05
朝、起きると、まだシエルとナユは寝ているようだった。
浮島にいたときは環境が整っていたから携行食でもそこそこ美味しく食べられたが、ここにはその設備はない。また昨日と同じようにかじるだけになるから、早く起きて準備をする必要がない。
となると、無駄に早く起きて動くのがなんだかもったいなくて、ミツルはそのまま横になっていた。
寝袋ではなく直寝だったから身体が痛いが、それでも久しぶりのこの朝のぐだぐだした時間が懐かしい。
インターの本部では、好きなときに寝て、好きなときに起きていた。それがナユを救いに来てからこちら、結構規則正しい。
基本のミツルは、怠惰だ。縛るものがなければ、かなり好き勝手に振る舞う。
そんなことを考えていると、ベッドから身動きするおとが聞こえてきた。
「ナユ、起きたか?」
「ん……? あー、ミツルか。……おはよう」
寝起きで少し寝ぼけていたのか、そんな返答が返ってきた。
「朝の散歩でもするか?」
「……そっ、そうね……?」
ミツルの誘いに戸惑っているようではあったが、拒否はされていない。
ナユは注意深くシエルを乗り越えてやってきた。ミツルも身体を起こし、立ち上がった。
動く気配でシエルが起きたらシエルも散歩に誘うかと思ったが、起きる様子はなかったため、起こさないでソッと出た。
散歩とは言ったが、あまりこの小屋からはなれるつもりはない。
目を覚ましたシエルが二人がいなくなったと慌てる、だけならまだしも、斜めな女神さまの行動は読めない。
「ナユ」
「なぁに?」
結局、散歩と言っておきながら、小屋から少し離れたところでミツルは止まり、ナユに向かい合った。
「俺は、ナユが好きだ」
「あっ、当たり前よね! こんなにも美少女ですもの」
「あぁ。見た目も好きだが、中身も好きだぜ?」
「っ!」
朝からなに、甘ったるいことを言っているんだ、とだれかが見ていればツッコミが入りそうだが、だれもいない。
「いつだって、ナユが一番だ」
「……ぅ、うん」
ミツルは真面目な表情でナユへの想いを口にしていたので、ナユも真面目に受けることにした。
「だけど」
ミツルは少しだけ無言になり、ナユを見た。
見覚えはあるけど見慣れない紫色の瞳に見つめられ、ナユは顔に血液が集まってくるのを感じた。
たぶん、ナユもミツルのことが──。
「俺は、最低だ」
「うん、知ってる」
「……ぉ、ぉぅ? 最低ついでに勢いで言っておく。ナユに好きと告白しておいて、俺はたぶん、近い将来、シエルを抱く」
「そっ、そうな、の?」
「でも、俺が好きなのはナユだけだ」
「……ほんっと、最低ねっ!」
「分かってる」
朝の爽やかな時間、しかも寝起きにするような話ではないような気がするが、この時を逃したら話す機会がなさそうだったのでしたのだが、ミツルは喋りながら、本当に最低最悪だと思っていた。
「だから、せめてナユ、シエルより先に俺に抱かれないか?」
「は……?」
「近いうちにナユの部屋に行く」
「……いや、ちょっと待って? なにそれ、夜這い?」
「そうとも言うな。宣言して夜這い。……いいな、それ」
くくくっと楽しそうに笑うミツルを見て、ナユは呆れていた。
呆れてはいたし、言われたことは最低だけど、なんでだろう、決して嫌ではない。
いや、むしろ、嬉しい、と感じている自分に戸惑った。
そして、今のこの時、ナユはミツルと二人っきりだ。
ナユも勢いで告白する機会か? と思って口を開きかけたその時。
「んー、おはよぉ」
シエルが起きて、小屋から出てきた。
「おう、おはよう。眠れたか?」
「もー、バッチリよ! ミツルの匂いに包まれて眠れて、最高よ!」
「……そ、それでおまえ、迷いなく寝袋を選んだのか?」
「そーよー。文句ある?」
「……色々と言いたいことはあるが、おまえに言っても手遅れそうだから、諦める」
シエルが「えーっ!」と言いながら、ミツルをポカポカ叩いていた。
「ナユ」
「ん?」
「必ず行くから、待っててくれ」
ミツルはそれだけ言うと、ナユの返事も待たず、離れていった。
取り残されたナユは、真っ赤になって俯くことしかできなかった。
*
携行食を朝食として食べて、荷物と小屋を片付けると、三人は王都へ向けて歩き始めた。
途中、どこかの村で携行食を追加する、というのは決定事項だが、どう考えても王都に一日でたどり着けるとは思えない。宿をどうするか、と悩みながら歩いていた。
オゼイユ周辺の道は整備されていないために木の板がボコボコで歩きにくいが、遠ざかるにつれて綺麗になっていく。
それにしても、とミツルは思う。
この国は、土に女神の祝福を過剰に受けていたが、ソルを倒したおかげで正常に戻った。
その『正常』とはどこまでの範囲なのか?
