06
窓から差し込む光に、ナユは目を覚ました。横にはまだ、シエルが寝ていた。
床の上を見ると、ミツルの姿も寝袋もなかった。
寝坊して置いて行かれたっ? と思っていたら、ドアがノックされ、ミツルが入ってきた。
「昨日と同じものしかないが、朝食、出来てるぞ」
ナユとすれば食べられるだけでありがたい。
シエルはというと、寝ぼけていて、まだ布団の中でぐずぐずしていた。
「身体が重たくて、起きられなーい」
「起こせばいいのか?」
「やさしいミツルなんて、ミツルじゃないー」
「あのな、どうすればいいんだよ」
「あたしもナユにしたみたいに、お姫さま抱っこしてー」
「はっ?」
「おっ、お姫さま抱っこっ?」
ナユはその言葉に固まり、ミツルを見た。
ミツルは平然とした表情でナユを見た。
「起こしても起きない寝ぼすけを移動させる必要があったからな」
「わっ、わたしの意識のないときにお姫さま抱っこするなんてっ!」
「なら、今すればいいか?」
「そっ、そういう問題ではなくてっ!」
真っ赤になっているナユをニヤニヤしながら見ていたミツルだが、そういえばご飯だと呼びに来たのを思い出した。
「っと、冷めるぞ」
「そうだった」
「起きれない-」
「一人で起きてこい、甘えるな」
「ひどい! ナユだったら抱っこして起こすくせに!」
「おまえにしてもなんのメリットがないだろうが」
「あるわよ! あたしが嬉しい!」
「却下」
ナユがシエルを起こしてあげて、シエルがミツルがやさしくなーい、とだだをこねるところまではお約束か。
「やさしいのは怖いんだろ」
「そうだけど」
「俺はあいにくとやさしくはないからな」
シエルも分かってはいるのだが、それでも甘えたかったのだ。ミツルもきっとそれが分かっていて突き放しているのだろう。
「シエルは俺にどうされたいんだ?」
「そうね……。やさしくしてほしい」
「それは俺の役目ではないだろうが」
「でも」
「淋しがり屋なのは知ってるが、そうやってだれにでもやさしさを求めた結果が今に至ってるんだろうが。少しは考え直せ」
「うー、やっぱりミツルは意地悪だ」
「意地悪で言ってるんじゃない。そうじゃなければまた、ソルの思いどおりにしかならないぞ。それでいいっていうなら俺は女神殺しの大罪を背負うつもりだがな」
ミツルのことも気に入っている──というより大好きなシエルとしては、ミツルにそんなものを背負って欲しくない。
だけど目の前のミツルはシエルが欲しいものはまったくくれなくて、一方的な想いを持て余すだけだ。
「……なんであたし、ミツルのこと、好きになっちゃったんだろう」
「顔で決めるから駄目なのよ」
ナユのツッコミにシエルは言葉に詰まった。
「わたしはそのソルって人? を見たことないけど、その人もいい男なの?」
「うー、うん」
「顔のいい男は駄目よ」
「だってぇ」
ナユはシエルをようやくベッドから降ろして、食堂へと向かった。
昨日と同じく、食事が用意されていた。
「とにかく、冷めちゃったけど食べましょう」
「そうね」
粥とは言っても、昨日とは味が違っていて、ナユは満足だった。
水を飲み、一息ついたところで、ミツルは食器を片付けてくると言って、台所へ行った。
「ねぇ、ナユ」
「ん、なぁに?」
「あたしにミツルをくれない?」
「はっ?」
「前は肉体がなかったから無理だったけど、今は重たいけど身体があるわ。あたしでもミツルの子を産むことができるわ」
「あの……シエルさん。それ、本気で言ってます?」
「本気の本気。ナユじゃなくても、あたしでもいいじゃない。そもそも、女神の血脈の始祖なわけだし!」
「それ、わたしが決めることじゃなくて、ミツルが決めることだと思うんだけど」
なんかおかしな話になっているなと思いながら、ナユはシエルと話をしていた。
「そうしたら、ミツルはあたしを大切にしてくれるはずだし!」
「それは……どうかな」
「ナユは男たちに囲まれてかしずかれ、ちやほやされたいんでしょう?」
「そうよ」
「ミツルはそれはきっと許してくれないわよ」
「…………」
「ってことで、ナユ。あたし、決めたわ! ミツルを落とす!」
もう、好きにしてください状態だ。
「そもそもわたし、ミツルのこと、嫌いだし」
「そうよね! なら、好都合じゃない!」
ナユはそう口にしながら、ツキンと心の奥が痛むのを感じた。
ミツルはナユの信奉者でもないし、むしろなんか良く分からないけど縛ろうとするし、いない方が自由だし、今まで通り、やりたい放題できるのだ。
そうは思うけれど、なんとなくモヤモヤする。
「あ、ナユ! ミツルには近寄ったら駄目よ」
「え? あ、別にわたしからは近寄らないし」
「そうと決まれば、身体が重たいなんて言っていられないわ!」
そう言って、シエルは気合いを入れると、
