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緋の扉 改訂版  作者: 緋龍
明かされた真実
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9話 火急

 ライカの確信めいた予感はすぐに当たることとなった。

 部屋に戻り、庭園で二刻ほどいつも通りに過ごしていたライカたちに、庭園の入口で見張りをしている騎士が、真紅の布を腕に巻いた第三騎士の来訪を告げた。真紅の布は火急を意味する。フェリシアは読んでいた本を閉じると、すぐに通すよう見張りの騎士に命じた。


「ご報告申し上げます! ヴァイザ伯爵家当主ファルジバ・ヴァイザが何者かにより殺害されました」


 庭園に姿を現した真紅の布を腕に巻いた騎士は、フェリシアの座っている場所から数歩手前でさっと跪くと、緊張した面持ちで口を開いた。


「なんですって!」


「本当ですかー!?」


 第三騎士の言葉にフェリシアとマールが驚きの声を上げる。ライカも驚いていた。口封じ、という言葉が頭に浮かぶ。だとするならば、原因は恐らく自分だろう。身体の前で合わせていた手にぐっと力が入った。 


「ダレス団長は戻っていますか」


 動揺を一瞬で静めたフェリシアが、冷静な声で騎士に訊ねる。


「団長はまだ屋敷におります。私は伯爵が死亡している旨をお伝えせよとの命を受け、急ぎ戻った次第であります」


「では戻り次第すぐこの庭園に来るよう伝えて下さい。ご苦労様でした」


「はっ! 失礼致します!」


 騎士は立ち上って拳を胸に当て、踵を鳴らして敬礼すると下がっていった。彼が去るのと同時にやわらかな風が吹き、庭園に咲く花の甘い香りを運んでくる。しかしライカたちの表情が和らぐことはなかった。


「……口封じでございましょう。殺されたのは伯爵だけではないはずです」


 騎士が庭園からいなくなり三人だけになると、ライカは自分の考えを口にした。


「気付かれたと言うの?」


「でも、私たちが伯爵のことを知ったのは昨日のお昼で、ライカ様が屋敷に侵入したのは昨日の夜なんですよー?」


 マールの言いたいことは分かる。確かに早過ぎる。しかし、ライカは静かに首を振った。


「違う理由……例えばバルドゥクの貴族がヴァイザ伯爵を邪魔に思って始末したとも考えられますが、それならばファラムルを襲撃させた後に実行するでしょう。今殺してしまっては意味がありません。私が侵入したことが気付かれたと考える方が自然です」


「そう、ね。ライカの存在に気付く人間がいるなんて信じられないけれど。え、でもちょっと待って、じゃあどうしてライカの命を狙わなかったのかしら。侵入に気付いたのなら殺そうとするのが普通なのではないの?」


 フェリシアの疑問はもっともだ。ライカも同じことを考えていた。


「確かに姫様の仰るとおりだと私も思います。ですが」


「騒々シイナ。血ノ匂イガスル」


 憶測で議論を重ねるよりダレスを待つべきだと言葉を続けようとすると、庭園の奥から不機嫌そうな顔をしたエルが現れた。


「あ、エル。もしかして起こしてしまいましたかー?」


 マールがそう言いながらエル用の深皿に果物水を注ぎ、さっと彼の前に置く。そしてエルの好物である林檎を取ってくると言って城の中へ消えていった。のんびりとした外見と口調とは裏腹に、マールはとても有能な侍女だーーたまに城の廊下などでつまづいて派手に転んだりもするが。


「すみません、エル。そんなに強い匂いですか?」


「一人二人デハナイ」


 エルは眉間に皺を寄せて果物水を飲み始めた。地の民である彼は、眼も耳も鼻も人より遥かに優れている。おそらく騎士の報告も聞いていたに違いない。その証拠に誰の血なのかを訊いてはこなかった。


「ということは、ライカが言った通り伯爵以外の人も大勢殺されているのでしょうね。計画を知る人が生きていればいいのだけれど」


「……はい」


 フェリシアの言葉に同意したものの、可能性はほとんどないだろうとライカは思っていた。自分の存在に気づくほどの人間が、標的を殺し損ねるとは考えにくい。おそらく全員が一撃で殺されているはず。嫌な予感がする。とても嫌な予感が。


「姫様、ファラムルに第二騎士を向かわせてみてはいかがでしょう。ダレス様も第三騎士を動かしているとは思いますが」


「そうね。翼竜なら国境まで半日もかからない。グレアス団長を呼びましょう」


「畏まりました。ですがその前に、私もファラムルに向かうこと、お許しいただけますか」


 心がざわついていた。ファラムルに行けと頭の中で囁く声が聞こえる。どうしてだか、その声に従わなければならないと強く思った。


「……わかったわ。緋色の忠誠を誓いし者、悪を滅し弱きを助けよ――この国に助けを求めた人たちを死なせないで」


「御心のままに。ありがとうございます、姫様」


 騎士団が動くのであればライカが赴く必要はない。にも拘らず、めいという形で許可してくれたフェリシアに、ライカは深く頭を垂れた。信頼してくれているのだと思うと普段は冷たい胸が少し熱くなった。

 林檎を持って戻ってきたマールにキール宛ての文を頼むと、庭園を後にする。

 目指すは第二騎士団長リオン・グレアスの執務室、そして城下にあるキールが営む何でも屋だ。  

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