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埋葬士(インター)の俺だが、ツンのみデレなしの残念美少女に突っかかられたから愛でることにした。  作者: 倉永さな
 *五章 浮島へ

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07

 シエルの声がどこからしたのか分からない。

 だけどそれは恐ろしいほどはっきりと聞こえた。

 そしてシエルの告げた言葉が事実ならば、やはりここにナユもいる。


 だからミツルはとにかく走った。

 この道が正しいかどうかなんて知らないけど、とにかく走った。

 走った先に見えてきたのは神殿らしき建物で、たぶんここにナユがいると確信した。


 ミツルは階段を駆け上がり、神殿の扉を押し開けた。

 開けた途端、目に飛び込んで来たのはこれまで以上の死体の山。折り重なり、カラカラに乾ききった死体たち。

 この悲劇に、しかし、ミツルは足を止めていられない。


「ナユ、どこにいるっ!」


 ミツルは大声で叫びながら中に入り、死体を避けながら奥へと進んだ。


『ナユっ!』


 また、シエルの声がした。

 それはどこからするのか。

 いや、それより、どうしてシエルの声が聞こえる?


 不思議ではあったが、もしかしたらシエルがなにか特別な方法でミツルにも聞こえるようにしているのかもしれない。

 なにしろ近くにいなくても、名前を呼べば現れることが出来るくらいだ。

 それにシエルが昔に話してくれたことが真実ならば、シエルは穹の女神であり、地の女神でもあるのだ。ミツルには出来ないが、これくらいのことは簡単なことなのだろう。

 とはいえ、シエルの居場所を知りたい。


「おいっ、シエル、聞こえるかっ!」


 聞こえるかどうかは分からない。だけど前に呼びかけたときは答えてくれた。とはいえ、その時は突然、途切れたが。


「シエル、どこにいるっ!」


 ミツルは怒鳴るようにシエルに呼びかけた。


「ナユもどこだ!」


 止まっている時間が惜しくて、ミツルは走った。

 ここは祈りの間なのか、結構広い。

 そして奥に到達すると、正面にシエルらしき女神像が置かれていた。

 それを一瞥して、ミツルは左右に素早く視線を向けた。

 右側には扉があり、左側は壁になっていた。

 ミツルは右側にある扉に駆け寄り、把手を手にして乱暴に開いた。それは音を立てて開いた。

 扉の向こうには廊下が真っ直ぐに伸びているのが見えた。そこにはさすがに死体は見えなかった。

 ミツルは躊躇することなく廊下を走り、左右にある扉を開けてナユを探した。

 だけどどこも空で、とうとう突きあたりにたどり着いた。

 正面には今まで開けてきた扉と変わらないもの。

 ミツルは把手を掴み、思いっきり捻って引いた。

 扉はあっさりと開き──そして。


 そこには、あの時見た鈍色の男と宙に浮いたシエル、それから寝台に寝かされたナユがいた。

 今がどういう状況なのか分からないが、間一髪といったところか。


 ミツルは部屋に踏み込むと、手に持っていた円匙(スコップ)を鈍色の男に突きつけた。

 部屋はそれほど広くなく、この距離ならば円匙の先は鈍色の男に突き刺さるはずだった。それなのに円匙は鈍色の男には当たらなかった。

 目測を誤ったかと、もう一歩踏み込み、問答無用で円匙を振り下ろした。しかしやはりそれは空を切った。

 そういえばこの男は怪しげな術を使っていたということを思い出し、しかし、ミツルは止まらず鈍色の男の胴を薙ぐように横に振った。

 だが男に当たることはなく、室内に置かれていた物を壊しただけだった。ミツルは苛立ち、凶悪な目つきで鈍色の男を睨んだ。しかしそんなもので怯むような男ではなかった。


「ナユを返せっ!」

「私は前に言いましたよ。次は返さない、と」

「うっせえ、誘拐犯! 人殺し! 俺の目の前でばばあも殺すし、ユアンの両親も殺した! 大罪人がっ!」


 ミツルは円匙を構え直し、男を見据えた。

 今のミツルならば、鈍色の男を殺すことになんのためらいもなかった。

 だからこそ殺すつもりで円匙で斬り込んだし、当たったと思ったのだ。だけどそれはどういうことか、かすりもしなかった。

 ミツルは殺気を込めた瞳で鈍色の男をにらみつけた。


 そして鈍色の男──デュランタはその視線を受けて、思い出した。

 昔、どこかの町で人殺しと言われたことに腹が立ち、切り捨てた老婆のことを。

 そしてそのそばにいた少年に今と同じ瞳でにらまれた。

 あの時、少年も殺すことは簡単だった。だけど殺さなかったのは、少年がインターだったからだ。

 いや、デュランタはそれまでにインターでも関係なく殺してきた。だけどその時、殺さなかったのは気まぐれでもなんでもなくて、理由があったからだ。

