03
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ユアンは村の住人の代わりに村の中に生えてきた木の根元を踏み固める作業をするといったので、ミツルは引き続き、ルドプスと動く死体の捜索をすることにした。
ミツルは生まれてすぐにインターとしての能力があることが分かり、同じくインターをしていた祖父に預けられた。
インターだと判明するのは、ミツルの場合のように生まれてすぐの場合と、ある程度、成長してから判明する場合がある。
インターの力は遺伝の場合が多いが、いきなり力を持って生まれてくる場合もある。そして、どちらの場合もその力は歓迎されない。
ミツルの場合は祖父が引き取ってくれたからよかったものの、そうでない場合は捨てられるか、最悪な場合は殺されてしまう。
インターがいなければこの国では生きていけないのに、なんとも勝手だと思う。
だから本来はインターはもっといると思われるのだが、無事に大きくなってインターとなれるのはごく少数というのが現状だ。
インターがいるから人が死ぬのではなく、人が死んだからインターがいるというのに、人間は本当に勝手なもので、インターを疫病神扱いする。
国はインターを保護すると言っているが、それは口先ばかりだということをミツルは痛感した。
あまりのひどい待遇に我慢がならなかったミツルは、祖父が亡くなったときに譲り受けた財産と足りない部分は金を借りて、インターの本部を作った。それが五年ほど前の話になる。
インターは総じてその日暮らしだが、ミツルの実家はそれなりに金があり、また祖父は金を増やす才能があったのか、インターにしては金を持っていた。
ちなみに借金はミツル名義ではインターというだけで門前払いだったので、実家に頭を下げて代わりに借りてもらった。
そのせいで実家の商売が芳しくなくなってきたらしいのだが、実家はミツルに負い目があるのか、特になにもいってこない。
とにかく今のミツルは少しでも成果を出してインターを認めてもらわなければならないという思いが強かった。
とはいえ、動く死体処理の費用をふっかけるのは余計に評判を落とすだけだよなと今更ながらに反省をしていた。
それでは、どうすればいいのか。
インターの本部を作ったまではいいけれど、それから先の未来像をミツルは持っていなかった。
そんなことをつらつら考えて森の中を探っていると、木々の生長の音とは違うものを耳にした。
それはなにかを引きずるようにして移動している音。
この特徴的な音は動く死体かルドプスのものだ。
ミツルは手身近の木に身体を密着させて、音の方向を特定しようとした。
「があぁ」
ミツルが木に身体を寄せた途端、真後ろから咆哮があがった。
「!」
ミツルはとっさに身体を木から離し、飛び退いた。
ミツルが先ほどまでいた場所に円匙が打ち込まれていた。
円匙をたどると、そこにはうつろな目をしたルドプスがいた。
動く死体とルドプスの違いは、その肌の色だ。動く死体は土色をしているが、ルドプスは紫色をしている。ルドプスは殺せば殺すほど色が濃くなり、最後は真っ黒になる。そうなってしまったら地の女神に身体を返すことが出来なくなるので燃やすしかなくなる。
幸いなことにこのルドプスの肌はほんのりと紫色だった。この様子では小動物程度のものしか殺してないのかもしれない。
人を殺した場合はあっという間に鮮やかな紫色になる。
──ということは。
「おかしいな」
カダバーの証言と目の前のルドプスとの状況が食い違う。
それはともかく、ルドプスは木に刺さった円匙を引っこ抜くと、振りかぶってまたもやミツルに向かって攻撃をしてきた。
思っていたよりも素早い動きにミツルは思いっきり後ろに飛び退いた。
前にも何度か動く死体とルドプスとやり合ったことがあったが、もっと動きが緩慢だった。
村の人たちから集めた情報をつなぎ合わせると、ナユの父と兄たちはいわゆる木こりで、かなり腕の立つ人たちだったようだ。母の薬代を稼ぐために朝から晩まで働き、しかも出荷量も多かったというから、仕事をすることで鍛えられていたのだろう。
