05
ミツルは奥の部屋へ至るまでにすべての部屋をチラ見ではあるが見ていた。
その中には炊事場があったり、食堂があったりしたのも見かけた。
ミツルは荷物を背負ったまま、とりあえず炊事場に向かった。
食材はまったく期待してないし、あるとも思ってない。あったとしても口にするのが恐ろしい。
とはいえ、デュランタがここで生活していたのなら少しはあるかもしれないが、なんとなく手をつけるのが嫌だ。
とにかく今は飲み水さえ確保できればよいと思って炊事場に来た。
他の部屋は埃っぽく、使われていた形跡はなかったが、ここは最近まで使われていたようで、それなりに綺麗だった。
こんな場所だというのに、都市部並みに施設は整っていて、蛇口を捻れば綺麗な水が出てきた。
ミツルはそれを見て、なんとも複雑な心境になった。
これらの資材をここまでどうやって運んだのか、とか、これだけ進んだ文明だったのに一人の男のせいで呆気なく滅びてしまったとか、ここまで病む前にどうにかならなかったのか。
──考えたって仕方がないことなのかもしれないけれど、そう思ってしまう。
食器棚を確認すると、食器がいくつかあったので使わせて貰うことにした。
ミツルは携行食を沸かした湯に入れて簡単な粥のようなものを作り、隣の食堂に運んだ。
食堂にはナユとシエルがいて、食べられるようにテーブルの上の埃などを払っていてくれた。
「たいした物でないんだが」
「食べられればなんでも大丈夫!」
ナユの今までの境遇を思えば辛い一言に、ミツルは落ち着いたら美味しいものをたくさん食べさせてあげようと心に誓った。
ナユは携行食の粥を喜んで食べていたが、シエルは首を傾げていた。
「これは……?」
「粥なんだが、食べたことないか?」
「食べ物……? あぁ、これが食べ物というものなのね!」
えっ、そこから? と思ったが、スプーンの使い方から食べ方まで教えれば、おっかなびっくりといった感じで食べていた。
食事が終わり、少し落ち着いたところで、ミツルはシエルからさらに具体的な話を聞くことにした。
「それで、冥府にはどうやって行く?」
「正規ルートは死んでから送られる、なんだけど」
「それだと帰って来られないだろうが! いや、それより、そもそもここで死んでもだれも地の女神の元へ行けないだろうが!」
「あ、そうね」
「え? なんで?」
「インターがいないだろうが!」
「ミツルがいるじゃん」
「いやいや、だから! 俺も冥府に行かないと意味がないだろうが!」
最初からぐだぐだである。
「それと、ナユは外を見てないから知らないだろうが、なんでここは死体があんなに転がってるんだ?」
「だれも弔ってないからとしか」
「いや、土が付いてたのに、動く死体になってないとか! なんでだ!」
「んー、考えられるのは、ソルの力がここまで及んでない……んじゃないかしら?」
だからあちこちに干からびた死体が転がっていたのか、と納得しかけたのだが。
「ここに来る前に、墓地らしきところにたどり着いたんだが」
「うん、墓地ね! ウィータ国にもあるでしょ?」
「あるにはあるが……。なんかあそこ、おかしかったんだよな」
ミツルはジッとシエルを見ると、明らかに挙動不審だった。
「なるほど、あそこが冥府への入口になるのか」
「なっ、なんでっ!」
「当てずっぽうだったんだが」
あの不気味さを思い出したら近寄りたくないが、目的とする場所であるのなら仕方がない。
「まさかこんなところに冥府への入口があるとはな」
「正確には違うんだけど!」
「でも、あそこから行けるのは確かなんだよな?」
「……そうよ」
シエルは半ば諦めたようにうなだれ、肯定の返事をした。
「だけど、あそこから行けるということしか分からないわ」
「それだけ分かれば充分だ」
行き方が分かったのなら、今日は休んで明日から出発だ! となったのだが。
「どういう部屋割りで寝るの、これ?」
「俺とナユ、シエルは一人で」
「えっ? 意味が分からないんだけど! わたしはシエルと寝るわよ!」