 なぜ殺さなかったのか。

 いや、殺さなかったのではなくて、殺せなかった。

 デュランタは殺意を持って剣を少年に振り下ろした。

 老婆はあっさりと剣で斬られ、死んだ。それよりも身体が小さい少年はもっと簡単だ。

 それなのに少年に刃が到達する前に剣がなぜか砕けたのだ。どうして砕けたのか分からない。

 だけどデュランタはここで殺すことを諦めてはいなかった。剣がなくても魔法で殺せるからだ。

 デュランタは穹の民のほとんどを死に追いやった魔法を使おうとしたのだが、なぜかそれも発動しなかった。

 デュランタは焦った。

 今まで人を殺したところを見られたことはない。見られたとしても、見た者も殺してきたのだから、目撃者はいない。

 それなのに今日、なぜか初対面のはずの人物にそのことを指摘された。逆上して怒りのままに殺してしまったが、デュランタがやっているのは人殺しではない。そう、これは()()()()()()()。デュランタがやっていることは淋しがり屋の女神の元へ友を送っているのだ。

 ひどい言い訳、正当化だが、やはりだれも止める者はいない。

 だが、目の前の少年はデュランタのやったことを見ていた。口止めなんて面倒なことをするくらいならば、殺すのが手っ取り早い。もうここまで何人も殺してきたのなら、それが一人増えたところで大差ない。

 だけどなぜかこの少年は殺せない。

 殺せないのなら、少し面倒だが記憶を封じるしかない。


「あの時の……」


 デュランタはまさかの思いでミツルを見つめた。成長しているが、確かにあの時の少年だった。まさかまた会うとは思わなかった。

 それにしても、あの時の記憶封じは完璧だったはずだ。なのに思い出している辺り、やはり規格外ということか。あの時、記憶封じなんて小手先を使わずになにがなんでも殺していれば……。

 いや、あの時は無理だったが、今は違う。

 あれから時間が流れ、デュランタの魔法の腕は格段に上がっている。今だって渾身の攻撃が当たりもしなかったではないか。

 前は無理だったが、今なら殺せる。


 デュランタは立ち上がり、ミツルに対峙した。

 線が細く、それほど背が高くないデュランタに対して、背も高く鍛えているミツル。

 ナユあたりが見ていたら、この状況をどう思ったか分からないが、ナユはまだ、眠っていた。そして宙に浮いているシエルは不自然な格好のまま動かない。


「きさま、ナユとシエルになにをした」

「おや、あなたにはこの偽女神が見えるのですか」


 デュランタは意外そうにミツルを見て、シエルを見た。


「自分は穹の女神だと(うそぶ)くんで、ちょっと動きを封じただけですよ」

「きさま……」

「ナユはね、私の娘なんですよ」

「……はっ?」

「だから伴侶にして、私の子を産んでもらうことにしたのです」


 そう言って、デュランタは笑った。

 やはり笑っても、美しい顔をしているのが良く分かった。


「穹の民は、私とナユを残して、みんな死んだ」

「それはおまえが殺したからだろうっ!」

「いいえ、私は殺していませんよ。私がしたのは、淋しがり屋の女神のために友を増やしてあげたこと」

「それを世間では殺したって言うんだよっ!」


 あのうち捨てられていた死体を作ったのはもしかして目の前の男かと思ってカマをかけてみたが、予想どおりだけど斜めな解答に、ミツルはさらに頭に血が上った。


「本当はレクティナがよかったのですが、死んでしまいましたから。レクティナにはもっと私の子を産んでもらう予定だったのですけど、残念です」


 レクティナという名は初めて聞くが、話の流れ的にナユの母の名前なのだろう。

 ミツルはナユの母と面識はないが、ナユはたぶん、母親似だと思う。目の前の自称・ナユの父とは似ても似つかない。

 いや、それよりもあまりにも非常識過ぎて受け流してしまったが、今、この男はとんでもないことを口にしなかったか?


「ちょっと待て。今、ナユの父親と言ったな?」

「ええ、そうですよ。私に似て、とても綺麗な子でしょう?」

「似てねーよ!」

「おや、そうですか? レクティナより私に似ていると思うのですが」

「どっち似でも今はどうだっていい。問題はそこじゃないっ! 実の娘に自分の子を産ませるとか、狂ってるだろうっ!」


 目の前の男がナユの父親であるということに激しく腹が立つが、それが事実ならばこの男がいなければナユは存在しないわけで、複雑な気持ちだがそこは受け入れるしかなさそうだ。

 それはもう一億歩ほど譲るとして、だが、その後の言葉はいただけない。


「ナユには俺の子を産んでもらう予定だ。先に予約を入れた。まぁその予約は生涯を通じてのものだから、おまえの入る余地などない!」


 ミツルはビシッとデュランタに指を突きつけた。



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