それだけ働いても楽になるどころか余計に苦しくなっていたのは不思議だと村の人たちが口々にいっていた。
ミツルは仕事が速いということは雑なのではないかと聞いたのだが、それはないとだれからも反論された。
アヒムの持ち込む木材はどれも質がよく、かなりの目利きだということだった。だから余計におかしいと首を傾げていた。
実際のところ、ミツルは彼らの仕事ぶりも質がよいという木材も見ていないから分からない。だけどどうにも胡散臭さが拭えない話であった。
長兄のバルドと双子のカールとクルトと話をして、正直者の筋肉馬鹿だという感想を持った。だから業者に足元を見られて安く買い叩かれているのではないかという思いもあった。
それとも仕事が出来るというのは嘘なのかもしれないとも思ったのだが、こうして対峙して、考えを変えた。
動く死体とルドプスは生前の記憶をなくし、破壊衝動のみで動いている。とはいえ、戦闘力は肉体の持ち主の身体能力が反映される。
これまで戦った動く死体のだれよりも素早く、力も強い。村人たちの証言は正しかったことをミツルは知った。
それならばやはり、人が良さそうな彼らは業者にだまされているのだろうか。
そんなことを考えていられるのも、ここまでだった。
ルドプスだけではなく、動く死体までやってきた。
三体は手に円匙を持ち、ミツルに狙いを定めていた。
これはかなりマズい状況ではないだろうか。
ミツルは素早く辺りを見回し、逃げる算段をした。
しかし、相手が上手で、ミツルは三体に取り囲まれるような状態だった。
雨は変わらず降っている。
あちこちから木の生長する不思議な音が聞こえてきていた。
そこでミツルはふと思いついた。
地面を走って逃げるのではなく、木に登ればいいのではないか、と。
ミツルは思いついたことをすぐに実行に移し、目の前の木に手をかけて身体を上に持ち上げ、身体が浮いたと同時に足を幹に掛け、上を目指した。
ウィータ国の木が良質だといわれるのは、こうした雨の日に急激に伸びるため、枝が少ないためだ。生育のいい木は一日でかなりの大きさになる。だから枝のない木も結構な数がある。
しかしミツルが登った木は、幸いなことに上のあたりに身体を乗せることが出来るほどの枝があった。
そこに手を掛けて、くるりと回って身体を乗せた。
とりあえず考える余裕はできた。運が良ければ彼らは諦めてくれるだろう。
そう思ったのはつかの間。
下の方から衝撃が伝わってきた。
ミツルが下をのぞき込むと、ルドプスと動く死体の三体はあろう事か、円匙を持ってミツルがいる木の根元を掘っていた。
そうだ、彼らは木こりだ。
木は根元から掘り起こさなければ、接ぎ木をしたかのごとく、そこからまた同じ木が生えてくる。しかし接ぎ木からはあまり質のよい木が生えてこないため、根から掘り起こすのだ。
このままでは木を倒されてしまう。
ミツルは焦り、飛び移れそうな木を探したが、残念なことに周りにはミツルの身体が乗せられるような枝がなかった。
どうしたものかと悩んでいると、もう一体、動く死体が増えて、それも円匙でざくざくと地面を掘り出した。
ミツルの乗った木は揺れ始めた。
ゆっくりと考えている時間はない。
こうなれば、とにかくあの四体の外側に出られればいい。
そう結論づけ、ミツルは揺れて不安定な中、隣の木に飛び移ることにした。
ゆらゆらする木の揺れ方を読み、ミツル側に揺れてきたところで木を蹴飛ばし、隣の木に移った。
しかしその木には枝はなく、雨で濡れて滑る木肌にひやりとしながら蹴り、同じように隣に移った。
ミツルはそうやって次々に高度を下げながら木を移り、地面に降りた。
ミツルが地面に降りたと同時に木の倒れる音がした。
それから足を引きずる特徴的な音がしてきた。
ミツルがいないことに気がつき、追いかけてきているのだろう。
息つく間もなくミツルは森から出るために走り出した。
雨は変わらず降っていた。




