06
ナユも自分でどうにか出来るとは思っていなかったが、退くに退けなかった。
意地を張ったって仕方がない。
それは分かっていたが、どうしてかミツルの言いなりになるのが癪だったのだ。
ここでミツルに託していたら、結果は変わっていたかもしれない。後悔することも、失うこともなかったと思う。
それでもナユは、ミツルにお願いしますと言えなかった。
*
ミツルとパーニャの争奪戦の決着が付いた後、イルメラはナユたちヒユカ家の人たちに寝る場所を用意してくれた。
といっても普段は客を招き入れる場所になっていないので寝台があるわけではなく、雑魚寝となるのだが。
カールとクルトが壊れた家に戻って使えそうな寝具を持ってくると出て行った。
待っている間、退屈だろうからとイルメラはナユをお茶に誘った。
「バルド兄さんは?」
「オレはちょっと広場に行って、村の人たちと話をしてくる」
「うん、分かった。気をつけてね」
と送り出すと、待機所内はイルメラと二人きりになった。
ナユはミツルの行方についてはあえて触れなかった。
「うふふ、うれしいなあ」
イルメラは笑みを浮かべながら器に茶を入れ、ナユの前に置いた。ナユの横に同じように茶を入れた器を置くと、イルメラはそこに座った。
器からはうっすらと湯気が立ち、ほのかな香りをナユたちへと届けてきた。
「ごめんなさいね、お茶菓子を切らしてるの」
イルメラの言葉にナユは緩く首を振っただけだった。
イルメラは器を手で包み込んだ。
「この村の人たちはとても親切ね」
ナユは横に座っているイルメラをちらりと見た。
「私、ここの村に来るまで、あちこち放浪してたの。国にインターだって申請していたから正規のインターなんだけど、本部長が本部を作るまではインターってだけで厄介者みたいな扱いをあちこちで受けてたの」
ナユはなんと返せば分からず、うつむいた。
「インターってだれでもなれるわけではないのよ」
イルメラは茶を口に含むと、ふうと息を吐き出した。
「生まれたときから持っている特殊能力……といえばいいのかしら? だからだと思うんだけど、化け物扱いされてばかりだったの」
「……化け物?」
確かにインターは死を連想させるから恐ろしいと思うけど、化け物というのが分からなかった。
「インターがいるから動く死体が発生するわけではないんだけどね。むしろ私たちはそうならないように神様から力を与えられたんだと思うんだけど……」
イルメラは小さく息を吐くと、続けた。
「私たちが現れると人死にが出るなんて言われて、一所にいられなかった」
逆なのにね、とイルメラは呟いた。
インターがいるから人が亡くなるのではなく、人が亡くなったからインターがいる。
人々はそれは分かっていたとは思う。
分かっていても愛する人を失った悲しみのやり場や亡くなった原因を求め、死とともにあるインターにその責任を押しつけてしまったのではないだろうか。
人が亡くなるとインターが現れる。
それがますますインターたちの立場を悪くしていたのかもとイルメラは呟いた。
「私たちも少しおごりの気持ちがあったのかもね」
「おごりの気持ち……?」
「そう。私たちがいないと人は生きていけないっていう気持ち」
「でも、それは間違ってないでしょう?」
「そうね。でも、インターたちはだれしも『他の人たちにはない神から与えられた能力』を持っていて、あなたたちとは違うのよという傲慢な思いがあると思うの」
イルメラのいうことがナユにはよく分からなかった。
生まれながらに持っているものを利用したり自慢することのなにがいけないのだろうか。
ナユは自分が他の人よりも容姿が優れていることを自覚していたし、大いに利用するべきだと思っている。それを利用することで自分が楽になり有利になるのなら、どんな努力も惜しまない。
……しかし、いい男以外に限る!