「ナユ、イチャイチャさせろ!」
「なに言ってるのよっ!」
「部屋を別れるのはあまりよくないわね」
ということで結局、ベッドにナユとシエル、床に寝袋でミツルが寝ることとなった。
ミツルは文句を言っていたが、寝袋に入ると疲れもあってあっという間に寝てしまった。
「ミツルの寝顔って、結構、かわいいのよ」
シエルは小声でナユにそう言ったが、ナユはむくれている。
「あら、ミツルと二人がよかったの?」
「……違うわよ」
「それとも、あたしと二人が不満?」
「そういうのじゃなくて!」
シエルにはナユがどうして不機嫌なのかが分からない。
「どうすればいいのか、分からない」
唐突にナユはそう言うと、ベッドに腰掛けた。
「分からないって、なにが?」
「ミツルよ」
「まー、訳が分からないのは今に始まったことではないと思うけど」
「そういうのじゃなくて。なんでこんなに必死なの? 全然、ミツルっぽくない」
ナユの言葉に、シエルはくすりと笑った。
「確かに、なにかに必死なミツルってらしくないように見えるけど、いい加減に見えて、意外に中身は熱いと思うわよ」
どこか冷めたように見せかけているけれど、ミツルの中身はどちらかというと熱血の部類に入るだろう。
そうでなければインターの本部なんて作ろうと思わないだろうし、今もこうして、ナユを助けるためにあるかどうか分からない浮島まで来なかっただろう。
「負い目、があるのかもね」
「……負い目?」
「結局、あたしのせいで色んな人に迷惑をかけちゃって、ミツルもその被害者の一人で。インターなんて力のせいで後ろ指指されて。それだけじゃなくて、ミツルは自分が死んだらそれでも迷惑をかける存在になるって言われてて……」
「でも」
「それなのにさ、あたし、まだまだミツルに迷惑をかけるわけで……」
シエルは小さくため息を吐くと、ナユを見た。
「しかも、ナユにまで迷惑をかけてる」
「わたしは……」
「あたしがさ、ソルに力をあげなければ、ナユは家族を喪うなんて悲しい目に遭わなかったのよ」
「でも、シエルとは会えなかったよ、きっと」
「それはどうかしら?」
「それに、わたしの家族はコロナリア村のあの人たちだから!」
「そう……そう、ね」
ナユには本当の父のことは言わない方がいいかもしれない。あんなに酷いのが自分の父だったなんて知ったら、相当な衝撃だろう。それだったら、あの愛すべき筋肉馬鹿のアヒムが実の父と思っていた方が幸せだ。
「そ、それなら、ナユにとってはよかった、のかしら?」
「うん、そうよ。筋肉は正義だし!」
ナユだけでもそう思ってくれているのなら、シエルも少しは救われる。
なんといっても、事実は悲しくて辛くて苦しいのだから。
「それなら、ミツルも正義ね」
「えっ?」
「一応、筋肉だし?」
「……………………。あっ、あれはっ!」
「違うの? ナユの好きな筋肉はほどよくついてると思うけど」
「でっ、でも! 顔がいい男は父さんは駄目って……」
「そうやって言い訳してる時点でもう駄目よね」
ナユは返す言葉がないようで、あうあうと意味の分からない言葉を発しているだけだ。
「まー、別にミツルは結婚して欲しいって言ってる訳ではないし」
「……そういえば。ねぇ、なんで結婚してくれじゃないの?」
「さぁ? それは本人に直接、聞きなさいよ」
「聞きにくいけど、聞く機会があれば聞いてみる」
「そうね」
と、話が一度、区切りがついたところでシエルはあくびをした。
「はー、肉体ってこんなに疲れるものなのね」
「肉体がなかったことがないから分からないけど」
「重たいっていうのかしら、こういう感覚。腕を動かすのも、瞬きするのも大変ね」
「そんなものなのね」
シエルがベッドに横になったので、ナユもその横に横になった。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
ナユはずっと寝ていたから眠れないかもと思ったけれど、目を閉じていたら、いつの間にか眠っていた。




