02
満足そうにうなずいた後、ミツルは口を開いた。
「それで、ここはそのための場所だったのは分かったが、それの説明だけで止めたわけじゃないよな?」
「もちろんよ。本来ならばここはそういう使われ方をしていたはずだったの」
「えっ、違う使い方ってなに?」
「これは、推測でしかないんだけど、ナユ、あなたにも関係がある話よ」
「わたしに?」
いきなり話を振られて戸惑うナユの横にミツルが来た。
「これからする話は、ナユ、あなたにはとても辛い話になると思う。だけど、ラウラのことを思うと……きっと、ううん、知らない方がいいのかしら?」
シエルはなにかを迷っているようだったが、ミツルはシエルがなにを話そうとしているのか大体を察したため、ナユに視線を向けた。
「ナユはアヒムさんとは血が繋がってないって知ってるんだよな」
「うん。でも、わたしのお父さんだよ」
「だとよ?」
「……うん」
シエルはそれでも悩んでいたようだが、ミツルがあっさりとネタばらしをしてしまった。
「ナユを誘拐した男なんだが」
「……うん」
「あいつが言っていたんだが、ナユの父親だって」
「っ!」
「自称だからな、本当かどうかは分からないぞ。それに、全然似てないからな!」
ミツルのフォローに、ナユはどう反応すれば良いのか悩んだ。
ナユが覚えているのはほんの少しで、サングイソルバの町で誘拐されたときと、再度の誘拐のとき、その瞬間だけだ。後はずっと寝ていて、知らない。
そんな人が父親だと言われても、まったく実感はない。
「わたしのお父さんは、ヒユカ・アヒム、ただ一人だから!」
「うん、そうだな」
ミツルが慰めるかのように髪を撫でてくれるのだが、嬉しいけど、なんだか恥ずかしい。
だからナユはパシッとミツルの手を叩いたのだが、ミツルは笑っていて、撫でる手を止めない。
「ナッ、ナユさまの髪の毛にふっ、触れるなんてっ! 高く付くわよっ!」
「いくら払えば触らせてくれるんだ?」
「……えっ?」
「ナユに触れるのに金がいるのなら、いくらでも出す」
「……ぁ、そ、そう、なの」
二人のやり取りに、シエルが呆れて突っ込みを入れてきた。
「ミツル、みっともないわよ」
「ナユに合法的に触れられるのならば!」
「ナユもほら、いつもどおりに呆れた顔を返してっ!」
「えーっと。あ、うん」
シエルに言われて、呆れた顔でミツルを見れば、それはそれで嬉しそうな顔を返された。
おかしい、こんなはずでは。
「とにかく! ここは人々が祈りを捧げる場所だったの。でもね、いつしか……一人にその役割を押し付けるようになったの」
「押し付ける……?」
「……女神の罪を償うのは……本当はあたしなんだろうけど」
「償うべき罪はないのに、か」
「ぅ……。……と、ともかく! 穹の民が代わりになってくれて! だから、彼ら全員がしないといけないところを一人にやらせるようになったから、そうじゃないよ、と」
「……ふむ」
「あたしがここから落とされるまではみんなでやっていたのよ」
だけど、と。
「たぶんね、また、それが復活しちゃって、ラウラがその役割をしてたんだと思う」
「それはどうやって知った?」
「ラウラの記憶から」
「……なるほどね」
それならば、シエルは真実を知っている、ということか。
だけど、ナユの本当の父親をハッキリさせたところでどうしようもないし、なんだか無性に腹が立つだけだから、ナユの父親はアヒムでいい、ということにした。
「それで、本題に入るけど」
「前置きが長すぎ」
「ここの本来の役割を話したら長くなったのよ!」
「祈りの間、というのは分かった」
「……あたし、こんな日がいつか来るって知ってたんだな、って」
「?」
「ここに隠し機能をつけていて、それを思い出したのよ」
「隠し機能?」
「そう。ナユ、あたしが教えた歌、覚えてる?」
「歌? あの、旋律は綺麗だけど意味不明な歌?」
「うん。あの歌は穹の民の断罪の歌なの」
断罪と言われて、なぜかミツルの耳に『有罪、有罪っ!』という声が聞こえたような気がした。
「そしてね、もうひとつ、役割があるの」
「役割?」
「この祈りの間のそこの女神像。──あたしってば、客観的に見ても美人ねっ!」