見た目のいい男はナユと同じで生まれたときからちやほやされているから、ナユに対して特別扱いはしてくれることはない。
ナユはとにかく、いつでもどこでも特別待遇をされたいのだ。
「インターであることを自慢してもいいじゃない。……ただしミツルを除く」
ナユのしかめっ面の表情を見て、イルメラは吹き出した。
「ふふふっ、ナユちゃんって面白いわ」
イルメラは笑いすぎて目尻にたまった涙を拭った。
ナユはむすっとした表情で、冷めた茶を半分ほど飲んだ。
「ナユちゃんは本部長が嫌いなの?」
イルメラの質問にナユは大きくうなずいた。
「嫌いよ。大っ嫌い」
「どうして? とてもすてきで素晴らしい人だと思うわ」
「そこが嫌」
「あら、そうなの? ほんと、ナユちゃんは面白いわ」
面白いといわれるのはナユとしては本意ではないが、嫌いなものは嫌いなのだ。
「だから、わたしがお父さんをどうにかするの」
本来のところへと話は戻り、イルメラは困ったように口をつぐむことしかできなかった。
*
一方、村の人たちと話をすると言ってインターの待機所から出たバルドは、村の広場へ向かう途中にいたミツルを呼び止めた。
「妹がいろいろと失礼なことを言って申し訳ない」
開口一番にバルドに謝られたミツルは意外そうな表情を浮かべた。
「あいつの兄だというからどんな性格破綻者かと思っていたけど、まともなんだな」
木にもたれ皮肉な表情を浮かべていたミツルにバルドは苦笑した。
「ナユは末っ子だから手が回らなかったというか……。あの子はあの子で苦労してるからな」
「苦労……ねえ」
ミツルはどうにも最初から気に入らないナユを思い出し不愉快な気持ちになったが、ここでバルドを待ち伏せしていた目的を思い出した。
「まあ、いい。個人的にはあいつは気にくわないが、感情とは別にルドプスの件だ」
ナユには村の人たちと話をしてくると言って出てきたバルドだが、本当はミツルとそのことで話をするつもりであったので好都合だった。
「そのことなんだが、ナユには内緒でお願いしたい」
「百万フィーネだが」
「……それは」
「払えない?」
「…………」
バルドは苦々しい表情でうつむいた。
「人手を貸せば、十万フィーネにしてもらえるのか?」
「それは本来ならばしたくない」
「ナユが説明したとおり、うちには金がないどころか、借金しかない」
「おまえたちは働いているのだろう? あいつも城下町で働いているようだが」
ミツルの質問にバルドは小さくうなずいた。
「オレたちもナユも働いている。別にだれかが賭事に狂っているわけではないぞ。一年前にオレたちの母が亡くなったのだがずっと病気で伏せっていた」
「それで、病気を治すために高価な薬を?」
「そうだ」
「ふむ……」
ミツルは腕を組み、何事か悩んでいたようだが、少ししてから口を開いた。
「あいつ以外でだれかインターの本部に常駐できる者はいるか?」
ミツルの問いにバルドは眉をひそめた。質問の意図が分からなかったのだ。
「なにをさせる?」
「本部で事務仕事」
「オレたちのだれかがそれを出来そうに見えたか?」
「…………」
バルドの言うことは残念ながらもっともだとミツルは内心で思ったが、金もだが人手が欲しいのも確かだった。
「適任者はナユしかいない」
「あれなら要らない」
「ナユはかわいいぞ?」
「それはきょうだいの贔屓目だ」
「いやいや、ほんとにナユはかわいいんだぞ!」
ナユのかわいさがどこかという語りが入りそうだと悟ったミツルは大きく頭を振り、バルドを止めた。
「かなり気に入らないが、契約は成立だ。あいつを好きに使わせてもらう」
「それなら助かった。ナユのかわいさはな」
「もういい。かわいかろうがかわいくなかろうが、俺には関係ない」
ミツルはそれだけいうと、外套をひるがえして広場へと向かった。




