04
ミツルの言葉に、シエルは思い当たることがたくさんあるらしく、うなだれていた。
「善人を装って、親切そうな顔をして、あなたの味方ですって味方して、これだけのことをしてあげたのだからとさりげなく見返りを求めてくる。ソルとやらはまさしくその典型だな」
「うぅ……」
「シエルには破滅しか待ってないのに、ソルのところに戻るのか?」
「…………」
「そうなったら俺、シエル相手でも容赦しないけど?」
でも、だとか、だって、というシエルの言葉が続いていたが、ミツルは立ち上がった。
「シエルとはそれなりに長い付き合いだったが、ここで永遠のお別れだな」
そう言って、ミツルは白い円匙を構えた。
「えっ、な、なにするつもり、ミツルっ?」
「ここらで女神さまにはこの世からご退場願おうかと」
ミツルは表情を引き締めるとシエルに円匙の先を向け──。
「やっ、止めて、ミツルっ!」
シエルは悲鳴を上げたが、慣れない肉体のために動くことが出来ず、その場で腕で身体を庇うことしかできない。
ミツルは容赦なく円匙を振り下ろし──。
「わっ、分かったから! ソルから力を奪い返すからっ!」
シエルの肩にピタリと円匙が置かれた。
「最初っからそう言えばいいんだよ」
「ちょっと! ミツル、酷い! シエルを脅すなんて!」
「脅してないぞ。本気で殺す気だったからな」
そう言ってミツルは円匙を投げると、ナユの座っているベッドの横にどさりと座った。
「ほんと……勘弁してくれ」
ミツルは震える手で自分の頭を抱え込んだ。
「今回、何度か人を殺さなければならないって状況になった。あのデュランタとかいう奴はむかついたし本当に死んでしまえと思った。でも、シエル、あんたを本当に殺したいと思ったわけじゃなくて……」
震えているミツルの手をシエルはそっと握った。
前ならばスルリと通り抜けたけれど、今は肉体を得て、温もりさえ感じることができる。そのことが嬉しくて、シエルは笑った。
「馬鹿ね、ミツル」
「馬鹿はどっちだ」
「どっちも馬鹿でしょ」
ナユは冷たく二人を見て、それからため息を吐いた。
「もう二人、よろしくしたら?」
「よろしくって……。ナユ、微妙に古くさいな」
「もう、ナユったら、嫉妬しないの」
「なっ、ち、違うわよっ!」
「えっ? 嫉妬? ナユ、俺のこと?」
「そんなんじゃないってば!」
ナユは真っ赤になって、それからそっぽを向いた。
「美少女ナユさまはね、あんた一人で満足なんてしないのよ!」
「え、それってビッチ宣言?」
「そっ、そんなんじゃなくて! こう、なんていうの? 一人の男におさまる器じゃないって言うか」
「俺ならでろでろに甘えさせてやるが?」
「そ、そうじゃなくて!」
「なら、どうなんだ?」
「なんであんたみたいな男が美女と美少女を侍らせてハーレム築いてるのよっ!」
「あー……。言われてみれば、シエルも美女なのか。まぁ、俺の好みとはちがうが」
「それなら、あんたの好みって?」
「そりゃあ、ナユに決まってるだろう?」
だれも止める人がいない状況でこれはもう混沌としていて、シエルは居たたまれなくなった。
「若い二人に……と行きたいところなのですが」
「シエル、いたのか」
「あのねっ!」
「ちょっと真面目な話をさせて」
「ぉ、ぉぅ」
そうだ、今はふざけている場合ではなかった。
だからミツルはベッドに座り直し、ナユは悩んでミツルの横に座った。
「あたし、一度、ソルのところに行ってくる」
「行って、言いくるめられるに一票」
「わたしも一票」
「うっ」
それはシエルも分かっていたことだったようで、涙目だ。
そんなシエルを横目に、ミツルは質問をする。
「そーいえばさっき、ソルとかいうのを砕いたが」
「あれは一部でしかないから」