「ミツルを手伝ってくる!」
と台所に消えた。
手伝うとは言っていたが、あの女神さまになにかできるのだろうか。
ナユは疑問に思ったが、そこにナユまで行ったらまたややこしい上に邪魔になるのは目に見えていたので、止めておいた。
とはいえ、ここにいても暇だ。だからといって、探索するほどの好奇心もなく──そもそも、方向音痴なのだから探索なんてしたら余計に手を煩わせるわけで──、椅子に座って足をぶらぶらさせているだけだった。
*
一方のミツルだが、あらかた片付けが終わり、水筒などに水を詰めているところにシエルがやってきた。
「なんだ、朝ご飯、足りなかったか?」
「いや、そうじゃなくて」
そういいながらシエルはミツルに近づき、腕を取った。
「なんだ?」
「ねぇ、ミツル。脈のないナユより、あたしにしておかない?」
「はっ? なんの話だ」
「恋人よ」
「……そんなものは要らんぞ」
「えー、なんでぇ?」
「俺が欲しいのは、俺の子を産んでくれる人だ」
「それって恋人じゃないの?」
「違う」
ミツルはシエルの手を剥がすと、
「今の俺にはそんな甘いものは要らない」
「えー」
「それともなんだ? シエルが俺の子を産んでくれるのか?」
「別にいいけど」
「けど、なんだ」
「あたし、子ども産んだら要らないの?」
「……そこから話さないといけないのか?」
ミツルはため息を吐くと、
「ところで、ナユは?」
「隣の部屋にいるんじゃない?」
「面倒だから、二人にまとめて話す」
ミツルは荷物をまとめると、食堂へと戻った。
ナユは椅子に座って足をぶらぶらさせることに夢中だった。それを見て、ミツルはかわいいと思ってしまったのだから、重症である。
「ナユ」
「なに? 出掛ける?」
「いや、その前に話がある」
シエルにはナユの隣に座るように指示をして、ミツルは二人の前に座った。
「そこのぽんこつ女神が阿呆なことを言ってきたので、まとめて説明しておこうと」
「あー……」
ナユは白い目でシエルを見た。シエルはその視線を受けて、引きつった笑みを返した。
「俺は、知ってのとおり、インターだ」
「うん」
「そんで、インターの地位は激しく低い。きっと、そのあたりにいる家畜より低いぞ」
「えっ、そんなに?」
「嘘っ!」
「インターは役に立たないばかりか、厄介な存在だからな。害獣と一緒の扱いだ」
ミツルの言葉に、ナユは立ち上がると目をつり上げて怒った。
「だって、インターがいないとわたしたち、困るじゃない! それなのに害獣だなんてっ!」
「まー、そうなんだが。死んだら冥府の入口になるからな」
ミツルの言葉に、ナユはムッと口を結ぶと、ドスンと音を立てて座った。
「だからって」
「遠ざけたところでどうしようもできないが、人は未知のものを怖がるからな。仕方がない」
ミツルの悲しそうな表情に、ナユもシエルもなにも言えない。
「それでな。俺はそんな存在なので、家族も、結婚も、子どもも最初から諦めて……というと語弊があるが、自分には関係ないものと思っている」
「え、でも」
「そう、その、でも、なんだよ。俺より強いインターがいるってのなら、そいつに任せるんだが、いないんだろう? そのあたりはどうなんだ、シエル?」
「え、あたし?」
「おまえはこの国中を飛び回ってそれなりに把握してるだろう、いくら残念、へっぽこ、ぽんこつでも」
「うぅ……。してるわよ。……残念ながら、いないわね」
「となると、現れるのを待つより、より可能性が高い自分の子に期待するしかないだろう」
「まぁ、そう、だけど」
「ということで、自分で始末をつけられるのが一番だが、それができないのなら、身内に頼むしかないだろう? それで、俺の子を産んでくれって話なわけだ」
ミツルの言い分は分かったのだが。
「それで、あたしかナユが産んだとするわよ。そしてその子はめでたく? もインターでした。ってなったら?」
「俺が引き取って育てる」
「はっ? わたしたちは?」
「えっ?」
「なんでそこで一緒に育てるって発想がないわけ?」
「インターだぞ? 後ろ指指されて、石を投げつけられたり、殴られたり蹴られたりするんだぞ?」
「インターを産んだ時点でそこは一緒じゃない」
「違うぞ。今まで、インターであることに対しては責められることはあったが、産んだことに対してはだれも咎められてないぞ」
「…………」
「一緒にいれば、インターだと思われて、酷い目に遭うぞ」
ということで、とミツルが締めくくる。
「もうどっちでもいいよ。俺の子を産んでくれるのなら」
この話はこれで終わり、とミツルは告げ、立ち上がった。
「冥府に行くぞ」
本来の目的はそちらであったことを思い出し、ナユとシエルは言いたいことがあったがまだミツルから言われたことを消化し切れていなかったため、素直に従った。




