05
※死体がたくさんです。
骨を薙ぎ払い、前に進むと骨の山の高さは徐々に低くなり、なくなった。
そしてその先に広がるのは──。
「死体の山、って。なんだよこのデタラメなのはっ!」
死体があり、その先に動く死体、そして骨ならばなんとなく順番になっているように思えるが、どうしてここに来て死体なのか。
「女神の側だからよ」
「確実に近づいてるのか」
「いえ、もう目の前よ」
死体がある、特有のザワザワとした感覚のせいで女神の力なんて感じられない。
いや、そもそもがその女神の力なんて感じたことがない。
「さすがに死体は薙ぎ払えないな」
「そっ、そうね」
生気のない、青白い肌をした死体たちがゴロゴロと無造作に積まれていて、どこをどう通ればいいのか分からない。
跨いでいくのはかなりはばかれるし、踏み潰していくなんて論外だ。
どちらにしても、それをするには高く積まれすぎている。
「ねぇ、これって」
「……地の女神の元に送られた死体、だ」
「こんなに……」
一体、ここは何年かけてこうなったのか。
それはきっと、だれにも分からない。
唯一分かっていそうなシエルに聞いても、はっきりとした答えは返ってこないから、真実は闇の中だ。
「ここも端を通るしかなさそうだな」
「そうね」
端までは死体がないようなので、そちらを通ることにする。
動く死体の側よりはマシだが、やはり死の臭いがする。
「ここにある死体って、どういう位置づけなんだろうな」
「どういう、とは?」
「いや、てっきり地の女神の元に送られた死体って速効で動く死体になってあそこにいると思ってたから」
「待機中? それとも、送られてきたばかり、とか?」
「それにしても、多すぎないか?」
「……確かに」
しかも、ここの手前が骨の山だ。
「うーん……」
分かったところでどうすることも出来ないが、釈然としない。
「死体が腐って骨になる?」
「それにしても、腐ってるように見えなくないか?」
「う、うーん」
保存?
……良く分からないが、ありえそうだ。そうだと考えれば、ここに放置されているにもかかわらず、腐っているように見えないのも納得だ。
「地の女神さまのために死体を保存してあるんじゃないのか?」
「淋しくないように?」
「だろうな」
「悪趣味!」
「だとよ、シエル」
「あっ、あたしの趣味じゃないからっ!」
「趣味だと言われたら、疑うところだぞ」
「違うからっ!」
シエルの焦った反論に、ミツルとナユは思わず顔を見合わせて笑った。
二人がなんだかいい感じになっていることにシエルはふくれっ面をした。
「あたしもミツルとイチャイチャしたいっ!」
「……えっ?」
「断る」
「意地悪っ!」
この様子、ソルに見られてたら瞬殺ものだよな。
なんて思っていたら、やはりいきなり視界が開けて、今度はなにもない広い空間に出た。
「ようやく、目的地に到着、か?」
広い空間の奥に視線を向ければ、祭壇らしきものが見えた。
「あそこ! あそこにあたしの身体があるのっ!」
「あの祭壇みたいなところか?」
「そう! ……でも、その手前に、やっぱりソルがいるの」
ここからだと見えないが、シエルがいるというから、いるのだろう。
ミツルは祭壇に向かって真っ直ぐと進んだ。
近づくにつれて、圧力を感じる。
圧力というか、明確な殺意。
ようやく認識できたか、というところで声が聞こえてきた。
「シエル、ようやく来てくれたんだねっ!」
ミツルが想像していたのとはまったく違う、朗らかな少年の声。
「──シエル一人じゃないのがものすごくムカつく。特にそっちの灰色の髪の男」
予想どおりすぎてミツルは思わず苦笑してしまう。
ミツルは足を止めることなく近づき、徐々に見えてきたソルの見た目にも驚いた。
茶色の長い髪に、たぶん茶色の瞳。
背はたぶんミツルよりは低いが、シエルよりは高い。
細身の身体に幼さが残る見た目。そして、ナユが苦手な見た目がいい男。
「……シエル」
「なに?」
「おまえ、ほんっと、面食いだなっ!」
ミツルは、自分の見た目をきちんと自覚していたし、ナユにもいい男だから嫌いと言われたように、見た目はいい。
そのことを踏まえて突っ込みを入れると、
