朝になっても続いていたのは幸いだった。だからこそユアンも出ないようにと言って回れると判断したのだろう。
「本部長もおかゆを食べますか」
「そうだな」
昨夜は辛くもここに逃げ帰ってこられたが、この状態では次も同じように逃げられるかと言われたら不安だ。
ルドプスと動く死体が三体から四体に増えていた。そして妙に連携が取れていた。
ルドプスおよび動く死体には知能がないというが、だから普段から筋肉で動いていたあの四人はやっかいかもしれない。
イルメラが持ってきてくれたおかゆを口に運びながら、どうやって動かない死体に返そうかミツルはぼんやりと考えていた。
*
ミツルがおかゆを食べ終わった頃、ユアンが帰ってきた。
かなりの雨が降っているようで、ユアンのマントはしとどに濡れていた。
イルメラはユアンからマントを受け取ると暖炉のそばに掛けておいた。
「首尾は」
「この雨ですからどこの家も外には出ないと言ってました」
「それならよかった」
建物の中にいれば安心かと言われたら、外にいるよりはマシだとしか答えられないが、それでもむやみに外に出られて動く死体に遭遇して仲間になるというのは避けたい。
「少し情報を交換しないか」
ミツルの言葉にユアンはおかゆを口にしながらうなずいた。
ミツルは自分が持っている情報は重要なものばかりだと思っているが、なにかが足りないのも分かっていた。
ちなみにナユはおかゆを食べると体調が優れないといって部屋に戻った。イルメラはユアンにおかゆを出すとナユが心配だからと奥に引っ込んだ。
ミチとノアは部屋で休ませている。
「動く死体が増えていた」
ミツルの証言にユアンはおかゆを運ぶ手を止めた。
「昨日、森を探索していたらルドプスと遭遇した」
「よく……無事でしたね」
「まぁな。運良く」
ユアンはちらりとミツルに視線を向けてけがをしている様子がないことを確認して、おかゆを食べることに専念した。
「あいつら、普段から筋肉で動いていたからかなりやっかいだ」
ミツルの表現の仕方がおかしくて、ユアンは危うくおかゆを吹き出しそうになった。
「筋肉で……ですか」
「あんなに連携の取れている動く死体に遭遇したのは初めてだ」
「詳しく教えてください」
ユアンに促されて、ミツルは昨夜の森の中での出来事を話した。
ユアンはまたミツルの突拍子のない言葉に吹き出さないように慎重におかゆを口に運びながら聞いていた。
「なるほど……」
ユアンのおかゆがなくなる頃、ミツルの話が終わった。
「なにか大切なものを掴んでいるのに、決め手がないような気がするんだ」
ミツルの困ったような声音にユアンは残りのおかゆを咀嚼して、お茶を飲んでから口を開いた。
「状況的にカダバーが怪しいですが、確かに決め手がないですね」
「やはりあいつが怪しいと思うか」
「思いますが、今の段階では憶測でしかありませんね」
ミツルはコロナリア村についてからのことを思い出した。
──ミツルはナユを吹っ切ってこの村へと急いだ。そしてすぐに墓地の横にあるインターの待機所に向かった。
道の半ばでこのあたりでは見かけない優男が声をかけてきたのだが、それがカダバーだった。
「……そういえばなんと声を掛けてきた?」
ミツルの独り言にユアンは片眉を上げて視線を向けた。
その視線に気がつかず、ミツルは一人ごちた。
「──動く死体が発生しました。そうだ、あいつは俺を見てインターかどうか確認することなくそう言ったんだ」
「ミツル?」
「なあ、ユアン。おまえはこれまで初めて訪れた村や街でいきなりインターだと指摘されたことはあるか」
ミツルの質問にユアンは首を捻り、それから緩やかに横に振った。
「わたしたちインターは、インターであると分かった途端に後ろ指を指されますから」
「……そうだよな。分かった途端に態度を変えられるから出来るだけ隠すよな」
「はい」
だからこそインターはインターと悟られないように普段は暮らしているのだが、それでも悲しいことにインターと分かってしまうのだ。
インターゆえになのか、彼らのそばから死体は遠ざかってくれない。
「なあ、ユアン。俺はカダバーとは初対面のはずなんだ」
「はい」
「それなのにここに到着して出会った途端に……」
「動く死体が発生しましたと言われたと?」
「そうだ」
そう口にしたものの、ミツルは別の可能性もあるのではないかと考えた。
もしかしたら、夕暮れに訪れた旅人に対して危険だと告げたかったのだろうか。
しかし、カダバーの口調もだが、態度も旅人への忠告のそれではなかった。
「ミツルの考えすぎだと思いますよ」
ミツルが今、考えたことをユアンも考えていたのだろう。笑みを浮かべてユアンはそう言ってきた。
「村で動く死体が発生したから危険だと言いたかったのでは?」
その可能性の方が高いのだが、どうにもしっくりしない。ミツルが悩んでいると、ユアンはその考えとはまったく違ったことを口にした。
「ミチとノアの準備が済んだら、あなたは少し休んでください」
「しかし」
ユアンの言葉にミツルは反論しようとしたが、部屋から出てきたミチとノアが後ろからユアンを援護してきた。
「ミツル、少し休まないといざというときに動けないわよ」
「そうですよ。少し休んでください」
三人にそう言われてしまったら、ミツルは反論できなかった。
「それなら少し仮眠してくる」
「そうしてください」
考えがまとまらないのは寝ていないのもあるかもしれない。ミツルは仕方なしに部屋に行った。