「そ、そうだな」
「その下でこの歌を歌うと、あぁら不思議。浮島で死んだ人たちの魂が救われちゃうのです!」
「……それ、隠し機能以前に隠さない方がよくない機能じゃないか?」
「そういうわけにもいかないのよ。だって隠しておかないと、生前になにをしてもいいってなっちゃわない?」
「生前もなにも、死んだら終わりだろ?」
「……そっ、そか。ミツルたちには魂の存在ってないものなのか」
「生きている間にしたことは、死んだ後に露わにされる。ただそれだけだ」
ウィータ国ではミツルが言ったような考えが一般的だ。
死んだ後、生前に罪を犯していると死体が冥府の色に染まる。それを見て、罪を犯したかどうかを判断していた。
そして、罪を犯していない者の死体を地の女神に返す。
罪を犯した者は、冥府に送られる。
──結局は、同じ場所に送られていたわけだが。
「浮島はあたしが地の女神になる前からあるし、死生観っていうの? 死んだら肉体と魂が分離して、魂が冥府に送られるって……本来の機能の形をとっていたのよ」
「それで、死体は地面に埋められていた、と?」
「そうよ。本来はそうだったのよ」
この浮島だけは切り離されていたために元の姿のまま保たれていた、ということだ。
「そして、この機能のすごいところは! なんと! 魂が救われると同時に死体まで処理されてしまうわけです!」
「地の女神の元に……送られる、ということか?」
「ううん。それはここにその隠し機能をつけた後からできた仕組みだから違うわ」
「? 意味が分からないんだが」
「それじゃあ、死体はどこに行くの?」
「……消えるわ」
「え?」
「あたしも色々考えたんだけど。自動的に埋葬されるってのも考えたんだけど、大量の死体だとそれは無理だから、消すことにしたの」
「消すって、どこに消すの?」
「さぁ? そこまで考えなかったわ」
「なかったことに、するのか?」
「それに近いわね」
「そっ、それって酷くないっ?」
「……しょうがないじゃない。そうしないと大量の死体を処理しきれなかったんだから」
そうなると、この浮島で生まれ育ち、死んでいった人たちは本当に存在していなかったことにならないだろうか。
「……死体を放置するのと、なかったことにするの、どっちがいいと思う?」
「それ、究極の選択じゃない?」
「……やっぱりそう思うよな」
「わたしなら、放置を選ぶわ」
「どうして?」
「なかったことになるのって、辛いじゃない。それが良いことだったとしても、悪いことだったとしても、生きていた証を消される方が辛いもの」
「……だよな」
ミツルとナユは同時にシエルを見た。
「シエル、その、最後の穹の民として、お願いするわ」
「っ!」
「……うん」
「ここの人たち、このままにしておいてください」
「ナユはそれでいいと思ったのね?」
「うん。彼らが生きていた証を残しておいてあげたい。……生者の傲慢なお願いかもしれないけど、そう思うから」
「分かった。……あたしに連なる人たちだものね。消しちゃったら、その証もなくなるわよね」
「うん」
少ししんみりとしたが、結論が出たところでシエルは笑った。
「──それじゃ、地上に帰りましょうか」
「シエルの帰る場所は地上なのか?」
「んー。ミツルのいる場所が帰る場所、かな?」
「普通、逆じゃないか?」
「だって、穹で独りぼっちはもうたくさんだし、だったら大好きなミツルに着いて行こうかなと思って」
「……俺、この駄女神さまの面倒をみないといけないのか?」
「あ、面倒、みてくれるのっ?」
「……放置したらまたなにしでかすか分からないからな。監視する」
「ほんとっ? わー、嬉しい!」
「おい、監視されるんだぞ? それ、嬉しいのか?」
「だって、それってミツルが常に見てくれてるってことでしょう?」
そうだ、この女神さまは斜めな考えの持ち主だった。
監視すると言って喜ぶなんておかしすぎる。
だからといって、放逐した後のことを考えると恐ろしすぎて出来ない。
結局、なんやかやとミツルは面倒見がいいのだろう。
「……ひどい貧乏くじだな」
「ご愁傷さま。でも、幸せなんでしょ?」
「はっ?」
「シエルと常に一緒ね!」




