04
休憩を挟み、少しは元気になったらしいシエルは、椅子から立ち上がると歩き出そうとしていたので、ミツルは慌てて首根っこをつかんだ。
「な、なに?」
「おまえな、待て。椅子を片付けないといけないだろうが」
「あー……」
ミツルはサッと椅子を畳み、荷物に突っ込み、背負った。
「行くぞ」
「はぁい」
「……はい」
首根っこをつかんだせいか、シエルのテンションが下がっていたが、ミツルが先頭に立ち、宣言どおりに壁際を移動始めた。
ここはかなり広い広間のような空間になっているようだ、としばらく進んでからミツルは気がついた。
そして、あちこちに動く死体の塊が蠢いている。
こんなにも動く死体がいることに、ミツルはゾッとした。
それにしても多すぎる。異常ではないか?
「──ん?」
待てよ、とミツルは思わず足を止めた。
「ミツル?」
「あ、すまない。ちょっと気になることがあって」
「なに?」
「動く死体の数、多すぎないか?」
「んー。言われてみれば、そうね。そう頻繁に発生するものでもないし」
ということはだ。
「憶測でしかないんだが、人が死んで死体になって、インターが地の女神の元に死体を送りつける。ここまでは共通認識でいいな?」
「うん」
「それでだ。ウィータ国の土はなにが問題か?」
「死体に土が付いたら動く死体になる……こと?」
「そうだ」
ミツルはよく出来ました、と言わんばかりにナユの頭を撫でた。
今までのことを思えばそれはあまりにも甘くて、見ていたシエルは少し口の中がザラついた感触を覚えた。
対するナユはというと、ムッとした表情を浮かべてミツルをにらみつけた。
「馬鹿にしてる」
「してない」
「ナユはほんと、かわいいな」
「っ! あっ、当たり前でしょうっ! わたしは美少女のナユさまよっ!」
いつもと変わらないやり取りのはずなのに、なんだろう、この甘さは。
それはきっと、ミツルの態度だ、と分析したところで、シエルは投げた。口の中のザリザリ感が強くなってきたからだ。
なるほど、ミツルはやさしくないほうがシエルにとってもいい、と認識を持った瞬間だった。
「でだ。なんで死体に土が付いたら動く死体になるんだ?」
「土に女神の祝福が過剰に含まれている……から?」
「そうだ」
ということは?
「今のことを踏まえて、その元凶である地の女神の元に死体が送られたら、どうなる?」
「──あっ!」
「女神の力を受けて、動く死体になる」
「えっ? じゃ、じゃあ」
「ほんと、ソルはくそったれだなっ!」
本当に、インターとはなんだというのだ。
動く死体を発生させないように人々は必死になって、インターは後ろ指を指されながらも死守した死体を地の女神の元に送り──。
「結果、みんな動く死体になる」
「…………」
そして、その元凶であるシエルはというと。
「全部、あたしのせい」
「まぁ、そう言うな。全部とは言わないが、シエルがもっと思慮深ければこんなことにはなってないってだけだ」
「追い打ち、掛けてきたっ?」
「気のせいだ」
こんなにもたくさんの動く死体がいることがなんとなく分かったところで、ミツルは移動を再開した。
ミツルの後ろにナユとシエルが並んで続く。
広間と思われるところを遠回りと思いつつもグルリと壁沿いに移動していると、唐突にその壁が途切れた。
「あっ!」
シエルの叫び声と同時に目に飛び込んできたのは──。
「なんだよ、これ」
先ほど通ってきた場所より広いはずの広間に、ぎっしりと、白い──。
「骨の山、とか」
「通れる?」
「このままでは無理だな。シエル、方向はこっちで間違いないな?」
「うん。この奥から感じるのよ」
そのシエルの感覚をあてにして、ミツルは手に持っていた円匙で骨をなぎ払った。
ガチャガチャガチャガチャっという音と共に骨はあたりに散乱して、道が出来た。
「なっ、なっ!」
「仕方があるまい、こうするしかない」
「そっ、そうだけどっ!」
そうであるのだが、なんというか、罰当たり的ななにかを感じないでもない。
「道は俺が作る。おまえらは一応、後ろを警戒しておいてくれ。あの坂のときのようにがい骨が現れても嫌だからな」
この骨の山は幸いなことに動く様子はない。
これらはきっと、あの動く死体が腐った果ての姿、なのだろう。
地の女神の元に送られた死体は女神の力を受けて動く死体になり、骨になるまで先ほど通ってきた広間で彷徨い続けるのだろう。
なんとも胸くそ悪い展開なんだ、とミツルは思う。
「それにしても」
ミツルは左右に円匙を振りながら道を作る。
「今まで死んだ人間がここに送り込まれたと考えると、ある意味、すごいし壮観だな」
ミツルが言うとおり、ウィータ国が成り立つ前からあった仕組みであるわけだから、数えられないほどの骨がここにあるということになる。そう、ここに人が住み始めてからずっと、ほぼすべての人の死体が送り込まれているのだ。ここに納まっているすべてが全部とは言えない。
「シエル、これだけ動く死体と骨がいれば、淋しくないな?」
ミツルの皮肉に、
「逆に淋しいわよっ!」
「まー、そうだよな。ここにあるのはただの抜け殻だ」
本当にソルはなにを考えているのだろうか。
「で、この先を行けば、ソルもいそうか?」
「確実にいるわ」
ソルとの直接対決は避けられそうにないが、果たして、勝てるのか。
ミツルは円匙を振りながら考える。
今まで、何度も戦ってきた。
だれかに戦い方を教わったでもなく、武器として使えるものは円匙しかなかったからこれ一本で来た。
デュランタを下したのはシエルだった。ミツルはまともに戦ってないし、戦えなかった。
そんな状況下で、ソルと戦って、勝てるのか?