他の国のような状態になったのか、それとも加護は残ったままなのか?
そしてふと、それ、女神さまに直接聞いて確認すれば一番早くないか? と気がついた。
「シエル」
「んー、なにぃ?」
ナユとなにか楽しそうに話しながら歩いていたところに呼びかけたからか、いつもよりぞんざいな返事が返ってきたが、ミツルは気にせずに質問をすることにした。
「穹の女神にして地の女神であるシエルに問う」
「地の女神は廃業しました」
「……は?」
「というか! 兼任? なんかね、うん、こっちの話なんだけど、ちょっとややこしいことになっていて」
こっちの話、とはどっちの話なんだ? と思ったが、きっとそこは人間が触れてはいけない領域なのだろうと、あえて突っ込まないでいた。
「長い間、穹に女神が不在で、でも不在でも特に問題がなかったの」
「……そうだな。穹が落ちたとか昼夜逆転したとか昼しかない、夜しかないとかおかしなことにはなってないな」
「ミツル、うかつにそんなこと、口にしないで! 本当になっちゃうから!」
「いやいや、そんなこと」
「あるのよっ!」
「は?」
「今、ミツルにみんな注目してるの」
「みんなって、だれだ?」
「こっち側の人たち」
絶対これ、聞かない方がいいやつだ、とミツルは瞬時に悟ったため、はぐらかすことにした。
「分かった、変なことを言わないように注意する」
無理なような気がしたが、とりあえず態度だけはそうだと示しておいた。
「それで……、あたし、穹の女神から地の女神にされていたじゃない?」
「されていた、のか?」
「うん。ソルに強制的にそうされてたの」
ソルにどれだけ権限があったのか。
いや、どれだけ力を持っていたのか、なのか?
女神の在り方まで変えてしまうとは、どうなんだ?
「それで、ミツルが思った以上にあっさりとソルを倒したじゃない?」
「……途中の行程を思えばまぁ、対決自体はあっさり、だな」
むしろ、拍子抜けするほどあっさりだ。
「きっと相性の問題だ。あいつにとって俺はたぶん天敵だったんだ」
「んー。そうかもねぇ」
ソルは地だと言っていたが、本当にそうだったのか、疑問だ。
ソルが本当に地だったとしたら、あの冷たさは説明がつかない。なぜなら、大地が冷たいとは思えないからだ。
「結局のところ、ソルはなんだったんだ?」
「……あたしにも分からないわ」
「はぁ?」
「あたしが触れられる次元より上の問題なのよ」
次元とは? 上とは? と疑問は尽きないが、これも触れてはならない部分だと察知して、避けることにした。
「それでまぁ、ソルから力を取り戻して、ソルも倒した。……ここまでは良かったのよ」
「ぉ、ぉぅ」
「ところが、あたしが地の女神から穹の女神に戻って……、そうしたら、地の女神が不在になるじゃない?」
「いや、だからそこ、兼任じゃないのか?」
「そう、そこが問題なのよ!」
とシエルは拳を握り締め、力説を始めた。
「穹と地っていわば対極に存在してるでしょ?」
「……まぁ、そうだな」
「だからね、兼任は無理、なのっ!」
「じゃあ、地の女神に戻ればいいじゃないか」
そんなに簡単に属性が変えられるのなら、さっさと問題を解決できる方向に動けばいいのに。
なんてミツルは気軽に考えている。
一方、地の女神に戻ればいいと言われたシエルは、ぷーっと頬をふくらませた。
「地の女神がいなくなることの方がこの国にとっては不利益が多くなるだろう?」
「そ、うだけど」
「それとも、シエルは兼任できないくらい不器用なのか? 力はあるんだろう? そこは力で解決とか、出来ないのなら、地の女神に戻るか、どれか選択するしかないだろう?」
「ぅ……」