一部とはいえ、ミツルのインターの力が有効だったところをみると、生者ではないということで……。
「あいつ、死んでるのか?」
「冥府にずっといるから……」
とそこでふと、ミツルは疑問に思った。
「冥府に生きながらは行けないよな?」
「そうだけど……」
「なにか裏技がある、と?」
「ぅぅぅ……」
「シエル、俺は全部話せと言ったはずなんだが?」
「ナユぅ、ミツルが意地悪だよぉ」
「ミツルがやさしいのは怖いから、正常運転」
「ぅぅぅ……」
シエルはつっかえ、つっかえ、生きながら冥府に行く方法を口にした。
「ようするに、仮死状態になれと」
「まぁ……早い話がそうです」
仮死状態というのがどういう状態を指すのかいまいち把握できていないミツルは、眉間にしわを寄せ、それからシエルを見た。
「それは死んでいるのとは違うんだよな?」
「違うわよ。でも」
「なんだ」
「土がついたら動く死体になって、生き返られなくなってしまうの」
それは死んでいるのとはどう違うのか。ミツルには分からなかった。
それに、そんな危険な方法は取りたくない。
「もっと違う方法はないのか?」
「ある……けど」
「けど、なんだ」
「生きながら冥府に行く方法はあるわよ」
「なら、最初からそう言えよ」
「だけどそれは冥府の色に染まるってことで!」
「もうさ、インターとして産まれついた時点で似たような存在じゃないか?」
「そっ、それは違うわよ!」
「違わなくないだろ。今までの話を聞いていたら、俺たちの存在って結局、胸くそ悪いソルに加担してるわけだし」
ソルは地の女神のためとか言っているが、結局のところは人間の死体を集めているということになる。
この国のシステムを思えば、そうするほかはないわけだが、それでもやはりからくりを知ると、腹が立つというか、胸くそ悪いというか、なんとも言えない気持ちになる。
「今さら、冥府の色に染まったところで後ろ指指されるのには変わらない」
「でも! ミツルには綺麗なままでいて欲しいのよ」
「俺のどこが綺麗なのか、まったくもってシエルのその考えは頭が痛いんだが」
ミツルはインターの中では恵まれていたため、盗みなどはしたことがない。生きるために汚いことをやってきたこともない。そういうのが綺麗だというのなら、ミツルにしてみればくそ食らえ、だ。
もちろん、そういうことはいけないことだと思っているし、するつもりもサラサラない。
だけど、綺麗なままでいられるほど、人生は甘くないのをミツルは嫌というほど知っている。
「いつまでもお綺麗なままいたって解決しないだろ。いいから連れて行けよ」
「わたしも行くわ!」
「はっ?」
「そもそも、ここはどこよ。わたし一人をここに放置していくって言うの?」
「あー……」
となると、だ。
「ここから一度、本部に戻るのも時間の無駄だしな。分かった、連れて行く」
「えっ、ちょ、ちょっと、なに勝手に決めてるのよ!」
「シエル、ここはどこだ?」
「……浮島、ね」
「どうやってここまで来た?」
「あたしは飛んできたけど……」
「今、飛べるか?」
肉体のない状態であれば、また飛んでいけばいいかもしれないが、そういうわけにもいかない。
「一方の俺はというと、動く死体が山盛りいる村を強行突破して、山登ってなんか良く分からん上昇する箱に乗ってここまで来た」
「じゃあ、逆をたどって戻ればいいじゃない」
「おまえ、聞いていたか? ここから無事に降りれたとしても、下は動く死体がわんさかいるんだぞ? 俺一人ならどうにかなるかもだが、おまえら二人を連れて通り抜けられる自信はない!」
ミツルは息を吐くと一言。
「それより、腹減ったんだが」
「あー、そうね」
「とにかく、飯食ってから考えよう」