「そうよ、悪い? やっぱり、見た目は大事よ?」
「……まぁ、それは同意するが」
ナユも密かにうなずいて同意している。
「でもやっぱり、顔のいい男は駄目よ」
「……そこも辛いが同意する」
自分の性格の悪さも自覚しているので、同意しておいた。
「だけど、筋肉は正義よっ!」
「ぉ、ぉぅ?」
「ミツルは筋肉を差し引いて、ギリギリセーフにしてあげる。けど、あいつは駄目よ! アウトっ!」
ナユ的に、ソルは駄目らしい。
「シエル、ミツルだけにしておきなさい!」
「え?」
「あいつはほんと、駄目よ。見た目だけよ!」
珍しく的を射た発言にミツルは同意したが、シエルは納得してないようだった。
「でも、ソルはあたしにやさしくしてくれて……」
「シエル、現実を見て! そんなだから奪われちゃうのよ!」
「ぅ……」
ナユ、もっと言ってやれ! とミツルは内心で応援していたのだが、ソルが動いたことで、話はそこで途切れた。
「とにかく、シエル以外、全部死ねっ!」
過激な発言に、ミツルは円匙を構えてナユを背後に隠し、ソルの攻撃を受けた。
ソルの手にはいつの間にか剣が握られていて、ミツルはそれを円匙で受け止めた。
ソルの茶色の目と視線が合い、睨まれたが、迫力もないし怖さも恐ろしさもない。
「たいしたことないな」
「うるさい、黙れっ!」
こいつがそもそも悪いのだし、シエルにいい加減、目を覚まして欲しい。
それにきっとだが、こいつを殺してもミツルにはなんの処罰もくだらない。むしろ、世界の代表として恨み、つらみを晴らさせてもらおう。
問題なのは、この円匙で殺せるのか、だ。
いや、殺す。
「死ぬ覚悟は出来てるんだろうな」
「ボクを殺そうって?」
「もちろん、おまえ以外にいないだろう」
「ミツル、駄目よっ!」
「ナユ、シエルが邪魔をしないように捕まえておけ」
「う、うん」
ナユは素直にシエルに抱きついて止めている。シエルが本気で暴れたらあれくらいの拘束なんて無意味なのは本人も分かっているだろうが、まるでお約束のようにシエルは素直にナユに抱きつかれていた。
いや、あれはあれで喜んでいるに違いない。
「さて、と」
「おまえがボクを殺せる、だと?」
「一方的な殺戮にならないことを祈るよ」
ミツルは背負っていた荷物を降ろして、円匙を構え直した。
道具も使い方によって凶器になる。
まさしく、円匙はそれを体現していると思う。
ミツルは無言で円匙を振り上げ、ソルに振り下ろした。
さすがにソルも最初の一撃は剣で受け止めていたが、かろうじてといった感じではあった。
無言で二撃目、三撃目と加えていくと、段々とソルも受けられなくなってきてよろけてきた。
ミツルはソルがよろけたところを足に円匙を叩きつけた。
「っ!」
まだミツルには余裕があるが、ソルは荒い息をして、足に加えられた攻撃をまともに受けて倒れた。
「ミツルっ!」
シエルの声が聞こえたが、無視した。
ソルは受け身も取らずに倒れたために、思いっきり地面に身体を打ち付けられて痛みで動けないようだ。呻き声は聞こえた。
こうも手応えがないと、拍子抜けすると同時に、不安も襲ってくる。
このまま殺してもいいものなのか、と。
「──シエルの力、返してもらうぞ」
「返すもなにも、シエルが勝手にくれたんだよっ?」
「要らないのなら、返せ」
「好きな子からもらったものを返すなんて、出来るはずないだろうっ!」
「ソル……」
シエルがそれを聞いて喜んでいるが、本当にチョロい女神さまだ、と思う。
そして、ソルの言い分は分かった。
「じゃあ、強制的に返してもらおう」
どうすれば力が戻るのか、とか、本当にこいつが女神の力を持っているのか、その割にはショボすぎるという思いはよぎるが、ミツルはそんなものは全部無視して、ソルの喉元に円匙の先を叩きつけてやった。
「がぁっ!」
円匙の先が面白いほどソルの喉元に刺さっていく。
血肉のある肉体ならば血を吹き出すところだろうが、そんなことはなく、碧い光がこぼれてきた。あれはきっと、女神の力だ。
「ソルっ!」
ナユの拘束を抜けて、シエルが走り寄って地面に倒れているソルに抱きついた。