それは実際に戦ってみなければ分からない、というのが正直な感想だが、ここで負けたら、どうなる?
ミツルは確実に死ぬだろう。
でも、ここは冥府だから、冥府の入口になって周りには迷惑はかからない……はず。
でも、シエルは? 連れてきてしまったナユは?
シエルはまぁ、あれでも女神さまだし、ソルはシエルが欲しいのだろうから、命は取られないだろう。
しかし、ナユは違う。
ナユはシエルの子孫らしいが、ソルはそんなこと、どうでもいいだろう。むしろ、邪魔になるはず。
ということは、殺される可能性が高いわけで……。
「どうあっても勝たないとダメ、か」
「んっ? ミツル、なんか言った?」
「いや、独り言だ」
勝率はかなり低いと思われるが、どうあってもそれを乗り越えて勝たなければならない。
話し合いでどうにかなる相手だとは思えない。
それか──。
「……シエルを生贄にして、逃げるか?」
「ちょ、ちょっとミツル、なに言ってるのっ!」
「いや、どうやって丸くおさめるかなと考えていただけだ」
「ソルはきっと、あたしを手に入れても満足しないわよ」
「なんでだ?」
「それはあれよ。あたしがミツルを好きだからっ!」
「…………。今すぐ嫌いになれ。秒で嫌いになれっ!」
「いや、無理無理! 今のでもっと好きになった!」
「はっ? もう、なんだよこの馬鹿女神さま」
これはもう、あれだ。不毛な戦いだ。
妙な三角関係に、ミツルはため息を吐いた。
いや、この場合、三角? 四角? まぁ、そんなのはどうでもよくて。
「愛情ベクトルが全部一方通行とは、なんとも」
「そんなことないわよ! あたしはミツルとソルに向いてるから!」
「ぉ、ぉぅ」
ミツルにというのはともかく、ということは、ソルとシエルは相思相愛?
「それなら、なんの問題もないな!」
「いやいや、あるから! ありまくりだからっ!」
きっとソルはシエルの愛情ベクトルを自分だけに向けたいのだろう。
その気持ち、良く分かる。
きっとシエルが絡まなければ、それだけで友だちになれそうだ、と思った。
友だちなんて、いた覚えはないけどな! とミツルは心の中で叫んだ。
「あたしはソルも好きだけど、ミツルも好きよ。ナユだって好きだし、人間もみんな好き」
そうだ、ダメダメでも、こいつは女神さまだった。博愛だよな。それに、シエルは自分が淋しくて人間を創ったのだから、そうなるだろう。
そんな女神さまの根本を全否定して、手に入れたいとか、ソルはシエルのどこがいいと思っているのやら。
「それはまぁ、ソルと相容れない……な」
「そうなのよ! 分かってもらえなくて」
分かるとか、分からないとか以前の問題のような気もするが、そこはまぁ、置いといて。
「しかし、ソルはなんでシエルにこんなに固執してるんだ?」
それは以前から疑問に思っていたこと。
いい機会だからと聞いてみると。
「さぁ? あたしにも分からないわ。たまたま最初に見たのがあたしだったから、とか?」
「刷り込み現象かよっ!」
だけど、それはありえる。
なんといってもソル以外、シエルしかいなかったというのだから。
「鳥並か……」
ソルの思考能力はそれくらい?
といっても、馬鹿にはしてられない。単純思考ということは、それだけ頑固で固執しているという意味もある……と思う。
「……戦う未来しか見えてこないな」
「ミツルがソルと戦うの?」
「必然的にそうなるだろうな」
「ミツルって、戦ってる姿、意外にも格好いいのよねぇ。持ってるのは円匙なのに、様になってるというか」
「戦い方はだれにも習ってないから我流だぞ?」
「そうなの?」
なら、ますます惚れ直しちゃう、とか聞こえたが、ミツルは丸っと無視をした。
こいつ、分かってない、だれのせいで戦うことになるのか、と思いつつも、ミツルは順調に骨を薙いでいく。




