06
※引き続き死体だらけです。
ミツルは見つけた隙間から慎重に中に入り、目の前に広がったひどい光景に目を見開いた。
ミツルの目の前には、今まで見たことのない数の干からびた死体の山があった。
あまりのことに、ミツルは止まった。
ミツルはインターで、たぶん普通の人より死体を見る機会が多いと思う。それに今まで同時に複数の死体を見るということもあった。
だけど目の前に広がる光景は、想像を絶する状態だった。
この浮島で、なにが起こったのかミツルは知らない。
それよりもこれだけの死体があるということは、ここは伝説やおとぎ話ではなく、人が暮らしていた、という証になる。
この浮島がどれだけの広さがあるのか分からないけれど、それでもここで人が生きて、暮らしていた。
そのことは驚きであった。
それにしても、とミツルは思う。
ミツルが今、立っている場所はどう見ても土の上で、死体も土に直に触れている。それなのに動く死体になっていない。
それともこれは土に見せかけた別のものなのだろうか。
不思議に思いながら、しかしここにいつまでも立っているわけにもいかないと気がつき、ミツルは恐る恐る、中へと足を踏み入れた。
ミツルの存在に気がついた死体が動く死体になる、ということもなく、死体は沈黙を守っていた。
ここにどれだけ死体があるのか分からないけれど、浮島で生まれ育った人たちは、死んだら女神に身体を返さなくていいのだろうか。
死体が残っているということにミツルは疑問に思いながら、そして、死体を避けながら中を進む。
今、ミツルが通った場所は広場のような場所だった。
死体はあちこちに転がっていて、それは男女問わず、年齢も問わずといった感じだ。
ミツルはどこに向かえばいいのか分からなかったが、ここは白一色の世界ではなく周りを見渡すことが出来たので、端から見ていくことにした。
まずは右端の通路に入る。建物に囲まれた通路だったが、そこはすぐに行き止まりで、やはり死体が転がっていた。
扉を開けて中に入ることまでは考えなかったため、引き返して別の通路に入った。
やはりそこも同じような建物が建っていて、通路には死体があり、すぐに行き止まりだ。
それにしても、ここの建物はどれを見ても同じ造りのようなのだが、それも不思議だけど、これらの材料はどうやって調達されたのだろう。ここまで来る過程を考えて、思わず首を捻った。
そんなことを思いながら探索して、そしてようやく、行き止まりではない道に行き当たった。
道なりに進み、そして分岐点にたどり着いた。ちなみにその道々に死体はもれなく転がっている。
どちらを先に見るべきか。
今まで右側から見てきたから、ここも右側から。
右側の道に足を踏み入れ、進んでいく。
少し進むとそれまでとは違って、寂寥感のある場所にたどり着いた。
そこはインターならば見慣れた、というと誤解があるかもしれないが、お馴染みな墓地だった。
ウィータ国では、人が死んだらすみやかにインターが地の女神の元へ借りていた身体を返すというのが当たり前だが、他の国では違うらしい。
他の国では人が死んだら地に埋めるというのだ。
ウィータ国で生まれ育った人たちが聞けば、なんて非常識な! と思うところだが、そもそもが前提が違うのだし、むしろ逆にウィータ国がおかしいというか変わっているのかもしれない。
とはいえ、ウィータ国にも墓地というものはある。ただ、他の国とは違って、そこには死体がない。
それではなぜ、墓地があるのか。それは生者が死者を弔うためだ。
別に非業の死を遂げたから化けて出るとか、無念な想いを抱いて死んだからこれまた化けて出るといった考えはウィータ国にはない。
ウィータ国ではあくまでも肉体は女神からの借り物で、死んだら返す物であると信じられている。
そして、肉体が死んだらそこで終わりで、生まれ変わるだとか、魂だけになって彷徨うだとか、そういう考え、概念はない。
死んだらそこで終わりだけど、だけど、生きている人たちは終わりではなく続いていて、あの人は死んだから、はい、おしまい、なんてきっぱりばっさりと出来るわけもなく。とはいえ、生きている人の感情が納得するまで死体をそのまま放置していれば動く死体になるという危険度は高まるので、可及的すみやかに女神の元へと送られる。女神の元へ送られれば、その人が生きていた、という証はもうない。だからこその墓地でもある。
墓地というのは、結局のところ、死者のためではなく、生者のために存在しているといえる。
だから墓地を目にするのは初めてではない。
だけど浮島の墓地はミツルが知る墓地とは様子が違っているように見えた。
その違和感がなにか──と考えて、ギクリと身体を強張らせた。
地面は平らで、あちこちに細長い石が立っている。そこはウィータ国の墓地と変わらない。
でも、ここは、ウィータ国の墓地では絶対に感じられない気配、があった。
その気配とは──死体の気配だ。
その気配は、土の下から感じられた。
ミツルはそれが恐ろしくて、慌てて踵を返し、逃げるように来た道を戻った。
道を戻る途中にも、干からびた死体があちこちに転がっている。
それは確かにミツルにザワザワとしたいつもの感覚を返してきていたけれど、怖いとは思わなかった。
ミツルは分岐点まで戻ってきた。そこでようやく足を止めて、息を吐いた。
今まで数え切れないくらいの死体を見てきた。最近は死体よりも動く死体を見ているような気がしないではないが、それでも死体に対して、恐怖を抱いたことはない。
だけどあの墓地の地面の下に埋まっているだろう死体の気配を感じたとき、思わず逃げ出すほど恐ろしかった。
どうしてそれを恐ろしいと感じたのか。
ミツルが知る理から外れた存在だったからだろうか?
それならば、この道に転がっている死体だって、似たようなものだ。
土が付いても動く死体にならない死体。
その姿が本来なのだろうが、ミツルの常識ではそれも理から外れている。
それでも道に転がっているのはただの死体であり、恐ろしいものではない。
ではなぜ、土の下に埋まっていると思われる死体が恐ろしかったのか。
ミツルは少し考え、それから気がついた。
死体がまだ残っているということは、地の女神に身体を返せていないことを意味していて、そしてその意味することは、死んだはずなのに死にきれておらず、終わっていないということ。
それは永劫に続く恐ろしい苦しみを味わうようなことではないのか。
ウィータ国では、女神の元へ身体を返せたところで本当の死が訪れると考えられていて、罪人への極刑は、殺した後、その身体を焼き、女神の元へ送れないようにすることであった。
ちなみに、ヒユカ家の四人を殺したカダバーはこの刑に処された。
そのことに気がついて、ミツルは恐怖を覚えたのかもしれない。
それならば、ミツルは当初の目的を達成したら、ここの死体たちを地の女神の元に送ってあげなければならないと思った。
そうしなければ、ここで生きていた人たちは死にきれない。
そう決めて、ミツルは左側の道に入り、歩き出そうとして──。
『きゃあああ! ナユっ、早く起きてっ!』
遠いけれど、はっきり聞こえる声。
これはシエルの声だ。
音信不通になって気にはなっていたけれど、シエルもやはりここに来ていたのか。
いや、それよりも、シエルの言っていた内容は聞き捨てならない。
ミツルは背負っていた円匙を手に取ると、走り出した。




